『私たちと家族にならない?』
香織さんと短い時間ではあるが会話をした日から数日が経過した日の夜、僕は香織さんが最後に述べた事1人、病室のベットに横たわり思い出していた。をこの短い言葉に僕の心はどうしようもないほど動揺している。そもそも家族というものに対して良い印象は抱けない。勿論僕の過ごしていた環境が普通では無いのは理解している。部屋の窓から幸せそうな家族は嫌という程見てきたし、家族というものに憧れが無いと言ったら嘘になる。
香織さんは「いきなりで困るよね。答えはゆっくりでいいから、まずはしっかり休んで元気になってね。」とは、言ってくれたものの僕の様態が回復するまで、いやそれよりも前には答えを決めなければならない。
あれこれ考えていると、病室の扉がノックされた。
「……失礼するよ。」
柏木さんだった。曰く、体調の確認と少し話したいことがあるらしい。
「……うん。今日も大丈夫そうだね。本当に良かったよ。」
「……どうも。」
「………。」
「………。」
2人の間に沈黙が流れる。何か話す事があるんじゃなかったのか。そう伝えようとした瞬間、柏木さんが口を開いた。
「……雪くんはさ、正直上原さんのあの言葉にどう答えるつもり。」
やっぱりその事か。
「私的にはね、雪くんには上原さんのところに行ってもらいたいなとは思ってるんだ。」
「……どうして。」
「えっ。それは…。」
口を詰まらせる柏木さん。何も僕は柏木さんを困らせたい訳では無い。ただ純粋に柏木さんの真意を聞きたいだけなのだ。数日前に初めて会話をし、それからも度々ちょっとした会話をするだけといったまだまだ浅い間柄だが、彼女は本当に優しい人だという事は分かった。上原さんからの提案があった際には自分の事のように喜んでいた。様態が良くなるにつれ笑顔が増し嬉しそうに頭を撫でてくれる。採血等といった、痛みが伴う検査では本人は痛くないのに苦しそうな表情を浮かべ、検査が終わればすぐに駆け寄ってきて心配してくれる。───尤も僕は痛みなど感じないのだが。
そんな優しい彼女がどう思っているのか、単純に興味が沸いた。
少し間を置いて再度口を開いた。
「上原さんは優しい人だから…。」
それは学の高い医者としてはどうなのだろうと思うような意見だった。
「あっ、勿論それだけじゃないよ。……普通はね、誰かが酷い怪我で倒れていたとしても救急車を手配して終わるだけなんだよ。でも、上原さんは手術中もずっと手術室の前で心配して待機していて、病室に移された後も3日と空けずにお見舞いに来てたんだよ。」
驚いた。僕が持つ香織さんのイメージも勿論優しい人だというものではある。こんな赤の他人を家族に迎え入れてくれるというだけでも飛び抜けた優しさを持っていると言えよう。柏木さんが言ったように普通はそこまで面倒は見ない。なのに、それに加え頻繁に様子を見に来ていたとは。
「あんな人、少なくとも私が医者になってからは見たことが無いよ。……だからあの人ならきっと雪くんを大事にしてくれるって、思ったんだ。」
「……そう、ですか。」
確かに香織さんならもしかするかもしれない。きっと彼女の子供に対しても底知れぬ愛を与えているんだろうと、容易に想像できる。
……でも_______________
「……やめときます。」
「えっ。……なんで、どうして!」
「……ッ。」
あの優しく温厚な柏木さんがいきなり声を荒らげた為僕も狼狽えてしまう。
「あっ、ごめん。びっくりしたよね……。でもなんで。上原さんなら雪くんの事自分の子供のように大事にしてくれるよ、雪くんの事本当に愛してくれるよ。」
柏木さんは本当に優しく人だ。こんな僕の答えにも真摯に向き合ってくれる。
「どうして……。何か不安な事でもあるの。私に何でも言っていいよ。」
不安なことか……。全く無い訳では無い。父親のせいで大人の男というものにはどうしても体が拒否反応を示してしまう。今朝だって、男性が僕の病室に間違って入ってきただけで過呼吸になってしまった。
それだけじゃない。香織さんの子供達に否定されるのではないかという不安もある。いきなり見知らぬ人が家族になり一緒に暮らすとなったら誰だって不安になるし、敬遠したがる。それに、何度も言うが香織さんは底抜けに優しい。以前は自分たちが独占していたその愛情を他人に奪われでもしたらあまりにも可哀想だ。
子供にとって親からの愛情というものは何よりも重要だ。もし、僕もお母さんからの愛情が無かったら恐らくもうこの世にはいないだろう。それほど親からの愛は大事なのだ。
「_________そんなの可哀想。」
「ッ!」
「……それに、愛される資格なんて……僕には無いです。」
「あるよ……。雪くんは愛されて、幸せになるべきだよ……。」
「……僕は幸せになっちゃいけない。」
「そんなことないよ!だって雪くんは『お母さんを殺した僕にそんな資格はないよ!!』ッ!?」
「僕をずっと守ってくれたのに……。僕をずっと愛してくれたのに……。そんなお母さんに何も……何もしてあげれなかった僕に!お母さんを見殺しにした僕に幸せになる資格なんてある訳ないよ!!」
あの時から一滴も流れてこなかった涙がとめどなく溢れながら思いの丈をぶつけた。お母さんは僕を庇わなければ今もきっと生き続けていられただろうに。僕という
父親からの暴力を一身に受けて死んでしまった。
僕が
殺してしまったんだ。
「そんな僕が幸せになんかなったら……そんなこと誰も望まない!」
(なんで……。なんでよ。なんでそんなに我慢するの。なんでそんなに愛から逃げるの。なんでそんなに幸せを怖がるの。)
「……僕なんか。……僕なんか生まれて来なければ「そんなことないわ!」……えっ。」
僕の言葉を遮ったのは本来ここにいるはずのない香織さんだった。
「どうして…。」
「私が呼んだの。迷っている雪くんを一緒に助けましょうって。」
「雪くんごめんね、最初から全部聞いてたわ……。ちょっとガマンしてね。」
そう言うと香織さんは僕を優しく抱きしめた。
「雪くんのお母さんはきっと貴方に幸せになって欲しいと思ってるわ。」
「そんなことないよ……。」
「ううん、そんなことあるの。親の幸せはね勿論長生きして笑って暮らせることでもあるけれど、それよりも何よりも自分の子供が健康に育って、元気に笑って、子供自身が幸せになる事が一番の幸せなの。」
「でも、お母さんだってもっと生きたかったはずだよ……。」
「じゃあ、雪くんはお母さんの分も長生きしなきゃね。」
「お母さんの幸せだって、僕が奪っちゃったんだよ……。」
「ならお母さんの分も幸せにならなきゃね。」
「……お母さんは僕のこと恨んだりしてないかな…。」
「雪くんと一緒にいた時雪くんのことを恨んだりしていた?」
「……してなかった。」
「それなら雪くんは何も悪くないよ。」
「……幸せになってもいいのかな。」
「いいの。たくさん愛されて、幸せになって雪くんが結婚したら、貰った幸せを家族に与えればいいの。」
その瞬間、僕の心の中で何かが芽生えた。それがあの時崩れた物かはまだ分からない。けど、確実に僕の中で何かが変わった。
「それじゃあ、もう一度聞くね。」
『私たちと家族にならない?』
「………はい。」
そして僕は香織さんの腕の中で泣いた。
ひたすら泣いた。
お母さんを失った悲しみで泣いた。
父親に殺されそうになった恐怖で泣いた。
上原家と家族になれた嬉しさで泣いた。
§
「……スゥスゥ」
「泣き疲れて寝ちゃいましたね……。」
「そうですね……。ふふっ、可愛い寝顔。」
「本当に……。だから父親に襲われたんですかね。」
「……かもしれないですね。」
「男性を見た時の怯え具合を見るに、雪くんの男性恐怖症はかなり深刻な物に思われます。もしかしたらそれ以外にも何か後遺症的なものもあるかもしれません。……それでも雪くんを家族として愛してあげれますか?」
「………勿論です。この子を私の子として一生かけて愛してみせます。」
「………はぁ。良かった。本当に良かったぁ。」
「あらあら、先生まで泣いちゃって。」
「だって、本当に心配しだったんですもん……。うぅぅ。」
「ふふふ、大丈夫ですよ。だってこの子は________
上原家の一員なんですから。」
§
「…………キテ…………ユキ」
誰かが呼ぶ声がする………
「……ユーキ〜!起きてよ〜!」
「………ごめん、今起きたよ。」
「も〜!一緒に映画借りてきて見ようって思ってたのに〜!」
「あはは……、ごめんね。もう起きたから一緒に見よう。」
「いいけどさぁ〜。むぅぅ………。」
夢、かぁ。随分昔の夢を見ちゃったなぁ。
「……雪、どうかした?」
「………うんん、何でもない。それより映画見よう?」
「そう?ならいいけど……。ほら、ここに座って。」
ひまりお姉ちゃんが隣に座るようソファーを叩いて催促すし、隣に座る。
「……ひまりお姉ちゃん。手、繋いでもいい?」
「……ッ!もちろんいいよ!はい!」
「ありがとう……。ふふっ、落ち着く…。」
「~~~ッ!」
「……どうかした?」
「んーん!なんでもないよ!さっ、見よう見よう。」
明らかに顔が赤くてなんでもない様子ではないけれど……。
でも、こんな日常を幸せに思えるのも他でもない
僕は今、とっても
幸せです。