僕は、部屋をくるくる回りつつ考え込む。
左回りだ。なぜか落ち着くんだよね。
「うーん、うーん」
迂闊だった。スペちゃん実家から送られてきた人参を間食代わりにボリボリ食いまくってたからなぁ。人参だけならとにかく、ご飯も朝からモリモリ昼モリモリモリ夜ドカーンって感じで盛りまくってるので、そら太るわという話である。
ちなみに、ボクシングの選手とかはkg単位で参加できる資格が決まったりするので、食事には特に気をつけているそうな。
沖野トレーナー、良くも悪くも放任主義だからなあ。お前たちの選択肢を否定はしない、俺がその道の行き方を教えてやる。そんな人なのだ。食事制限も、記録も、やってこなかったわけで。
「食事制限をかけて、運動をする。これしかないね」
結論を出す。結局それしかないのだ。アスリートたるもの多少の苦は受け入れて貰わないと。
「よーし、そこの公園で休憩!」
僕たちは走り込みをしていた。速度を落とせば、いくらマラソンできる驚異的なスタミナがあるとはいっても、疲れるものは疲れる。
僕たちは、自転車に乗った沖野トレーナーに並走される形で走っていた。顔には出さないでいるつもりではいるんだけど、やっぱり疲労感はあるなあ。
公園で止まって一休み。
「あんた、息上がってんじゃないの?」
「お前こそ汗凄いけどぉ……」
相変わらず仲がいいね、君たち。喧嘩する程仲がいいって言うのは本当だよなぁ、スカーレットとウオッカ。
「うぉ!? たい焼きだぜ、オイ!」
急に大声を出したゴルシに一同の注目が集まる。指差す先にはたい焼きの屋台があった。
タイミングが悪すぎる。スペちゃん、ステイステイ!
『ぐうううう』
「スペちゃん……」
お腹を押さえるスペちゃん。ステイ! ステイ!
「しょうがねぇなあ奢ってやるよ」
「はぁ、沖野トレーナー、そんなことだからお財布が……」
「いいんだよ、お前らの為なら痛くはない。寒くはなるけどな」
沖野トレーナーの財布に感謝を告げつつ、各々好き勝手に注文する。僕もどうすっかなぁ、飴でいいけど奢ってくれんなら一つくらいは……。
僕は人差し指をピンと立てた。
一方スペちゃんは首を振った。
「こしあん一つください」
「私は……いいです」
……なかなかやるじゃない。
ゴルシが首を振る。
「スペ、食べた方がいい。ケチトレーナーが奢ってくれるなんてめったにないんだから」
「ケチって」
ゴルシの物言いよ。ケチどころか財布ゆるゆるなんだけどなぁ、この人。パーティの料理はともかく飲み物代とか自腹だぞ。
貯金とかしてるんかなぁ。将来設計大切よ?
「皐月賞、勝負服のホック、とまらなくて……」
あの謎の音の理由が解けた。ホックが取れる音だったらしい。
ベンチに腰掛けた僕たちは、しょんぼりしているスペちゃんの話を聞いていた。
「だからかなって」
沖野トレーナーが空を仰ぎつつ言う。
「知ってたけどさー……■キロ、増えたんだろ?」
「え? へぇぇぇっ!?」
さらっと乙女の秘密を暴露し始めるのはやめてあげてよぉ!
僕? 僕は完璧ですよ。
「なっ、なんで知ってるんですかぁ!?」
「そんなのみりゃわかるだろ」
「普通はわかりません!」
赤面するスペちゃんをよそにこしあんを一口。疲れた体に糖分が染みわたる。
スペちゃんそんなに太ってるようには見えないんだけどなあ。言われてみれば顔がもっちりしたような……気がしないでもないけど。
「体重が増えるのは悪いことじゃない。速く走るための体が出来上がってきた証拠だ。強くなるには、どんどん食って筋肉量をあげたほうがいい」
放任主義だけど、見るべき点はきっちり押さえてるんだなって思う。ウマ娘の世界に体重制限は特にない。筋肉ゴリゴリにする子もいるくらいだしね。モンジューって言うウマ娘、腕の筋肉やばかったなあ。
……? 少し、記憶戻って来たのかな?
はっと我に返る。たい焼きをもう一口。
「でも!」
「納得できないって訳か」
「やれること全部やってみたいんです」
「ま、筋肉量を増やして体重を落とすこと自体は悪いことじゃない」
急に立ち上がる沖野トレーナーを目で追いかける。あ、これはだめだ。無意識なんだろうけどトモに触ろうとしている。
僕はその腕が到達する前にがしっと掴んで止めた。
「させませんよ」
「っとお! また蹴られるところだった」
スタンバイする一行に両手で壁を作ってあとずさりする沖野トレーナー。危なかったね。あとで褒めて欲しいくらいだ。
「とにかく! 痩せたいなら二つ。一つ、食事制限。一つ、運動。これしかない。お前たちも協力してやってくれ」
沖野トレーナーがぺこりと軽く頭を下げた。
「よーし野郎共錨を上げろィ! ファイトー! ファイトー!」
野郎じゃないと思うんですけど。
ゴルシ号が出航。スペちゃん先頭に走り込みを再開した。
僕はトレーナーと残っていた。
「やっぱり、太ってたかあ」
「気が付いてたか。まあ丁度いいだろ。ああやって運動しながら遊んで気分を入れ替えた方がいい。思ったよりメンタルに来てるみたいだからな……それとスズカ、お前の出場レースが決まった」
「秋の天皇賞、かな?」
「ああ、いけるか」
「やってみる」
「その前に毎日王冠に出てもらうがな。宝塚記念も狙いたいなあ」
「期待が重いね。任せてよ」
秋の天皇賞…………無事に、通過できるだろうか。悪夢が未来予知だったんだよなんて馬鹿みたいな話は持ち出さないけど、最悪はいつだって呼んでないときに来るものだ。
沖野トレーナーが僕に視線を落としつつ呟くように言った。
「海外遠征に行くのは、まだ話してないのか」
「ああ、今のスペちゃんに話したら………ショックを受けちゃいそうだから」
僕はそういうと、はいっと食べかけのたい焼きを半分に千切って、口を付けてない方を沖野トレーナーに渡したのだった。