「うむ。善い善い。大名として、まことに殊勝な態度である。しかし、ココは気にせずとも良い。意次も固くならずとも良いぞ。楽にせよ。二人共。」
(いやぁ、無理ですわぁ。大御所と前の最高権力者を相手に?いやいや、やっぱり無理だよ。)
恭太郎と平太郎は平伏したまま動かない。いくら楽にしろと言われても・・・
「大御所様。面を上げさせねば楽もございますまい。」
「おお。なるほどな。表をあげよ。あと茶を持て。」
上位者の言葉がなければ頭すら上げれないのが武家社会。しかも、控えていたのか茶坊主がすぐさま現れた。万が一にも「口の軽い」茶坊主だったら、
『実はカクカクシカジカでして・・』
と、尾ひれを付けて
「意次。誰も近づけるでないぞ。」
「はい。先程の茶坊主をはじめ、この周辺にいるのは我々だけでございます。」
大御所・家治の意を汲む意次によって、予想ではあるが確実に『大御所に対する』不利益・不愉快になることはこの場には無いだろう。もはや、まな板の鯉の気分の二人は背中に浮き出てきた冷や汗と多少の胃痛を感じる。大御所という将軍以外別格の存在だけではなく、沼田意次がお茶の用意をするという異質な空間にも。
「急に呼び立ててすまぬな。実は二人に聞きたいことがあってな。良いか?」
((ココで嫌と言える大名がいるわけがない。))
大御所の言葉に再度平伏して、表向き快く承諾した二人。一体どんな頼みや、質問をされるのかと身構えていた。
「家基は男色家ではあるまいか?」
「「・・・・・・・・は?・・あ、いえ、もう一度よろしいでしょうか??」」
理解するまで数秒は経過したが、脳みそが理解を拒んだのだろうか。あんまりにもバカみたいな言葉が聞こえた大名二人は再度尋ねた。
「いや、聞く話によれば大奥にも通わず、側女も作らずと聞くと男色ではないか。そう思ったのだが?どうだ?気になる女の話を聞いたことはないか?」
あんまりにも馬鹿らしいというか。緊張を返せという質問に二人は、チラリ。と、目線だけで意次を見るが、意次も頭を抱えているところを見ると知らなかった様だ。
「さ、流石に公方様の
「私も、
正直に答える二人。「そんな事知るか!!」と言いたい気分だったが、なんとか飲み込んで意次を横目で見る。意次としても可哀想になってきたのだろうか。大御所と二人の間に移動すると・・
「大御所様。流石に御上の女事情を知ってるものは居りますまい。大奥の者々が不満を語るのならば、今は無いのでございましょう。もしも、女の影の一つでも見えれば悪い噂は止まりますまい。」
「ならば男か?」
「それも御座いませぬ。大御所様もご存知のお話ではありますが、清華家の姫を正室に迎える予定でございましたが、昨年病で急逝したので・・・」
「なるほど。正室を迎えるまでは。と、言うことか。たしかにのぉ。」
大御所・家治は愛妻家でもあるので、意次の言葉に納得した。意次の後ろ姿を見た二人は首筋に少し汗を見た。多分、意次としてもこんな茶番ならさっさと終わらせたいのだろう。
「ふーむ。」
御簾の向こうでポリポリと頭を掻いてる様子の大御所にビクビクする若者二名と老人一名。数分が数時間に感じられる嫌な空間の中で大御所が口を開いた。
「ならば公家衆に見繕わせるかのぉ。そう言えば、二人も独り身であったな。稀に見る忠臣に。家基の支えになるべき能力のある若者ゆえ、早めに子を作るのだぞ。」
(世が世ならセクハラやパワハラになるだろうが、そんな概念もないからな。)
恭太郎と平太郎は体重が下がった気がするほど疲弊した。敵対的・嫌味な幕閣なら流すことや、チクリと反撃すれば良いが、付き合いの深い家基ならともかく、大御所となれば下手な対応もできない。
「うむ。世話を焼きすぎるのも無粋よな。善い。大義。」
その言葉に大きく息を吐きそうになる恭太郎と平太郎。かなり待たされた挙げ句、内容は自分たちからしたら大したことがないのに面倒なものだった。これで帰れると思っていたのだが・・
「それではお二人を下げてもよろしゅうございましょうか?」
「待て待て。まだ話は終わってはおらん。次が本題じゃからな。真面目な話じゃ。無論、将軍の世継ぎ問題も重要じゃが、コッチは少しばかり困りものでな。恵土府内のことじゃ。」
(((できればそちらだけにして欲しかったものだが。)))
この間にいる老若関係なく幕臣三名の心は一つになったが、現役ではない大御所が恵土府内の事で何の話であろうかとは気になった。
「余としては、西の丸の一室でのんびりしつつ、花鳥風月を愛でながら、書に囲まれていたいものじゃが・・・」
パチンパチンと扇子を鳴らすと大きく息を吐いて本題を話す大御所。
「余の時代の負の遺産。恥とでも言えばよいのだろうか。府内の良民を貪る害虫の羽音がどうにも耳障りでのぉ。」
「赤鰐党なる不心得者でございますかな?」
複雑な。しかしながら不愉快が強い言葉で語る大御所に意次が補足する。若者二人は不動のまま。
「それだけでは無いがの。政治から離れてから目や耳に入ることが増えた故な。家基には余計なお世話ではあろうが、余の政治から生まれた膿は余の手で正さねばならぬ。」
大御所は自ら御簾を上げ、驚き戻るように願う意次を押さえて恭太郎と平太郎の前に座る。
御簾から出てきた大御所に、二人は慌てて平伏した。
「恭太郎、平太郎。両家はさかのぼれば、神君家康公の下で抜群の功績を上げた家。そして二人は手段はともかく余の見出し、家基の側近のようなもの。」
((あ、これは本当に面倒な仕事が来るわ。))
もうどうでもいいやー。と、諦めも通り越しヤケクソに近い期待で言葉を待つ。
「
「恐れながら、それは御三家、公家、幕閣。つまりは日ノ本統治の仕組みに関わるものでも。で、ございますか?」
平太郎が質問の許可無く尋ねる。恭太郎としても家治にこのような一面があるとは知らず戸惑っていた。
「よい。地位や生まれによって好きにしているヤツラ。それならば将軍家の余が好きにしても良いであろう?もし、余が家基の敵になれば余も討ち取ればよい。」
これには口を開けて無様な顔をしながら固まる二人。意次に関しては卒倒しそうになっていた。
そろそろ七十歳になろうという人間の心臓に負担をかけるような真似しないでほしいと思うがそんな気を回すこともできない。
「かと言って表立って助けることは出来ぬゆえ、これを授ける。」
大御所は一度、御簾の裏に戻り脇差しを恭太郎と平太郎に手渡した。
(来たか。いや、来てしまったかぁ。天下御免のブツが。)
来たよ。時代劇のお約束。と思いつつ、感激する平太郎の横で多少冷めた感情で受けとった恭太郎。
「大義であった。下がって良いぞ。」
家治は御簾の裏に戻り座ると、話は終わりと二人に下がるように命じた。
「流石に疲れたのぉ。」
二人が下がり、意次以外が居なくなった広間。その御簾の裏で大御所・家治は背中から倒れた。その姿に意次は医者を呼ぼうとするが、
「誰も呼ぶでないぞ。」
「……失礼いたします。」
御簾を押しのけ家治に近づく意次は、土気色になった家治の顔色に驚いた。これは只事ではない。
「大御所様。すぐさま御寝所にお連れします。その後、典医に。」
「よい。誰も呼ぶでない。病ではない。」
慌てる意次を落ち着かせるように座り直す家治。顔色は土気色よりマシだが、顔色は悪いままだ。
「見よ。」
「陰陽師か。呪術師か。誰か知らぬが大御所が呪いを受けるとは、幕府も落ちぶれたものよ。」
「恵土の結界を抜けてきた災いとは。京の土御門に…」
「ならん。京の公家も幕府のスキを狙っておるわ。ふふふ。どこの誰かは知らぬが大したものよ。
自嘲しながらも顔色が戻った家治は意次に「他言無用。」と厳命して西の丸奥に下がっていった。
感想・誤字脱字報告ありがとうございます。
登場シーンで一番と思う時代劇は?(今後の参考・指針に。)
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余の顔を見忘れたか。(暴れん坊将軍)
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この紋所が目に入らぬか。(水戸黄門)
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閻魔様の御使ぇよ。(江戸の牙)
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天に変わって破れ奉行。(破れ奉行)
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地獄へ落ちな 等(必殺仕事人)
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テメェら人間じゃねぇ!(破れ傘刀舟)
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手向かう者は斬れ!(鬼平犯科帳)
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桃から生まれた桃太郎!(桃太郎侍)
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白州で裁けぬ悪を斬る(鬼役)
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この金さんの桜吹雪… (遠山の金さん)