日が傾き半蔵門前の藩邸が抜け出した恭太郎。外様の小大名たちや江戸城勤番の役人たち下城するのと鉢合わせ無いため新橋、日本橋と南側を通るのではなく、四ッ谷、市ヶ谷、飯田橋と北側をグルリと大回りをして浅草に向かった。
「日が暮れるまでは、ゆるりと行くか。」
ゆっくり、ゆったりとした足取りで浅草にある廻船問屋・和泉屋を目指す。和泉屋はここ10年ほどで大きくなった商家で現在は恵土有数の大店として押しも押されもしない商売をしている。
そして、和泉藩の御用商人。つまりは恭太郎の息がかかり、恵土でのお忍びを行う際の拠点であり、共犯者でもある。
「へへへ。旦那。どうです?懐も暖かそうで。」
浅草に入るか入らないかと言う場所を通りかかったころ、日も沈んだ闇の中からキツネ顔、キツネ目の町人が小指を立てながら恭太郎に近づいてきた。
「よく分かったな。たしかに懐は中々温かいが、何用だ?」
「良い子が居ますけど、どうです?」
なるほど非合法の売春の斡旋か。恭太郎は顎に手を当て、
「美人局か?」
「おおっと、ご冗談を。これでもアッシは色々な客を相手にしてまさぁ。旦那の動きを見ると並の腕には思えません。アッシとしてもナマスにも、首の泣き別れはゴメンでございます。」
へへへ。と、笑うキツネ町人。ポリポリと顎に当てた手を動かし首筋を掻く恭太郎を他所に話を続けた。
「アッシが案内する女は所謂、委細あって体を売るしか無い訳あり女。決して変な女の場所には案内しやせん。そこは悪いことをしてても一線を越えないアッシの信条でございやす。」
今回案内するのは、ある小間物屋の娘で両親が流行り病でポックリ逝ってしまい、店は取られ、弟を食わせるために女の初めてを売りたい
と、つらつらと事情を語るキツネ町人。やってることはルール違反の悪いことだが、どうにも嘘を話しているように見えない。恭太郎の『勘』とも呼べるものにも引っかからない。
「どうですかい?お侍さん?」
「お前、顔は広いのか?」
「へ?」
「顔は広いのかと聞いてるんだ。返答次第では誘いに乗ってやろう。」
思いもよらない返答にキツネ町人は驚くが、「ど、どうなんでしょうか?」と、悩み始めた。数分ブツブツと呟くと、
「顔が広いか分かりやせんが、表の商売ではソコソコ顔が効くかと思いやす。稲荷屋と言う飯屋をやっとりますから。」
「ふふふ。お前は正直だ。いくらだ?」
と、懐から財布を取り出す恭太郎に、キツネ町人。いや、稲荷屋は片手を開いた。五両と言うことだろう。
「よし買った。」
恭太郎は財布から
「だ、旦那。多すぎやすって?!」
「博打で目が出たあぶく銭よ。半分は娘に渡してやれ。残りはチョイと頼みたいことがある。明日、暇があったら浅草の和泉屋に来てくれ。」
なんとなく使える人間に見える。と言う正気とは思えない理由で稲荷屋に大金を渡した恭太郎はバイバイと手を振った。
チラリと後ろを見るとアタフタしていた稲荷屋が深々と頭を下げていた。
(まぁ、本当は夜半でウロウロして町方に見つかると五月蝿いからな。それで懐から小判が出たら疑念を覚えられる。見張りなんぞ面倒だからな。)
自分の都合で押し付けた小判に頭を下げられ、なんとなく居心地の悪さを覚え、ここから目と鼻の距離である早足で目的地に向かった。
コンコン。コンコン。
和泉屋の裏口を叩く。すると覗き戸が開き、
「どちら様で?」
「榊恭太郎と言う者だが、源左衛門さんに取り次ぎ願いたい。」
店の用心棒がジロリと恭太郎を見ると「少々お待ちを。」と告げて覗き戸を閉めた。
(初めて見る用心棒だが、しつけの効いた奴らしい。)
待つこと五分足らずで裏戸が開かれる。恰幅のいい老人が先程の用心棒を従えて恭太郎を迎えに出てきた。
「連絡をくださったならお迎えに向かったものを。」
「源左衛門さん。いち仕法家にそこまで気を使わなくても。」
「いえいえ、恭太郎さんが居なければ今日の和泉屋はございませんので。ささ、奥へ。」
和泉屋内部に入るとペコペコする主人・和泉屋源左衛門に驚く面々。しかし、恭太郎の姿を見ると大半の人間は「なんだ。恭太郎さんか。」と、納得して作業に戻る。そのまま主人の部屋に通され恭太郎と源左衛門の二人きりなった。
「和泉守基康様にあらせられましては…」
「待て待て。この格好でそんなことを言われると鳥肌が立つわ。止め!止めだ!」
「変わりませんなぁ。恭太郎さんはそれで。本日は何用ですか?恭太郎のためなら身代すべてを投げ出しても良いですぞ?」
コンサルタントとして恭太郎が色々ヤラかしたことで儲けた和泉屋。源左衛門の忠誠心で本当にやりかねない。
「しばらく離れを貸してほしい。」
「分かりました。ただちに準備させましょう。」
パンパンと手をたたき、奉公人数名を呼びつけ『恭太郎としてのお忍び生活』時の定宿である和泉屋の離れの準備をさせた。
「助かる。できるだけ迷惑は掛けぬ。」
「いえいえ、ドンドン掛けてくだされ。」
感謝してくれるのはありがたいが、ここまでされると逆に恐縮してしまう恭太郎は稲荷屋の事を忘れて寝床に向かい布団に潜り込んだ。
(このまま、布団の住人になってれば楽だろうなぁ。)
と、早めに就寝することにした恭太郎。何事もなければ夜明け前に目覚め、フラリと赤鰐党を調べついでに食べ損ねた蕎麦でも食べるか。などと考えているうちに眠りに入った。
バン!バン!バン!
「和泉屋!開けい!」
だが、真夜中と言える時間に和泉屋の離れにまで聞こえる騒音によって恭太郎は安眠を妨げられ、目を覚まし、
「ッチ。」
大きく舌打ちをした。恵土に入ってまだ2日。入府後の蕎麦は駄目にされ、上司からは無茶を振られ、幕閣からは嫌な目で見られ、安眠できるはずの場所で叩き起こされたイライラをぶつけるべく刀を持つと和泉屋に迷惑を掛けるであろう騒音の元に向かった。
「大名モードなら我慢してやるが、今は虫の居所の悪い上にお忍びモードよ。ぶっ飛ばす。」
数時間前に「和泉屋にできるだけ迷惑を掛けぬ」と言っていたこと頭の中の些事巻き込まれ、騒音に怯える奉公人を押しのけ、扉を叩き喚く相手ごと蹴飛ばした。
登場シーンで一番と思う時代劇は?(今後の参考・指針に。)
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余の顔を見忘れたか。(暴れん坊将軍)
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この紋所が目に入らぬか。(水戸黄門)
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閻魔様の御使ぇよ。(江戸の牙)
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天に変わって破れ奉行。(破れ奉行)
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地獄へ落ちな 等(必殺仕事人)
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テメェら人間じゃねぇ!(破れ傘刀舟)
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手向かう者は斬れ!(鬼平犯科帳)
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桃から生まれた桃太郎!(桃太郎侍)
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白州で裁けぬ悪を斬る(鬼役)
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この金さんの桜吹雪… (遠山の金さん)