『十戦十勝 幻のウマ娘』
「ふーむ………」
図書室。僕は本を読んでいた。速くなるには走ることも大切だけど、こういう知識を仕入れるのも必要だ。勉強は苦手だけど走ることに関してだけは得意な自信がある。不思議なのはスポーツ医学とか、そっち方面を勉強したことはあまりないはずなのにスラスラ理解できることだ。
「十戦十勝、負けを知らないまま引退………どんな作戦でも、ダート芝短距離から長距離まで一位……?? 盛りすぎじゃない? あ、事実なんだ………」
戦場を選ばず、どこでも勝利できる。これは非常に難しいことだ。かのシンボリルドルフも無敗ではなかったように。
乗っている写真には、トキノミノルという名前と共に、緑色の勝負服を着込んだウマ娘がぶっちぎりの8バ身でゴールラインを踏む様子が掲載されている。ただ顔に関しては、写真が遠くてよく見えない。
「うーん恣意的なものを感じるけど」
どの本でも顔がいまいちよくわからないのだ。もっとも、彼女が活躍した時期を考えると、もうだいぶいい大人になってるはず。顔も成長して変わっているだろう。引退したって書いてあるし、他の職業についていてもおかしくない。名前で追いかけるのも難しいだろう。ウマ娘は、人間の名前を名乗ることも許されている。そっちの名前は載っていなかった。
「一本足で走っていた?」
本によると右足が弱く、常にかばいながらの走りであったという。事実上、一本の足だけで走っていたと。
そんなことが可能なのか。庇いながら、レースで十勝上げる等尋常な技量ではない。
だが、その走り方が彼女の運命を決めてしまったらしい。左足への負担は尋常なものではなく、故障。破傷風を発症し、予後不良により、引退を余儀なくされる……。
「その走法をものにできれば…………できればなんだってんだ?」
僕の両足は健康だ。庇う必要はない。思わずつぶやいた言葉に首を傾げる。
「映像があればいいんだけどなぁ」
僕は本を小脇に抱えると、下校した。寮に向かって校門をくぐると、生徒の見送りとしてたづなさんがいるのが見えた。
「…………」
「あ、たづなさん。さようなら」
「………あっ、ええ! さようなら!」
……? 僕はたづなさんがこちらをじっと見つめてきたので、先に挨拶をした。たづなさん、どうしたんだろう。考え事かな?
寮に戻って、私用のパソコンでインターネットに接続し、映像を探してみる。有料コンテンツ。ウマッター。ニュース。アップロードされている映像を見てみると、なるほど、映像が古い。片足を庇いながら走っている部分を拡大してみてみる。
「………うーん自然だ」
とても庇っているようには見えない自然な足運びだ。真似できるようには思えないが、記憶に留めておいて無駄にはならないだろう。
僕は次に、とある単語を入力した。
ふと思い出した単語だ。
「存在しない?」
モンジュー。入力しても、ウマ娘として存在しないことが、世界中のウマ娘のデータを網羅した学園のデータベースの検索結果から分かる。確かアイルランド生まれのフランス育ちのウマ娘のはず。綴りの間違いを考え、綴りを変えて入力してみても、出てこない。
代わりに類似する出身、経歴で調べると、『ブロワイエ』というウマ娘がヒットした。ウェーブのかかった金髪の、どこの王族や軍属だというエポレット付きの勝負服を着込んだ、凛とした雰囲気のウマ娘だ。セクシーというよりも、ダンディズムさえ覚える色気がある。
「フランスの士官みたいな格好だぁ」
まるでマスケット銃が活躍していた頃の士官のような豪華な恰好である。シンボリルドルフの勝負服にも勝るとも劣らない。
「勘違いだったのかな、モンジューなんてウマ娘いないみたいだし……」
思い出したウマ娘は、鹿毛色の髪の毛をしたウマ娘だったはずだ。この齟齬はいったい……。
「まあ前の自分の本名さえ思い出せない癖になぁ……」
結局はそこに行きつく。ぽつりぽつり思い出すことがあっても、それはジグソーパズルのピースを適当に選んで手元に引き寄せているに等しい。全体像が全く見えてこないのだ。
僕はため息を吐いてパソコンを閉じると伸びをした。
「走ってこよう」
走ればもやもやも晴れることだろう。
「あっスズカさん! 戻ってたんですね!」
振り返ると、スペちゃんがいた。僕はスペちゃんにもお誘いをかけてみることにした。
「これから少し走ろうと思うんだけど、一緒にいかない?」
「いいですね! いきましょう!」
相変わらずテンションの高い子だなぁ。
こうして僕たちは外で慣らし程度に走ったのだった。明日からは、ダービーに向けた猛特訓が待っている。のんびりできるのも今日までだろうなと、わくわくしてきた。トレーニングはつらくない、むしろ楽しいからだ。
セイウンスカイあたりが聞いたらうへーとか言いそうだけどね。