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一夜明けて。
なにはともあれ走り込みである。芝2000m。右回り。条件は同じ。
「はっ、はっ、はっ、はっ!」
「速い……ッ!」
逃げる僕、追いかけるスペちゃん。二人で実戦さながらの模擬レースをしていたところだ。ガチレースは体には負担だが、やらないと駆け引きを経験できない。
「これはいい展開だねぇ。私はスペに人参一本掛けるね」
オイ。ゴルシ。ギャンブルにするな、聞こえてるぞ。
スペちゃんの末脚は驚異的なところがある。根性もある。駆け引きをする頭はまだないみたいだけど、素の能力が高いからこそ、危険だ。
僕は僕の戦い方を徹底する。とにかく逃げるんだ。
そう、チームの新人スペちゃんに注目が集まりがちだが、僕には僕の戦いがある。次のレースは、もうじきなんだ。芝2000m。阪神競バ場。決してランクが高いわけじゃないけど、この勝利を掴むのは大事だ。そして走ってて思ったけど、2000mが限界説である。試しに2000mより長く走ってみるとわかる。調子が悪い。あと短すぎても調子が悪い。1600~2000mが適正レンジだろうと思う。もっと鍛えぬけばいけるかもしれないけどね。
スペちゃんは、可能な限り僕についてこようとする先行策を取っているらしい。先行と差しを選べるのはなかなかいいと思う。
けど、僕の走っている時に先行策を取るというのはなかなか苦行だよ。特に二人きりのときは。それを教えてやる。
「すごい足ッ………!」
「まだまだ! まだ僕はいけるっ!!」
加速する。必死に食らいつこうとしてくるスペちゃんを尻目に、尻尾を揺らしながら、どんどんと腕と足の振りを素早くしていく。
だいぶ引き離したかな。どれ………おお……。
「うむぅぅぅぅ! 置いて行かれないように……!」
ついてきてる。大した子だなぁ。こっちもスタミナ配分を考えた最高速度に近いんだけど、それでもついてきている。素質は十分。日本一のウマ娘を狙うだけはある。
ただ、必死の形相で走っているあたり、これは長くないかもな。
『前途洋々』、少し一息つく。
速度を落として、呼吸を整えて………出発……!? ちっ!
「根性ぉぉぉッ!!」
スペちゃんも同じタイミングで一息入れていたらしい。というより、狙ったか? スペちゃん僕のことよく見てるもんなぁ。真似されたか。
最終コーナーを回る。正念場だ。
「先頭の景色は誰にも………!」
最後の直線だ。僕は現状出せる最高速度を出す。トトトトというよりドドドドという音に足音が切り替わっていくのがわかる。
並んだ、並んだか! スペちゃんの末脚はやはり驚異的だ。バ群がいない二人だけの勝負なだけに、余計なことを考えなくてもいいからかな。いや、考えられるようになってきているんだ。成長している。
僕も成長している。
この景色を渡すわけにはいかない。
「ううううう、ああああああっ!!」
逃げ切る! 逃げ切ってやる!
「あと、少し……!」
あと100m。僕の方が数十センチは先を行っている。じわじわと、数センチ数センチ迫ってきている。
そして、ゴール。レースを鑑賞していた沖野トレーナーがストップウォッチを見て目を丸くしているのが見える。いいタイムが出せたようだ。
クールダウンとして、その場でしばらく走ってから止まる。ゴルシがやってくると言った。
「今の勝負、スズカの勝ち!」
「やった………僕だけの景色、はぁっ、はぁっ……」
疲労感が半端ないけど、誰もいない景色を見られて満足だ。もっと、見続けられたらいいのにと思う。
僕の隣で肩で息をしているスペちゃんが悔しそうに言う。
「負けちゃった……やっぱり、スズカさんは速いですね!」
「そんなことない。スペちゃんも速かった………」
お互いに健闘をたたえ合う。すごく青春してるなって感じる。なんだかむず痒いのは、こういうやり取りに慣れていないからなのか、僕の中の男の記憶のせいなのかは、わからない。
「スズカ。いいタイムだった。これなら次も1着を狙えるぞ」
沖野トレーナーがやってきてストップウォッチを見せてくる。自己新なのはうれしいけど、気を抜いてはだめだ。競バはタイムアタックじゃなくて、競争だ。一番近いのはロードレースじゃないかな。重要なのは、何番目にゴールに入るかなんだ。
「はい、ありがとうございます、トレーナー、さん……」
「よーし次はゴールドシップ! スカーレット!」
「やるわよ!」
「ええーゴルぴっぴやる気でない―………けどやってやんよしゃーねぇなぁ」
逃げが得意な(得意というより、結果的にそうなってる感じがするけど)スカーレットと、ラストでブチ抜く作戦の追い込みのゴルシの戦いか。見ものだな。
僕はスペちゃんと芝生に腰かけてスポーツドリンクを飲みながら、二人の勝負を見守ったのだった。