「雨か………」
雨の日のレースは少々難しい。まず地面の調子が悪くなる。軽く降るくらいであればむしろグリップがあがるけど、大抵は地面が柔らかくなって、バリキが出にくくなる。当然スタミナの消費量も上がる。曰く、車も同じだそうで、雨が降るとバリキの差が関係なくなってくるそうだ。
『時間です。阪神競馬場は雨が降っています。バ場は重。解説は私―――』
解説の声を聞きつつ、パドックで準備体操をする。雨のせいで体操服がぴっちり張り付いて気持ちが悪い。まさかレインコート着るわけにもいかないし、これはやむを得ない。
ちなみにウマ娘用のレインコートというものがあって、耳と、ものによっては尻尾カバーが付いてくる。ウーマーイーツとかいう配達業で稼ぐウマ娘御用達だとか。
今回の枠番は5、バ番は5だ。内枠と言えば内枠だけど微妙なところだね。まあどっちでもいいけど。先頭を行くのであれば、バ群に飲まれる心配はない。
今回のレースは、トレーナーしか来ていない。府中と関西を一回一回往復するのも大変だからね。交通費もあるし。応援がないのはちょっと寂しいけど、トレーナーいるし、不満はない。流石に一人で来た、走った、勝った。はちょっと辛いけど、もう一人がいるなら、別にいいさ。
『バ場の状態は重だ。トレーニングで何度かやってるが、力が入りにくいのに留意するんだ。カーブでずっこけるなよ、スズカ』
『大丈夫だって、任せておいて』
今日は二人なので、口調は敬語じゃない。やはり、堅苦しいのは苦手だ。
出走人数12人。多くもないし、少なくもない。だけどこれだけいれば紛れがありそうだし、僕と同じ逃げで走ってくるウマ娘もいるかもしれない。
僕はゲートに入ると、空を仰いだ。どんよりとした雲がかかっている。観客席では、お客さんたちが傘を差したり、レインコートを着て凌いでいるのが見える。
『ゲートイン、出走の準備が整いました』
僕は呼吸を深くすると、
………ここだ!
ゲートオープンと同時に走り出す。逃げらしい子が一人いたけど、その子を抜き去ることに成功する。僕は抜群のスタートを切ることができた。
「はぁっ、はぁぁぁぁぁっ!!」
飲まれると厄介だ。比較的余力のある序盤で、差をつけておく。
『一番人気サイレンススズカ、速い! 自慢の俊足で一番手に躍り出た!』
息を吸う、吐く。蹄鉄で地面を踏むというより、めり込ませてグリップを確保しながら、前に進む。ウマ娘のバリキは想像を絶する。人間用の靴を履くと、一回で裏がべろんべろんになるくらいには。だから蹄鉄が必要なんだ。
目標タイム、2分! 平均時速60km………普通だな!
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
「スズカーッ! 行けぇーっ!!」
沖野トレーナーの声が聞こえた。ウマ娘の聴力は優れている。だけどよく観客の声に混じっている声を聞きとれたなと自分でも思う。
『後方二番手とは5バ身差! どんどんと引き離していく! これは強い!』
実況のお陰で振り返らずに済んだ。そうか、じゃまだまだ速度を上げていくぞ!
僕はギアを一段階上げると、脚部の筋肉に力を込めて、全身のバネを使って推進した。
ゴールが見えてきた。なんだ、差すまでもないな。聞こえてくる蹄鉄の音からして、かなりの余力がある。僕はゴールラインを踏んだ。完全な勝利だった。腕を突き上げ、観客たちにアピールをする。
『完璧な勝利です。他のウマ娘の追随を許さなかった!』
ふっ、まあこんなもんよ。これでウィニングライブの中央は頂きだ。
「流石だなスズカ。7バ身は差があったぞ! お前は天才だ!」
沖野トレーナーは、褒め方がうまい。大仰かもしれないけど、褒めるのがうまいってのはよき指導者の素質だと思う。
「それほどでも………」
僕はライブで歌って踊った直後だった。定番曲と化してるんだけど一言。うまぴょいってなんだよ?
僕はジャージに着替えて、沖野トレーナーの隣を歩いていた。
「そうだ、トレーナー。せっかく関西まで来たから、軽く食べ歩きしていかない?」
「げっ。お前たち食うからなぁ。財布が今月厳しいのよ」
沖野トレーナーは頭を掻きつつポケットをちらっと見た。
沖野トレーナー、指導の為なら私財をいとわないタイプの人種だ。つまり理事長と同じなんだよね。そんなことやってるからお給料が無くなるんだろうけど。あと気になったウマ娘のトモを揉みにかかって、そのせいで給料減らされてる臭いのがね……やめればいいのに。そんなに触りたいなら僕のでも触っておけばいい。
「お金は僕は自分の分くらいは出すからさ、行こうよ」
「しゃーないなあ。夜前には撤収するぞ」
新幹線の時間もあるからね。
僕は、トレーナーの裾を指でつまむと、大阪の街に繰り出したのだった。
後日。
「スズカさん、トレーナーさんと二人きりだったんですよね!」
なぜか興奮した面持ちのスペちゃんにあれやこれや聞かれたけど、食べ歩きしてただけだからって答えてるのに全然信じてくれないのなんなの?
たこ焼きはすごくおいしかったです。