The bullet shoots you   作:ネムケノゴンゲ

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Who are you?

 

 

 コーヒーと和菓子は思いのほか相性が良い。少年は口に含くんだソレらを味わいながら、ただ全身に残る気怠さを抱く。

 彼が気づかないうちに千束は赤い和服に着替えていた。彼女にとってはこれがここの正装。たきなと同じように整ったルックスも相まって、巷での人気は高かった。

 しかし、仕事をせずに少年を監視するように笑っている。客が居ないから仕事をしようにも出来ない、というのが彼女の言い分である。

 

「……あの」

「なに?」

 

 少年は問いかけたが、言葉に詰まった。というのも、自分が抱いているこの感情をどうやって言語化すれば良いか分からなくなったのだ。

 どうして自分に構うのか。たったそれだけのこと。別に誰かに聞かれたって問題ない関係性だ。何も隠す理由はない。けれど、千束が持つ独特の空気感が彼の思考をかき乱す。

 

「はじめて君から話しかけてくれたね」

 

 それはそうだ。今のお前がそうさせている――。口には出さなかったが、少年の表情を見た彼女はいたずらっぽく笑ってみせた。

 彼と向かい合って、自身の細い顎に細い指を絡める。女子高生特有の色気というものが少年の心をかすかにくすぐる。

 

「君の名前教えてよ」

「なぜ」

「ほら、また助けなきゃいけないかもしれないし」

 

 それは暗に、彼がもう一度死のうとすることを示す。少年は否定も肯定もせず、残り少なくなったコーヒーに口づけた。

 視線を少し落とすと、彼女オススメの団子が一本だけ余っていた。試験管のような細長い容器に詰め込まれた甘味。それらを纏った白団子は人間の食欲を刺激するには十分すぎる魅力を持っていた。

 

「……満足か?」

 

 千束はほんの少し驚いた顔を作った。回答にはそぐわない言葉が返ってきたからである。でも、彼を攻めるわけではない。本当に慈しむような瞳。朱色の宝石がゆらゆら輝くみたいに少年の瞳を吸い込もうとする。

 彼の質問の意図は分からない。でも、千束なりにある程度の察しはついた。それこそ、相棒になった井ノ上たきなからも指摘されたことだってある。

 

「うん。満足だよ」

 

 嘘偽りが何一つない言葉だった。濁りなんて一切なくて、言葉の反対側まで綺麗に澄んだような声。言葉。それが錦木千束の持つ愛情である。無論、恋愛感情などではない。人間そのものを慈しむ純愛にしか過ぎない。

 

「そうか。アンタも――」

 

 少年は言いかけて、また言葉に詰まった。二度目。しかし、千束は問い詰めることもせず、ただ目線を逸らす彼の目を覗き込もうとする。

 彼女から見て、少年は明らかに年上だった。1つか2つ、高校生か大学生か。だからこそ、千束は彼を止めたのかもしれない。まだ若いのに、まだ楽しいことが一杯あるのに、と本当に来るかどうか分からない未来に賭けて。

 

「いや、いい。ごちそうになった」

「お代は良いよ。私のおごり」

 

 少し驚いたが、彼は出しかけた財布をしまった。「それもそうだな」とポツリつぶやくぐらいには、心の(もや)は薄まっている。それでも、ほんの少しだけ。

 

「また来なさい」

「……ども」

 

 マスターであるミカの言葉には案外素直にうなずいた。低い落ち着きのある声が彼にとっても心地よかったようだ。

 カウンターでうなだれているミズキとも一瞬目が合ったが、少年は無視して店を出ていった。

 かと言って、店内に静寂は訪れない。こういう場合、大抵は中原ミズキが空気を切り裂く。しかし、この日は違った。彼が出ていった同じタイミングで裏から出てきた少女の役目だった。

 

「千束さん」

「んー、どうしたのたきな」

 

 敬称を抜いた呼び方にはまだ慣れない。呼ばれる側はあまり気にしていないようだが、千束から「呼び捨てで良い」と言われた手前、善処しようとするのが井ノ上たきなという人間だった。

 そんな千束は彼が飲み干していったコップと、微妙にアンコが残った皿を下げようとする。したがって目線は合わない。

 

「さっきの彼ですが」

「なーに、もしかして好きになった?」

「いえ」

 

 即答であった。少年の人格否定になりかねないぐらいの速度で。

 千束は彼が帰ったことを密かに安堵した。聞かせてしまえば、それこそまた死のうとする。

 一方で、たきなにそんな意図はなかった。ただ自分が言おうとした言葉じゃないと否定しただけ。悪気がないからこそ、ミカやミズキはこぼれ出る笑みを堪えられなかった。

 

「彼は――」

 

 思い返す。つい数十分前の出来事を。腕の擦り傷。希望を失った黒い瞳。何も考えたくないと訴えかける空気感。そのすべてが、井ノ上たきなの頭にこびりついていた。

 純粋な興味だった。彼と千束。二人の間に何があったのか。どうして彼があんな顔をするのか。光り輝く錦木千束の明かりを、どこか拒絶するような心の壁。

 

 けれど。

 

「――いえ、なんでもありません」

 

 少年と同じように言い淀んだ。ふと、直感でやめたほうが良いと感じたのだ。

 これは彼女とふたりきり、誰にも聞かれない環境じゃないと駄目だ、と。

 所詮、たきなの余計な思い込みである。千束と少年の間には何もない。ただ彼が死のうとするところを助けただけで、ソレ以上もソレ以下もない。所以、余計な優しさなのである。

 だが、千束が相棒になって1カ月。少しずつではあるが、たきなも変化していった。機械的な性格が暖かさを取り戻していくみたいに、人が持つ本来の優しさが表面に現れかけている。

 

「えーっ! 気になるじゃん!」

「別に急ぎの用事でもないので」

「だめだめ! 教えてよ」

「おい千束、落として割るんじゃないぞ」

 

 たきなは、ある意味で器用だった。千束に振り回されることの方が多いが、それでも扱い方が少し分かってきた。

 

「いえ。本当に大したことじゃないので」

 

 彼女がそう言うと、千束は頬を膨らませて不満げな顔を作った。ミカは食器が無事戻ってきたことに安堵している様子。ミズキは朝っぱらから酒を引っ掛ける勢いだ。

 途端に鼻が痒くなったたきなは、また裏へ消える。洗面台で鼻にティッシュを当てて痒みのもとを取り除く。まだまだ夏は来ない。花粉の残党にやられたのかもしれない、とらしくないことを考えた。

 

 鏡を見ると、左頬が気になってしまう。自身がここに来る理由となったあの日。命令違反の責任を押し付けられる形で。それに加え、身内に殴られた痛みはなかなか消えようとしなかった。

 無意識に触る。もう腫れは引いた。痛みもない。けれど、今でも鮮明に思い出すのだ。最良の選択だった、と訴えたところで上は取り合ってくれない。結果論と言われればそれまでだったから。

 基本的に自分のことには無頓着の彼女。私服だって持っていないし、下着に関してはミカから貰ったモノを使っている。それでも、人よりも綺麗な黒髪は密かな自慢だった。

 

「まだ痛むの?」

「千束」

 

 敬称を抜くのは慣れていなかったが、突然話しかけられた勢いでつい呼び捨てになった。心なしか、千束も少し嬉しそうに口元を少しだけ上げている。

 それはそうと、自身の右手が左頬にあったせいで余計な心配をかけてしまったのだ。たきなは少し申し訳なさそうに返答した。

 

「いえ。もう痛みは引きました」

「そっか。良かった良かった」

 

 千束も分かって聞いているかのようだ。類まれなる洞察力は任務中だけにしたいが、どうもそういうわけにもいかない。千束の無意識な悩みである。

 

「どうかしましたか」

「まあね。さっきの話」

「……あぁ」

 

 浅い記憶に潜っていたせいか、ついさっきの話が頭から抜け落ちていた。

 でも、千束からここまで聞いてくることも珍しい。現に、ここには千束とたきなの二人きり。先程たきなが望んだ状況がここにある。

 

「二人なら教えてくれるでしょ?」

 

 千束の洞察力には感心させられるばかりだった。

 銃弾をいとも簡単に避け、当てるのが難しい非殺傷弾を平気で使う。当たらなければ近づいて撃てば良いというのが彼女の理論。

 無論、たきなが聞こうとする内容はそこまで深いモノではない。とは言えだ。ここまでくれば気味も悪い。

 

 一つため息。ある種の降参宣言だった。

 

「――彼は何者なんです?」

「へ?」

 

 千束からすれば、少し拍子抜であった。彼女の問いかけるトーンが神妙なモノだったせいで、心のどこかでハードルを上げていたようだ。

 

「うーん……何と言うべきか」

「あの人は、少し独特な雰囲気だったので」

「あーまぁ、確かにそうだね」

 

 たきなが言わんとすることも理解できた。なぜなら、彼は一度この世界から消えようとした男。生きる人間には無い感情を前面に出した状態で接したのだから、無理もない。

 

 でも、千束は少し考えた。彼が死のうとした事実を簡単に他人に言うべきかどうか。

 そこで、自分が彼の立場だとしたら。仮定して考える。死ぬ。この世界から居なくなる。痛くて、寂しくて、悪魔みたいな叫び声を上げながら、命を終わらせる。

 ぶるりと体が震える感覚だった。悪寒。考えただけで具合が悪くなる。結論はだいぶ先にあるのに、彼女は思考をやめた。

 

「まぁ、命の恩人だよ」

「えっ!? 千束のですか!?」

 

 驚くたきなを尻目に、千束はくすくす笑ってみせた。

 彼女の言い方なら、そう捉えられても不思議じゃない。たきなは心底驚いた。あの錦木千束を助けるだけの力がある。リコリスでもなく、そんな人間が居るのかと。

 

「ぶぶー。私が恩人」

 

 やっぱり、千束のことはよく分からない。

 たきなのため息は、店内まで聞こえたという。

 

 

 





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ぁぃぅぇぉ、岬サナ、十七夜 秋人、ごまくま
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