「お………スズカか」
「おっ。エアグルーヴ」
寮から戻る途中、制服姿のエアグルーヴと偶然出くわした。
少し気まずいな。レース中、口走った台詞が台詞だけに気恥ずかしいというかなんというか。
「この前はみっともない姿を見せた」
「らしくないね」
「だが次は確実に差す、覚えておくことだ」
「らしくなってきた」
エアグルーヴが口元を持ち上げるので、僕も釣られて口角を上げた。笑うという行為とは本来攻撃的ななんとかかんとか。
「そういえばチームリギルは執事喫茶をやってるって聞いたけど、サボり?」
なんでも男性じゃなくて何故か女性が押し寄せてると噂に聞いた。あとウマッターで見た。会長も男装してるのかな。ちょっとだけ気になってたんだよね。リギルメンバーの男装が。
というかあの堅物のおハナさんがよく許可したなって思う。
エアグルーヴはむっつりと口をへの字に曲げた。
「今は休憩時間だ。食事を摂ってきたところだ」
「ほーん、じゃ、エアグルーヴが戻る頃に執事喫茶に行ってサービスしてもらおっかな」
「たっ、たわけが! 来るな!」
あ、結構ノリノリでやってると思ったら僕が行くのは恥ずかしいんだ。顔赤くなってるし。まあ親しい人がいたらそら恥ずかしいよなって。
僕はエアグルーヴと別れると、スペちゃんとの待ち合わせ場所に急いだのだった。
その後、スペちゃんと一緒にあちこち回った。スペちゃん食い過ぎじゃないですかね。
オグリキャップには勝てなかったけどね。どうしてドーナツを水餃子みたいな速度で啜れるんですか?
夜。日暮れ後だ。今日に限っては門限がかなり緩いので、こうして星空の下で散歩していられる。
「今日は楽しかったね」
「そうですね! すっごく楽しかったです!」
僕達は近所の土手にやってきていた。花火が見られる穴場スポットなのだ、ここは。
そろそろ言うべきだろう。というかみんなにも言うつもりなので、一番最初はスペちゃんでいたいという気持ちがある。親友だしね。沖野トレーナーは別枠です。もう伝えてある。
「実はね、スペちゃん」
「はい!」
「僕さ、海外に挑戦しようかと思ってる。秋の天皇賞の結果が良ければだけど」
「えっ………」
スペちゃんの笑顔が曇る。心が痛いけど、これは僕の選択なのだ。アスリートたるもの仲良しこよしではいられない。
「昔はよかったんだよ、ただ走れれば。草原をずーっと走っていられたらそれで……」
小さい頃は田舎に住んでいた。今でこそ制服を着ているけれど、当時は完全に男の子の服装だったので、ウマ娘のコスプレをした謎の男の子として見られていたかもしれない。
「リギルに入ってみて思ったんだけど、自由に走れなきゃ意味がないんだって思って……それで抜けた。今は、のびのびやらせてもらっててありがたいよ」
「スズカさん……」
のびのび走れること、これは僕にとって結構大切なことだ。
「最近はそれ以外も走る理由が出てきたんだけどさ」
「それは?」
「沖野トレーナー、僕が一位を取るとめっちゃいい笑顔見せてくれてさあ」
「そ、それで?」
また興奮してるよこの子。前のめりになってるし。
「別に、何かあるわけじゃないけどみんなが喜んでくれるのが嬉しいって言うか……あとはそうだなぁ………先頭の景色を見たいんだ、それが例え海外であっても」
「スズカさん一ついいですか?」
スペちゃんが目をきらめかせながら聞いてくる。僕は足を止めて、土手の斜面に腰を下ろした。スペちゃんが横に座ると、逡巡を挟んでから口を開く。
「うん?」
「沖野トレーナーのこと、好きなんですか? 好きなんです……よね?」
……………。
「………」
……………………え!?
「えっ!?」
「えっ!?」
ええ………………。
あ、やばい。顔が赤くなっていくのを感じる。そうなのか? そうなのかなぁ?
待てよ…………え?
あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??
「………」
僕はスペちゃんの純粋な瞳を見ていられなくなり目線を逸らすと、両頬に手を置いた。
熱い。ぽかぽかだぁ……。
「そ、そんなことは……」
スペちゃんが両手の拳を自分の胸の傍に持ってきた。
「でも私聞いてる限り、好きなんじゃないかなぁって思うんですよっ! お弁当作って行ったり! 笑顔が見たいって、好きじゃないとできないです!」
「うう………そうかな………そうかも。あ、でも体調崩されたら困るから作ってるのであって! 別に……好きとかそういうんじゃないよ!」
「普通は作って持って行かないと思います。好きな人にだったら、別ですけど。はーよかった。勘違いだったら私どうしようかと思ってぇ……」
「……これさ、トップシークレットにしてくれる?」
僕はぷるぷる震えながら手で作った仮面の隙間からスペちゃんを見ていた。
頼む、漏らさないでくれ。
「チームメンバーみんな気が付いてますよ、スズカさん」
「えっ!?」
「え!?」
落ち着け、落ち着け。それまじなの? そんなにわかりやすかったのかな?
ていうか、僕は精神男なのでは? これは………ホモか!?
僕は頭がパンクしそうなので、深呼吸を繰り返したのだった。
ということで。
「応援してます、スズカさん。海外遠征も、恋愛も」
「恋愛はいいよぉ………いっそ殺してぇ……」
僕は顔を再び覆って、指の隙間から目だけ出した。スペちゃんがにっこりと笑った。
「とっても素敵だと思います! 応援してますねっ!」
「うごごご」
その時、ひゅーという音が聞こえた。正面で次々と色とりどりの花火が咲き誇る。
「わーきれい!」
「そうだね……」
大きい花もあれば、小さい花もある。夜空に咲いたそれに少し遅れてドンという空気を震わせる音が聞こえてくる。
僕は手の仮面を外して、その空気と、闇を震わせる花を見つめた。
スペちゃんが弾んだ声を上げた。
「スズカさん! 私、こんな大きな花火初めてで、楽しいです!」
「………うん」
暗くてよかった。顔がリンゴ状態なの見られたら今度は熟れたトマトになっちゃうところだったよ……。
こうして僕たちのファン大感謝祭は終わったのだった。
「スズカさん、沖野トレーナーのどこが好きになったんですか?」
「勘弁してぇ………」
スペちゃんも女の子だった。恋バナは好きらしく帰り道あれこれ聞かれたりして、寮についた頃にはくたくたになったのだったとさ。