僕はサイレンススズカ   作:キサラギ職員

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逃 げ 牽 制
束 縛
栄 養 補 給


22、宝塚記念に向けて

 

 スペちゃんは、あろうことかエルちゃんと同着という結果になった。写真判定でも同着にしか見えないくらい拮抗していたらしい。

 そのためか、トロフィーは二人で掲げたし、どちらが悔しい思いをするでもなかった。二人そろって一着なのだから。

 スペちゃんセンターのライブが見られて、本当に良かったと思う。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

「もっと速くいけ!」

 

 スペちゃんの本番があるなら、僕にも本番がある。僕はトレーナー指導の元で、猛烈なトレーニングを重ねていた。

 宝塚記念。芝2200m。右回り。僕の唱える2000m限界説が正しいとするならば、この宝塚記念はまさに限界への挑戦となることだろう。

 

「タイムは……スズカ、お前ならもっとやれるはずだろ」

 

 2200mを走り切った僕は、柵外にいるトレーナーから檄を飛ばされていた。

 ストップウォッチを見せつけてくるトレーナー。スポーツドリンクの入ったペットボトルを手渡してくるので、数口飲んで喉を潤す。

 

「もちろん………もっと激しく、もっと強くしてくれていいよ……」

「………そのな、言い方をな………いやなんでもない。もう一本いくぞぉ!」

 

 僕が言うと、トレーナーは気まずそうな表情をした。なんで?

 もう一本。望むところだ。目標タイムは2分10秒を切るくらいでいきたい。

 僕はスタート位置に付くと、走る準備をした。

 

「スタート!」

「しぃぃっ!!」

 

 息を吐き、蹄鉄を地面にめり込ませつつスタート。想像上のゲートをくぐって、群れを掻い潜る。G1ともなればスタートダッシュが僕よりも速い選手がいても不思議じゃない。先頭に出るには、ステップでかわす必要があるかもしれない。

 架空の群れを抜けて先頭へ。インコースに入り、体を傾斜させて遠心力を相殺しつつ、駆け抜ける。

 とにかく逃げる。逃げるのが僕の作戦なのだ。次のレースには、エアグルーヴも出る。エアグルーヴの威圧感は凄まじい。女帝などと呼ばれるだけあって、駆け引きで相手を撃沈させるタイプだ。ならば、もっと速く逃げればいい。

 

「はぁっ、はぁっ!!」

 

 もっとだ、もっと速く! 先頭集団を追い越して、もっと先へ。

 一息入れる。僕のそれは、通常ならば巡航速度に近いと言われる速度帯で行う。呼吸を整え、大きく逃げて、差す。

 阪神競バ場は、最初に坂がある。そのあとはなだらかなコースなので、最初が肝心だ。

 まだ足は残っている。

 先頭の景色は、誰にも譲らない……!

 

「うおおおおおっ!!」

 

 最後のカーブを曲がり切って、最後の直線でスパートをかける。

 ゴール!

 記録は!?

 

「……………いいタイムだ。よくやったな」

「はぁっ、はぁっ、はぁ………よかった……」

 

 沖野トレーナーがストップウォッチを見せてくる。いい記録だ。これなら……勝てる。

 僕はトレーナーからタオルを受け取ると、顔をごしごしと擦った。顔をあげると、トレーナーの顔を凝視した。

 

「沖野トレーナーさあ」

「なんだよ?」

「最近ちゃんと寝てる? クマ出てるけど」

「出てないぞ」

 

 沖野トレーナーがさっと目元を隠した。

 分かりやすすぎてふふっという笑い声が出た。

 

「嘘。出てないけどその反応だとどうせ眠気覚ましドリンク飲んで仕事してるでしょ。寝ないとだめだよ。トレーナーが倒れたら困るのは僕達なんだからさ」

「ぐ………しかしなあ」

 

 言い訳をしようとするので、その唇に人差し指を押し付けてやる。

 

「じゃあ次。今日の朝ご飯を言うように」

「………パンだよ」

「総菜パンでしょ? 正確に言わないと。お昼はどうせドリンクゼリーかなにかだ。チーム室のゴミ箱に入ってたけど、あれトレーナーのでしょ」

 

 チーム室の掃除は順番でやることになっている。僕が掃除をする時、ゴミ箱に毎度毎度ドリンクゼリーが入っている。おやつかと思ったけど、聞いて回っても誰も自分のじゃないというものだから、消去法でトレーナー確定だ。

 沖野トレーナーは気まずそうに後頭部を掻いた。

 

「細かく見てるなあ………そうだ。あれで最低限栄養は摂れる」

「で、夜はコンビニ弁当と」

「なんでわかった!?」

 

 甘いねぇ、どうせそんなことだろうことはわかるんだよ。元男の記憶があるせいか、男のズボラさはわかる。

 沖野トレーナー、髪型は凝ってるし、服装もおしゃれなんだけど忙しいからそれ以外のことは手が回ってなさそうなんだよな。食事とかいの一番に適当になるところだし。

 

「ごはんくらいなら作ってあげてもいいよ。お弁当だけど」

「お前に負担を掛けてはいられない。お前はお前のことをしろ」

「それで倒れられると僕を先頭の景色に連れて行ってくれる人がいなくなっちゃうんだけど」

「ううむ。口がうまくなったなァ」

「お嫁さんとかいるの? いないよなぁ」

「断定されるとむかつくものがあるな……ああそうだよ、独身だよ」

 

 僕はタオルを首に引っ掛けると、かすかに首を傾げるようにした。

 

「だからさ、お弁当作ってきてあげる。あ、料理はそこそこやるから安心していいよ」

 

 かくして僕のルーティンに、沖野トレーナー用のお弁当を作って届けるというものが加わったのだった。

 これで、食生活だけでも改善すればもっと元気になってくれるだろう。

 決戦の時が近いんだから、これくらいはやってみせなくちゃね。

 

 

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