僕はサイレンススズカ   作:キサラギ職員

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サイレンススズカのヒミツ:門限遠出チャレンジと称して府中から海を見に行ったことがある


14、皐月賞本番

 

 G1皐月賞。中山レース場にて。このレースを見るために大勢の人たちが集まって来ていて、観客席は満員御礼だった。

 G1レースともなるとファンファーレも特別だ。ててててーんてんてんてんてんてーんみたいな………。

 

 迫力にあてられたのかセイウンスカイがなかなかゲートインせず係員に押し込まれたりというトラブルはあったけど、競技自体は無事にスタートにこぎつけた。

 僕たちは観客席でそれを見守るだけだ。

 警戒するべきはセイウンスカイ、そしてキングヘイローだろう。実力者二人組をどうかわすか。

 

『各ウマ娘ゲートイン、出走準備が整いました』

 

 出走。

 

「いけーっ!」

 

 僕は腕を振り上げて、声援を送った。あんなに練習して二位とかだったら許さないぞ。

 いいスタートを切るスペちゃん。後方でじっと耐える差しの作戦らしい。セイウンスカイは先頭を突っ走る逃げの姿勢らしい。キングヘイローは先行策かな?

 

『一番人気スペシャルウィークは後方の集団。虎視眈々と狙っています』

「弥生賞と同じような展開だな」

「てことは、坂を上がった後の直線勝負?」

「ネーネーまたあの追い込みが見られるのかなぁ?」

「差しの位置ですからね、そうなるんじゃないかなって思いますよ」

「ゴルシちゃん的にはもうちょい後ろに付けて最後で大噴火! がマンモス気持ちいい!」

 

 大外からスペちゃんがあがってきた。残り半分を通過。さらに行って600m。もうそろそろ仕掛け準備に入らないとまずいはず。

 と思いきや、僕が思ったタイミングでセイウンスカイが仕掛けた。逃げというよりかは先行策か差しに近い位置にいた彼女が、猛烈な追い上げを開始する。これは……。

 

「トレーナーさん、これマークされてましたね。逃げじゃなくて差しに近い位置にいましたよ、彼女」

「よほど前回が悔しかったんだろうな……」

 

 僕はトレーナーの胸元に顔を寄せて囁くと、沖野トレーナーが僕の耳元に声を張ってきた。聞こえないからね、歓声がうるさくて。

 心臓破りの坂に突入。前を行くキングヘイロー含む三名をセイウンスカイが追走する。

 

「そこだ、スペちゃん。仕掛けろ!」

 

 僕はまさに手に汗握っていた。

 スペちゃんが負けるかと言わんばかりに仕掛けていく。僕も脅威を覚えた急加速。差しの面目躍如である。

 

『先頭セイウンスカイ、続いてキングヘイロー、そして一番人気スペシャルウィークの勝負となりました!』

 

 が。

 

「なんで?」

「…………」

 

 僕の疑問に沖野トレーナーは目を瞑って首を振るばかりだった。無言で飴を渡してくるので、咥えてみる。調子は悪くなかったはず。なのに……。

 加速していない。いないわけじゃないんだけど、動きが遅いのだ。差が縮まっていない。疲れてはいないはずなのに………他の要因があるのだろうか。例えばセイウンスカイがものすごく速くて相対的に遅く見えているとか。

 普段はのんびり、やる気なしのセイウンスカイという子だけど、実際には違うと思う。あれは演じている空気がある。競技には真面目に打ち込む『俺全然勉強してねぇわ』系の優等生だと思う。

 

『一番人気スペシャルウィーク、三着に敗れました!』

 

 

 

「スズカさん今日は応援ありがとうございました」

「うん……残念だったね」

 

 三着。悪くはないけど、日本一のウマ娘を狙うならば、これは敗北に等しい。

 悔しいだろう、悲しいだろう、なのにスペちゃんは日暮れ後の帰り道、学園に戻ってくるまで普通に雑談して、感謝の言葉まで述べてくるのだった。

 

「今日は惜しかったなー、もうちょっとだったんだけどなー」

「………」

 

 明るく話すスペちゃん。僕は頷いてみせた。

 

「でも、また頑張ればいいですよね♪」

「………うん」

「よーし、次は勝つぞー! あっ、私忘れ物しちゃって、先に帰っててください!」

 

 急に踵を返すスペちゃん。もう読めた。忘れ物なんてしてない。行先はわかった。こっそりと後を付けると、とぼとぼと肩を落としたまま歩いて行って、学園の中庭にある『悔しい時に叫ぶ用(?)切り株』に向かって大声で泣いているのが見えた。

 

「私は、調子に乗ってたんだーッ!!」

 

 …………そうか。くじけるなよ、スペちゃん。僕はその場をこっそり立ち去ろうとした。

 

「あっ、トレーナーさん………」

「………くっそーぉぉぉ! 俺の指導不足だぁぁぁっ!!」

 

 急に物陰から沖野トレーナーが出て来て切り株に腕を付くと身の丈と悔しさをぶちまける。

 熱い男だ。だからこそ、僕たちのトレーナーにふさわしいんだ。

 

「……?」

 

 少しだけ、胸が痛んだ気がした。気のせいだろう。一瞬、あそこにいるのが自分だったらと想像しただけだ。同じように、悔しがってくれるだろうか。なんだろう、この気持ちは。

 帰ろう。帰って、いつもと同じようにスペちゃんに接してあげよう。それが慰めになると思うから。

 先に部屋に帰って原因を考えた。考えてわかったことがある。

 トレーニングはやっていた。調子も悪くない。セイウンスカイのタイムも、実際そこまで記録的に前回より速かったわけではない。スペちゃんが遅くなった。となると……。

 

「………太った?」

 

 僕は実家から送られてきたという人参の箱を見て、一人呟いたのだった。みっちり詰まっていたその中身は空になっていた。




『独占力』

スズカくんちゃん

  • 愛が重馬場
  • サワヤカレンアイ
  • 良馬場

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