僕はサイレンススズカ   作:キサラギ職員

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スズカの声で一人称僕は死ぬほど尊いと思ったのも書き始めたきっかけの一つです


21、日本ダービー

 

 観客席にて、僕達は見守ることにした。

 大観衆の中、ウマ娘達がどんどんとターフに入っていく。緊張している子も見えたけど、大多数は落ち着き払っているように見えた。

 最後に入場したのがエルちゃんだ。入場と同時にどっと歓声が上がった。

 落ち着いているように見える。みんなすごいなぁ。いまだにライブで緊張してしまう僕とは大違いだ。目標としているG1レースでも、みんなみたいに落ち着いていられるだろうか。

 

「スペが小さい……」

「?」

 

 沖野トレーナーが呟いた。確かにエルちゃんとかゴルシと比べると小さいけどそんなに小さくなくない?

 じゃなかった。双眼鏡が逆なのである。

 

「トレーナー、逆ですけど」

「緊張し過ぎでしょ」

 

 ウオッカとスカーレットに言われて、沖野トレーナーは大慌てで双眼鏡を正しい向きにした。緊張してるんだな、そりゃそうだ教え子が大一番なんだからさ。

 

「ばーか緊張なんてしてねぇよ!」

「緊張してる……」

 

 双眼鏡を握る指がプルプルしてるんだもん、緊張してるというか不安なんだろう。

 日本一のウマ娘にするという目標の為には、この戦いは避けて通れない関門だから。

 僕は会場に入る前に貰った飴を舐めつつ、スペちゃんの様子を見守った。見えないわけじゃないけど、やっぱり小さく見えちゃう。モニターと交互に見ることにするか。

 

『さあ準備は整いました日本ダービーのファンファーレです!』

 

 独特な音色が響いた。

 さあ、スペちゃん。お手並み拝見だ。

 

 各ウマ娘、ゲートイン。スムースなゲートインだった。前回なかなかゲートに入らなかったセイウンスカイも今回はするりと入った。

 僕は胸の前で手を握って出走を待った。

 

『さあ出走だ!』

 

 内からキングヘイロー、続いてセイウンスカイが飛び出していく。

 

「キングヘイローちゃん、逃げもできるんだ……へえ」

 

 作戦を変えてきたキングヘイローを見つつ、僕は唾を飲み込んだ。僕も緊張してどうするのか。

 

『一番手はなんとキングヘイロー! 戦略を変えてきました!』

 

 逃げと競り合っているキングヘイローちゃん。セイウンスカイちゃんも相当速いはずなんだけど、現状主導権を持っているのはキングヘイローちゃんに見える。

 スペちゃんは中団の少し後ろで控えている。

 

「スリップストリームに入ってますね」

 

 僕はトレーナーの胸元で声を張り上げた。いくらウマ娘の耳がいいからって、これだけ周囲がわいわいしてるとなかなか聞こえないんだもんな。

 

「ああ、特訓の成果が出てる」

 

 ホレと言わんばかりに腕を回して双眼鏡を渡してくるので、スペちゃんを観察する。スペちゃんが小さい。

 

「小さい」

「スズカ、逆だ逆」

「あっ゛」

「お前も緊張してるじゃねぇか……」

「してないよ! 真似しただけだよ!」

 

「うっひゃあ、あれヤバくね……? アタシの目には抱きしめいやいやここから先は言えないですわ」

「ちょっ、ちょっと! 血が出てらっしゃいますわ!」

「ウワー!  血が出てるぅー!」

「鼻、鼻血が……」

「あんた! こんなとこで鼻血って……ティッシュあげるから詰めときなさい!」

 

 スペちゃんの斜め後ろ、丁度死角になる場所にエルちゃんがいるのが見える。これは……あえてか? スペちゃんをマークしてタイミングを見計らって差すつもりだろうか。スペちゃんもエルちゃんも差しの位置だ。差し合戦となるか。

 

「これはキングヘイロー落ちるな。焦ってるぞ」

 

 沖野トレーナーが再び双眼鏡を取り、先頭集団を見つめて言った。

 第三コーナーを回る。セイウンスカイがどこで仕掛けるのかが見ものだ。そして、そろそろスペちゃんも仕掛け準備に入っているはずだ。

 

「セイウンスカイちゃんが仕掛けた……」

 

 セイウンスカイちゃんがここで仕掛けた。キングヘイローちゃんを抜いて、先頭に躍り出る。

 ああ、いいなぁ、先頭。僕も、こんな大きいレースで先頭に立ってみたい。

 

『スペシャルウィーク! スペシャルウィークが上がってきた! 速い!』

『残り400mを切った!』

 

 ここで坂に突入する。セイウンスカイが減速を感じられない猛スピードで駆けあがっていく。前回は、ここでスペちゃんがおいて行かれて差し返せなかった。今回は……だめだったらからし入りたい焼きを食わせてあげなくちゃいけなくなる。ゴルシに一口貰ったけどむせたよね。

 スペちゃんと、セイウンスカイの一騎打ち。坂で……スペちゃんがじりじりと追い越していく。それどころかさらに加速して並ばずにブチ抜いた。

 

『内から凄い足! やはり来た! やはり来た! エルコンドルパサーだ!!』

 

 そこへ肉薄していく赤い怪鳥ことエルちゃん。とんでもない足だ。坂で減速したセイウンスカイをあっという間にかわすとスペちゃんに並んでいく。

 

「やっぱりきたか!」

「スペちゃん! いけぇぇぇぇ!」

 

 僕は我慢できず拳を突き上げて応援した。

 

「ぐえっ!?」

「あっ、ごめん……」

「つーぅぅぅ……ナイスパンチだ……」

 

 もののついでに沖野トレーナーの顎を殴ってしまったので、謝る。いかんいかん沖野トレーナーが貧弱だったら失神させてたなこれは。

 

『強い! 強すぎるぞエルコンドルパサー!』

 

 エルちゃんがスペちゃんを抜いてどんどん先に行く。なんていう足だよ。

 

「諦めるな……そこで限界を超えろぉぉぉぉ!」

 

 沖野トレーナーの言葉がトリガーになったが如く、目を閉じていたスペちゃんが目を開けて、あろうことかどんどん先に行っているエルちゃんにロックオン、二人の壮絶なドッグファイトが始まった。

 残り50m。二人が並んで、そして………!?

 

 スペちゃんがこけて大の字になって滑っていく。エルちゃんはその場で膝をついて息を整えようとしていた。クールダウンも出来ないほどの、まさに全力疾走。

 

「限界を…………超える、か」

 

 僕は呟くと、確定板に視線を移した。

 

『写真』

 

「写真判定……?」

 

 一位のところに表示された文字を見てギャラリー含め僕たちは唸った。写真判定。よっぽど際どかったらしい。ハイスピードカメラで撮影された画像を元に、審議が行われるらしい。

 

「トレーナー、ちょっと行ってきます」

「ああ、行ってやれ」

 

 僕は柵を乗り越えてスペちゃんの元に走った。

 

「限界、超えられた?」

「はい、限界の先を……見た気がします」

「そっか、それはよかった……」

 

 スペちゃんを抱き起すと、頭を撫でてやる。

 羨ましいやつめ、なんて思いながら。

 

『おおーっ!?』

 

 歓声。見上げた先の確定板には1番、5番、同着。の文字が表示されていた。

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