「権八の兄貴。井平と長助の亡骸置いてきちまったけど、どうしやする?」
「ま、まさか、あの浪人。俺たちを恐れないうえに斬り殺すなんて…」
「白鯨党の殿様や青鯱党の先生に頼んで殺っちまいましょう!」
浅草の和泉屋から全力で逃げ出した赤鰐党。吾妻橋を越え、追手が居ないことを確認してからその場に座り込んだ。
悪党には悪党の情があるのか。死んだ自分たちの仲間を気遣う者もいたが、大半は身勝手なことを喚きつつ騒いでいた。
「権八の兄貴!どうしやすか!」
「兄貴!」
「黙ってろ!井平たちを殺られて悔しいのは、テメェらだけじゃねぇんだ!すこし考えさせろ!」
拳骨で騒いていた数名を殴り黙らせると鰐手の権八はイライラしつつ部下たちを引き連れ、住処に戻る。表通りに面した中々に立地も間取りも良い物件だ。
「すぐに酒もってこい。」
出迎えに出てきた留守番たちにも怒鳴り散らして自室に戻ると、買ってきた女に酒を用意させると部屋から追い出した。
(女を抱く気にもならねぇ。流れ者の俺がようやく江戸で住処と、ある程度好きにできる立場を手に入れたってのにあの浪人。タダじゃおかねぇ。)
元々、この物件は真っ当な旅館をやっていたのだが、今では新撰会の手によって財産を丸ごと奪われ今では悪党の巣。経緯はともかく権八たち赤鰐党のとしては唯一の安息地。失うわけにはいかない。
(この話が漏れて、広まる前にどうにかしてケリをつけなければ。)
だが、だがどう考えても、真っ当にやりあったら勝ち目は見えない。赤鰐党で一番腕っぷしに自信がある権八でも浪人こと恭太郎に「真っ二つ」にされる想像しか浮かばない。
(アイツの弱みになりそうなモノを探すか?いや、御府内で有数の大店・和泉屋が雇ってるってヤツだ。すぐに見つかる様なモンは無ぇ。)
グイッと酒を飲み干すが、怒りと悔しさで酔いも回らない。
(井平と長助。馬鹿な奴らだったが赤鰐党を作ったからの付き合いだったのに、あの野郎は巻藁を斬るように殺しやがって。)
茶碗酒で矢継ぎ早に飲んでいても、酔えない権八は徳利のまま飲みだした。赤鰐党で一番腕っぷしが強く、頭も回るといえば格好もつくが、実のところ数による圧力と、向こう見ず。つまりは知らないことによる強さだけの面々が集まった赤鰐党で一番というだけのモノ。
「兄貴?ちょっといいですかい?」
「なんだ!」
部下から声をかけられ怒鳴る権八にビビりながらも部下は続けた。
「そういや、少し前に青鯱党の先生がやってきて『殿様がお呼びだ。』と告げて帰っていきました。」
「い、何時のことだ?」
その話を聞いてイライラは無くなり、恐怖心が湧き出てきた権八。
「三十分も経ってないかと。こんな夜更けにやってきたんで兄貴が戻り次第話そうと思ってたんですが、偉い剣幕でしたんで遅くなりました。」
話を聞くなり権八は慌てて住処を飛び出し、蔵前を抜け、神保、市ヶ谷。と、浅草を避ける以外は偶然、昼間に恭太郎が移動した道を走った。所々にある自身番の制止も無視するか。赤い羽織を見せて脅してとにかく走った。
「遅くなりましてございます。」
息を切らしながら四谷御門近くの武家屋敷に駆け込んだ。権八の態度は先程までの横柄さは微塵も見えず、ペコペコ頭を下げつつ卑屈な態度で対応していた。門番から怪訝な目で見られつつ、奥座席に通されると、
「遅かったではないか。和泉屋の一件。上首尾でだったろうな。」
そこには侍が二名。商人風の男が一名。酒を飲みつつ上機嫌に話をしていた。
(畜生め。よりによってけりをつける前に呼び出されるとは。……やってらんねぇな。)
内心悔しさやら、怒りやらで腸が煮えくり返る気持ちだが、表に出せば眼の前の侍。青鯱党の親玉に、
「流れ者の代わりはいくらでもいる。お前が好き勝手出来るのは後ろ盾あってのことよ。それがなくなれば貴様のような下郎はどうなるであろうなぁ。」
と、簡単に仲間は切り捨てられ、権八は唐竹割りになるだろう。新撰会の一員でいるため。寝床を得るため。そして命を守るために、上納金として脅し、奪い取った金を持っていかれても…
(元の流れ者としての生活をするよりは、はるかにマシ。)
なのである。ペコペコしながら懐から「上首尾と納得させるため、自分の懐から出した」五十両をとりだして、差し出した。
「なんじゃ。これは?」
「和泉屋から受け取った
いかに苦労したうえで、肩透かしを食らったように話す権八。
「ふむ。大儀。」
上座に居る侍の一人が差し出された五十両を受け取って懐に入れた。よかった。納得してくれた。と、ホッと息をついた権八は頭を下げ、話を始めた。
「実は五十両しか受け取れなかった理由に続きがございまして。」
と、話したところ上座の侍が話に食いつき、その理由を尋ねた。
「あっしとしましても、主や番頭が不在でも店に入り込んで金蔵を開けてしまえば。と、思いましたが腕の立つ用心棒が戻ってきて井平と長助の二人を斬られてしまいました。万が一と思いその場を退きました次第でして。」
本当にあったかのように語る権八に「うむうむ」と、うなずく上座の侍。
「災難であったな。今日は下がってよい。さきほど受け取った」
その言葉に内心喜び権八は行きとは違い、足取り軽く上機嫌で自分たちの住処に戻るため屋敷を出るのであった。
「ワシを騙したと喜び帰りおったわ。まったく、バカの相手をするのは面倒じゃ。しかし、下郎にしては、よく回る舌であったわ。」
先程まで被っていた「飴」の顔を脱ぎ捨て、権八のことを吐き捨てた上座の侍。この屋敷の主で谷久保美濃守。
表向きには六千石の石高をもらい、先代将軍・家治の時代に急死した親の跡をついで、若くして大番頭(※将軍の城と街の軍としての警備長)を大過なく勤め上げた『孝行者』として評判を得ている。
また、その際に幕府より上下の屋敷も賜るという旗本としては最高位。もしくは別格の扱いを受けている人物。……ではあるが、今は新撰会と白鯨党の親玉。
「左様ですな。斬って捨てて残りのヤツラに対し脅しに使うか。次を探した方がよろしいでしたか?殿様。」
そしてその横で刀を掴む青い着物に総髪の侍。こちらは浅草でそこそこ名のある道場を構える人物で小井出重行という剣客。青鯱党の親玉。道場内での噂では元々は大坂だか、京都だかハッキリしないが上方の出身の浪人。
「かまわん。イザとなればワシが槍を振るうまでよ。」
小井出の言葉に美濃守はどこからか取り出した槍を振るうとお猪口を叩き割った。なるほど言うだけのことは有るようで、空になった数本の徳利も、台も壊さずお猪口だけを割っていた。
「あと三百両。いや、余裕をもって五百両と言ったところかのぉ。なあ、大木屋。」
「左様でしょうな。復職を考えるだけならばそれだけでよろしいでしょう。」
庶民には手の届かない大金の話をする美濃守に返答する商人風の男。赤鰐党、白鯨党、青鯱党の親玉が出たとなると、コイツは黄蛸党の親玉で新撰会の最年長であり、金庫番も務める大木屋忠右衛門。
武芸などの心得の有る前述の二人と違い、恰幅のいい。狒々爺。つまりは、太っていけ好かない助平爺という悪いイメージ像をそのまま形にしたような男だ。
「それ以上集めて幕閣に配るとなると、流石に出どころについて探られる。大番頭に戻ればどうとでもなるが、流石に今の無役では腹をつつかれると流石に痛い。」
「お殿様の腹を探る人間が居るのですかな?沼田は半隠居。新任の定信は若造で御座います。」
「そうかも知れぬが、その油断でワシは前回、御役目をなくしたからのぉ。油断はせぬことじゃ。それまでは、あの下郎共に稼いでもらわねばのぉ。」
「ははは。先程までいたわりの声を掛けた人間とは見えませんなぁ。」
「なに。小井出の鞭が強すぎて、万が一にでも逃げ出されたら面倒じゃからな。じゃが、金さえ貯めきれば用は無し。」
「つまりは?」
「大番頭復帰の軍功として血祭りにあげてくれる。フッフッフ。」
悪党お約束の高笑いが三重奏。悪党たちの屋敷の離れで行われつつ夜は更に深まっていく。
登場シーンで一番と思う時代劇は?(今後の参考・指針に。)
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余の顔を見忘れたか。(暴れん坊将軍)
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この紋所が目に入らぬか。(水戸黄門)
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閻魔様の御使ぇよ。(江戸の牙)
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天に変わって破れ奉行。(破れ奉行)
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地獄へ落ちな 等(必殺仕事人)
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テメェら人間じゃねぇ!(破れ傘刀舟)
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手向かう者は斬れ!(鬼平犯科帳)
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桃から生まれた桃太郎!(桃太郎侍)
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白州で裁けぬ悪を斬る(鬼役)
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この金さんの桜吹雪… (遠山の金さん)