僕はサイレンススズカ   作:キサラギ職員

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過去は私の想像です
この世界ではこういう過去だったと思ってください


28、沖野トレーナー

 

 チーム室にて、沖野とスズカが昼食を摂っている。

 チーム室の机の上には、男性用の大きめの弁当箱があり、生姜焼きと野菜炒めを詰めた段と、白いご飯のセットがあった。スズカ特製のそれを、沖野は美味しそうに箸で摘まんでいる。

 一方スズカは男性用より遥かに大きい弁当を食べている。アンバランスな気がするかもしれないが、ウマ娘の代謝量はヒトのそれよりも膨大で、故に沢山食べなければならないので、人間の男性用よりも大きい弁当というのは何も珍しいことではなかったりする。なんならウマ娘用弁当箱も販売されている。そう、重箱のような。

 

「毎日毎日ありがとうな。休みの日まで作らなくていいんだぞ」

「えー、でもどうせろくなもん食べてないだろうし……」

 

 スズカがいつもよりも小さい声で言葉を絞り出す。顔は真っ赤になっており、前髪の生え際まで茹でられたかのようだった。

 自分は、この男性のことが好きである。ということを自覚してもなお平然を保てる年頃の乙女(中身は違うが)がどれだけいるだろうか。

 やれ、学園で姿を見つけるたびに笑顔で手を振ったり、胸元に顔を寄せてみたり、海を一緒に散歩したり、弁当作ってきたり、よく考えなくても好意全開のことを無自覚にしてきた自分を殺してやりたい。スズカは思った。

 今日は休養日。チームメンバーはいないが、二人は部屋にいた。海外遠征に関する打ち合わせをするためである。休養日、休日ということで別に集まる必要はないのだが、沖野はその仕事熱心さから、スズカは顔が見たくてやってきたという次第であった。

 沖野はバツが悪そうに頭を掻いた。

 

「そう言われるとなぁ………料理は面倒だし、カップ麺万歳って感じだな」

「栄養バランスとか考えないと……僕達にはあれこれ言うのに自分だけは例外ですは通らないでしょ。体調管理も仕事のうちって、よく言うし……」

「なんか今日は妙に静かだな、いつももっと小言をくどくど言ってくるもんだったけどな」

「別に、僕はいつも通りだよ」

 

 顔を直視できない。今まで正面から見据えて来ていた顔が、胸元あたりを見つめるので精一杯だった。

 恥ずかしい。今まで通り接することが難しそうだと、自己嫌悪する。

 

「今更だけど料理できるのか。走ることしか頭にねぇのかと思ってたんだが」

「当たってるけど、最低限出来ないとだめでしょ料理くらい」

「料理ができない俺への文句は受け付けないぞースズカ。しかし、こんなにうまいもん作れるなんて将来の旦那は幸せだろうなぁ」

「ぶっ!? ごほっ! ごほっ!」

「大丈夫か?」

 

 旦那。言われてご飯が変なところに入ってしまい、背中を撫でられる。

 

「あ………」

「水、飲むか?」

「ううん、その……もうちょっと撫でてて」

「変なやつだなぁ。構わないけどな」

 

 背中を撫でられていると、耳がぴょこぴょこと動き、尻尾が猛烈に揺れる。曰く、ウマ娘は外交官やネゴシエーターに向かないという。感情が耳と尻尾で明らかになってしまうからだ。

 撫でられているうちに、スズカは猫背になっていった。まるで溶けてしまっているように。

 

「撫でられるのが好きなのか」

「え? ………………」

「………」

「そ、それより! 先にご飯食べちゃおうよ」

 

 妙な沈黙があり、二人は昼食を再開した。

 食後。スズカの持ってきた水筒から温かいお茶を飲みつつ、打ち合わせを再開する。

 一通り打ち合わせが終わったころ、スズカが切り出した。

 

「言いたくなかったらいいんだけど一時期離脱してたんでしょ。なんで?」

「……どこで聞いたのやら。まァスズカにならいいか」

 

 スズカにならいいか。言われてスズカは口元を緩めた。特別扱いされること程嬉しいことはない。

 

「他言は無用だぞと言っても、調べりゃわかることだ。当時の俺はリギルみたいなやり方してたんだよ」

「へぇ、意外。今放任主義って言ってるのに」

 

 沖野はむっつり口を曲げると、飴をカラコロと鳴らした。

 スズカはごくごく自然な動きで、沖野の胸ポケットから飴を強奪すると袋を取って咥えた。

 

「おハナさんみたいなストイックなやり手なら合うんだろうな。俺には合わなかった。自分なりには努力をしたさ。感覚を掴みかけてきた頃だったかな、当時担当してた子が怪我をした。スパルタにやりすぎたんだよ、俺は」

「……」

 

 聞いたことのない話だった。今でこそ放任主義の自由人のように振る舞っているが、違う時期もあったらしい。

 

「なんとか復帰させたかったんだが、そこで俺は言っちまったのさ」

「なんて?」

 

 スズカは視線を落としたまま、飴を舐めつつ聞き返した。

 

「もう復帰は難しい、復帰できてもついていけない、中央から他に移籍することも考えるべきだってな」

 

 沖野は自嘲した。口元を皮肉げに曲げて、両手を頭の後ろにやってそっぽを向きながら述懐する。

 

「俺の言葉がトドメになってその子はレースから足を洗っちまったよ。本当は走りたかったかもしれないのにな、泣いてたよ。中央で走りたいって………」

「それで?」

「気が付いたとき、俺もメンタルがおかしくなって休職したのさ。辞めることも考えたさ」

 

 沖野ほどの人間が病んでしまうことがあるのかと、スズカの顔の赤らみが減少していく。想像することもできない。今の態度からは。

 沖野は煙草を吸う仕草をした。

 

「酒と煙草をやったね、そりゃ……浴びる程飲んで灰皿一杯になるまで煙草を吸って………ああ、でも暫く休んでるうちにわかったんだよ。俺がやるべきは“放任主義”だってね」

「放任主義?」

「そ。その子の可能性にかけて、徹底的に本人の“限界”を打ち破れるように指導することだ。俺の放任主義って言うのはそういうことなんだよ。知ってるか? 放任主義ってのは、多様な意見や個性を認めることって意味もある」

「なんか真面目な話してる沖野トレーナーはキャラが違うね」

「人が真面目に話してるんだぞースズカ」

 

 沖野は自分自身を蔑むような笑いを浮かべつつ、スズカに顔を向けなおした。

 スズカはお茶を一口飲むと、視線をようやく沖野と合わせた。

 

「仮にもし、僕が大怪我をしたらどうする?」

「復帰させる。お前が望むなら、最後まで付き合ってやる。お前に、先頭の景色を見せてやるよ」

 

 即座に言葉を返す沖野に、スズカは小さく頷いた。

 

「沖野さんがトレーナーで、本当によかった」

 

 うっとりとした表情で言って、それからさん付けで呼んでしまったことに気が付きパッと口を覆う。

 沖野がにやにやとしている。

 

「今のなし」

「恩師をさん付けで呼ぶのはいいと思うぞー」

「今のなし!!」

「痛い痛い」

 

 スズカは再び顔を真っ赤にして、けらけらと笑う沖野の体をポカポカと叩いたのだった。

 

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