悪の組織のTS改造人間ちゃん 作:電気羊
「――で、あるからして、資源の枯渇が進む現代社会では、国際的で実際的な協力が必要不可欠であり…………鉄炮塚くん?おーい、鉄炮塚くん」
「アッ!ひゃい!!?」
運が勢いよく椅子から立ち上がった。口元のよだれ、額を染める赤い前腕の跡から、彼女が先程まで居眠りにふけっていたことが推察できた。運は状況がつかめないといったぐあいで、不安げに周囲を見渡している。
先生は咎めるように言った。
「鉄炮塚くん。授業は聞いていたのかね?」
「は、はい。もちろん……」
「では、キップリゼーションとはなにか、説明してみなさい」
運の顔に、だんだんと焦りの色が見えはじめた。運は答えを探すかのように視線を泳がせ、やがて助けを求めるかのようにわたしの顔をみつめた。いや、わたしに助けを求められても……。助けてやりたいのはやまやまだが、あいにくと適当な手段がない。
「えと、切符ですか?高速軌道カプセルに乗るためには専用の電子切符が必要でして――」
「おい、まだ夢の中にいるのか、鉄砲塚くん。もうよい、座りなさい」
先生はあきれ返ったようにかぶりを振り、運を着席させた。
教室のあちこちから、くすくすと忍び笑いが聞こえる。幸いなことに、その声に嘲弄の響きはなく、もっと友好的な――退屈な授業を、ユニークな手段で中断させた運への賞賛のように聞こえた。
わたしはあの放課後以来、わたしをかばったことが運の友人関係に悪影響を及ぼすのではないかという懸念と罪悪感を抱いていたが、しかしそんなことはなかった。
運は陰口自体を糾弾するのではなく、あくまで友達としてわたしをかばった。誰とでも分け隔てなく接し、わたしのような問題児さえかばってみせる徳の高さが、むしろ周囲からの評価をいっそう跳ね上げていたのだ。まさに、人徳のなせる技である。
一方で、運は学業の面であまり芳しからぬ状況に瀕していた。彼女のロボット工学への苦手意識は未だ改善されていない。ロボット工学の復習に勉強時間を充てるあまり、他の科目の勉強もおろそかになってしまうという、負のスパイラルに陥ってすらいた。
わたしはできるだけ彼女の助けになりたいと思っているが、彼女は以前、自分自身の力でなんとかしたいと語っていた。向こうから助けを求められるまで、そっとしておくのが吉だろうか?
「われわれはふだん資源から大量の製品を製造するが、製品からそのまま資源に戻すことは不可能だ。リサイクルなどの手段をもってしても、循環する資源の絶対量はゆるやかに、しかし確実に減少していく。残るのは、やがて人々が使い果たした利用価値のないゴミだけだ。こうして、資源と、ゴミとの比率が近づき、やがて逆転していくことを、キップリゼーションとよぶ」
先生は、妙案を思いついた哲学者のように得意然として語った。
「現在国連が主張するもっとも有力なキップリゼーション対策は、世界全体での緻密で実際的な侵食停滞計画の施行だ。これは、これまで行われてきた一部地域による限定的な対策ではなく、文字通り世界中の国々がひとつ残らず協力することを意味する。昔は反対意見も多かったそうだが、今やほとんどの国がこれに賛成し、成果を挙げている。――しかし、こうした協調路線に反発し、世界を分断しようとしているのが、皆さんご存じ、黄昏同盟だ」
わたしはとみに挙げられた組織の名前にびくっとしてしまう。
「黄昏同盟は、愚かにも、文明を破壊し、原始時代に逆行させることが唯一の打開策だと信じて疑わない。その野蛮な思想に立脚して、各所でテロ行為をおこない、甚大な被害をもたらしている。ここからは私の予想なんだがね――黄昏同盟というのは、実のところ、社会に鬱憤を抱えた若者たちの、行き場のない破壊衝動の現れじゃないかと思っている。彼らのやらかすテロはね、いつも、ただただ残虐で、知性や理屈のようなものは感じられないんだ。ようは、壮大な癇癪もちの集まりじゃないかと」
それは違う、とわたしは思った。黄昏同盟はそんなレベルの低いチンピラの集いではない。むしろ、”もっと最悪”だ。彼らは、狂気的で、妄信的で、悪辣で、たしかな信念をもって邪悪を成している。破壊欲や、金欲のために行動する悪人のほうが、よっぽどましだ。
「癇癪もちの集まりか。だったらセンセーも、参加できるんじゃないですかァ~?」
「むむ。それはどういう意味だね、山田くん。あとで職員室に来てもらおうか」
「げェ~!」
教室がどっと笑いに包まれた。実際に黄昏同盟の被害にあっている人もいるだろうに、趣味の悪い冗談だ。
ふいに、スカートのポケットに入ったTP(トワイライト・フォン)がバイブレートした。組織からの呼び出しだ。わたしは一切のことわりなく立ち上がり、無言で教室のドアへと歩いた。
「こら、スリンガーくん!止まりなさい。あ、こら……」
わたしは先生の声を完全に無視して、教室を出ていく。
「はぁ~。これで通算20回目だな……。不登校とかではなく、毎日登校したうえでどこかへ消えてしまうのだから、もう教師へのいやがらせとしか思えんよ」
「……アンちゃん、あれで なんでわたしよりテストの点高いんだろ……」
「鉄炮塚くんは、嫉妬している暇があったら真面目に授業を聞きなさい」
教室が、ふたたび笑いに包まれた。
*
「ねえ、アンちゃん、いつも授業を抜け出してどこへ行ってるんですか?」
組織が要請した任務は、某政治家の愛車に盗聴器をしかける、というものだった。支給されたピッキングマシーンとわたしの洗練された隠密技術があれば、わりあい簡単にすむたぐいの任務で、午前中で終わらせることができた。
学校に到着するころにはお昼時間になっていて、校門付近でさまようわたしを見つけた運が、昼食に誘ってきた。人の多い場所を好まないわたしを慮ってか、運は人の少ない中庭で食べることを提案した。
二人で黙々と食べていると、運は唐突に質問を投げかけてきた。
「深い事情があるのかと思って、聞かないようにしてきましたけど。もう気になってしかたないです」
「そう。じゃあそのまま聞かないでいてほしい」
「うわ~! アンちゃん、塩対応~!」
「……ごめんなさい、冷たくするつもりは」
「いや、わかってますよー。でも、私、アンちゃんが心配なんです。何か危険なことに巻き込まれていないかって……」
運はわたしの頬に右手を添えて、不安げに瞳を揺らした。わたしは運の右手に自分の左手を重ね、安心させるように撫でつける。
「大丈夫、ユキ。心配しないで」
「うぅ。無理です、心配ですよ。アンちゃん、自分の痛みに鈍感だから……。この前、頭から血を流して帰ってきたときは本当にびっくりしましたよ。何の手当もせず、平気な顔してるんですから」
「その節は、ご迷惑をおかけしました」
あのときは大変だった。組織の任務で頭部を損傷した日の夜――表面の人工皮膚は人間の傷口を再現するが、内部機関が破損しないかぎり、わたしの機能に問題はなかった――自室の扉をあけた瞬間、わたしは頭の血をふき取るのを失念していたことに気づいた。運に心配をかけると思い焦ったが、都合のいいことに運はベットで仮眠をとっていた。
そういえば、運の眠る姿ははじめて見た。わたしはなんとなく気になって、彼女の寝顔を観察してみることにした。あいかわらず綺麗だな、とか、眠っていると深窓の令嬢みたいだな、とか、とりとめのないことを考えてぼーっと見ていると、運がはっと目を覚ましこちらの存在に気づいた。
――後から聞いた話によると、運はこのとき枕元に血まみれの悪霊があらわれたと思ったらしい――運は聞いたこともないような音量で絶叫した。その断末魔のような声は女子寮中に響き渡り、心配した寮生たちがまもなく部屋に駆け付けた。
頭から血を流しているのがわたしであることに気づいた運は、こんどは大げさにわたしを心配し、騒ぎ立てた。集まった寮生たちは状況が飲み込めず、当惑。生徒から騒ぎを聞きつけた寮母が息を切らして駆け付けた。
わたしの不注意が招いた、まさにカオスな状況。わたしはあの事件に関しては深く反省している。
「アンちゃん、本当に、大丈夫なんですね?」
運の真剣な瞳がわたしを捉えた。本気でわたしのことを考えてくれている運に、なんだかやましい気持ちがして、思わず目線を反らした。
「……大丈夫」
運はそれはもう、疑り深い目で、刺すようにわたしを凝視したが、やがてうなだれて深いため息をついた。
「…………はぁ~。もう、わかりました。アンちゃんが自分から言ってくれるまで、気にしないで待ってます。でも、いつでも相談していいですからね? 私には、隠しごとは不要です」
「うん。わかった」
「もう、ほんとに、わかってるのかな」
運はジト目でわたしを見据えた。
「編入初日、上野さんにアンちゃんを悪く言われたとき、私は、アンちゃんは善性の人間だって意味で反論しましたけど。でも、アンちゃんが不良だっていうのは厳然たる事実でしたね……。娘が不良で、お母さんとっても心配です」
「ユキはお母さんじゃない」
「アンちゃんにとって、私は東京のお母さん的存在です」
「そういうの、自分で言うことじゃないと思う……」
運は未だ納得できないという様子で、わたしの手をにぎにぎと握った。
運は自分の気持ちをやたらとボディーランゲージで伝えようとするきらいがある。ハグや手をつなぐといった行為は日常茶飯事だ。流石に男子にはやらないみたいだが、同じクラスの女子にボディタッチするのを何度か見たことがある。
ルームメイトになりたての頃、中身が男のわたしは、運に身体的接触をされる度にどぎまぎしたものだが、今やわからせられてしまった。彼女のボディータッチが特別な好意の現れでないことは理解しているし、最近では、いかにも”女の子同士の友達”らしい触れ合いができて、わたしは素直に嬉しく思っている。
わたしは、運の右手を両手で包んで、自分の胸もとに引き寄せた。鉄仮面に精いっぱいの微笑みを湛えて、言う。
「でも、心配してくれてありがと、ユキ。だいすきだよ」
「~~ッ!もう、それで誤魔化せると思わないでくださいね!?」
運は顔を朱に染めて小鼻をふくらませた。そんなに、怒るほど心配しているのか。申し訳ないけど、正直嬉しい限りだ。
小鳥のさえずりが、緑あふれる中庭に響き渡る。木々の葉が、濃い塊となって風にそよぐ。うん、実に平和なお昼どきである。
キップリゼーションは、フィリップ・K・ディックの造語「キップル化」のもじりです。意味もほとんど同義?だと思います