僕はサイレンススズカ   作:キサラギ職員

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Eclipse first, the rest nowhere.(唯一抜きん出て並ぶ者なし)


30、毎日王冠

 

『今年の毎日王冠はG2としては異例の大観衆で溢れかえっております!』

『注目はチームスピカのサイレンススズカですね。スピカは今、絶好調ですから、チームリギルも黙ってはいられませんよ』

 

「………」

 

 僕はパドックでのお披露目を終えると、アップを始めていた。

 この戦い、負けるわけにはいかない。今度も全力を出して、徹底的に逃げ切ってやる。そう、限界を超えるのだ。そうでなければ、生まれてきた意味がないのだと言える程に。勝利する。そして、天皇賞秋を………沈黙の日曜日を、乗り越える。運命を、切り開くのだ。

 走らなければ、きっと怪我はしないだろう。回避はたやすい。未来であり過去を知ったいまとなっては、走ることを諦めるのは簡単だ。

 だけど、(わたし)が後悔することになる。走りたいと、先頭の景色を見たいと、悔やみながら死んだ。ここで実績を作らねば、海外遠征等夢のまた夢だ。

 例え命をかけてでも……僕は……。

 

『作戦は無しだ! スズカ、お前は思う通りに走れ。全てお前に任せる。仕掛ける場所も、一息つく場所も、好きにしろ!』

 

 作戦は単純明快。心の赴くままに走れと言われた。それでいい。それでいいのだ。それこそが僕の一番望んだやり方だから。

 それからもう一つ、もはや恒例行事となっている弁当渡しのときに沖野さんと少しだけ話をした。

 約束をした。指切りげんまんまでして。

 

『約束だよ』

『ああ、わかった』

 

 

『さあ、展開はわかり切っております! 注目はリギルの二人がサイレンススズカについていけるかどうか!』

『そうですね』

『10か月ぶりの復活! 無敗のジュニアチャンピョン、グラスワンダー!』

『全戦全勝、今後は世界を見据えている、エルコンドルパサー!』

『今日も華麗なる逃亡劇を見せてくれるのか! サイレンススズカ!』

 

 僕はゲートに入ると、精神を集中させるために目を閉じた。歓声が聞こえてくる。僕の走りを期待する声が。

 

「勝つよ、沖野さん。みんな」

 

 言うべき台詞はそれだけで結構だ。あとは、自分の走りをすればいい。

 唐突に、強烈な既視感を覚えた。次、実況が何を言うかが理解できた。まるで数百回は聞いているかのように。

 

『以前よりも、闘志が満ち溢れている感じですね』

 

 僕は首を振った。既視感は、当然なはずだ。これが三回目のはずだから。しかし、本当に三回目なんだろうか? もっと、この光景を何度も見ている気がする。

 闘志か。決意と言うべきだろうか。とにかく、負けてやるつもりはこれっぽっちもない。

 警戒するべきは、エルちゃん、グラスちゃん、ナイスネイチャちゃん、エイシンフラッシュちゃんだろうか。最大に警戒するべきはエルちゃんだろう。あの差し足は脅威になりうる。やることは、変わらないけれど、レースには魔物が潜むというから。

 

 僕はサイレンススズカ。

 かつては違ったかもしれないけど、今は、そうだ。記憶も融合してしまっている。

 ウマであった頃の記憶もある。サイレンススズカというウマ娘の記憶もある。

 そして、トレーナーとして生きていた男の頃の記憶も。

 領域は曖昧で、今の僕は、サイレンススズカであるとしか言えない存在になっている。

 ならば、僕は、サイレンススズカとして生きよう。それ以外、できないのだから。

 

 ゲートオープンと同時に僕は、全推力を脚部に乗せて、前傾姿勢で肉体を射出した。

 

『グラスワンダー少し出遅れたか』

 

 それはいいニュースだ。ライバルが減ったことになる。彼女はほぼ一年間実戦を経験していない。出遅れも当然のことだっただろう。

 

『先頭を走るのは当然サイレンススズカ! 続くナイスネイチャ! エイシンフラッシュがサイレンススズカをマーク! エルコンドルパサーも控えている! さあどこで仕掛けるのか!』

 

 ウマと違ってウマ娘のいいところは実況を聞いて後方の状況を把握できることにあると思う。グラスは事実上脱落したと考え、ここはエルちゃんを警戒する。

 

『5バ身差で逃げるサイレンススズカ!』

 

 リードを広げるか、広げないか。悩みどころだがここはあえて速力を抑えておく。引き離してもいいが、差しに差しのカウンターを当ててリードを維持したい。

 僕は他の誰よりも速く先頭を行きながら、僕独自のやり方である逃げて差すタイミングをうかがっていた。

 

『グラスワンダー外から盛り返してきた!』

 

 へえ、なかなかやるね。でも追いつけるかな?

 

 後方が一気に加速してくるのを感じる。ここで差しにかかってきたか―――。

 

『おーっとここでグラスワンダーが下がる! エルコンドルパサーとサイレンススズカの一騎打ちだ!』

 

「来たか!」

「ここで狩らせてもらいマース!」

 

 元気のいい返事が返ってくる。僕はちらりと後ろを窺ってみると、マスクをかぶった面白い女が肉薄してくるのが見えた。

 セーブするのは十分だ。脚部に力を改めて込めなおす。リードを利用して、他のウマ娘の巡航速度に近い速度域で一息を入れて、目を一度閉じてから開きなおした。

 

『サイレンススズカ、猛烈な加速だーッ!』

 

 逃げて、差す。追いつけるものなら、追いついてみせろ。

 僕は一息入れたことで体が再び軽くなるのを感じ取った。筋肉に鞭を入れる。

 

「絶対にかぁぁぁぁぁつ!!」

 

 

「絶対に、勝つ……? ……絶対に勝つのは僕だ!」

 

 

 負けはもう、許されない。9位に終わったあのレースのような、情けない真似は、サイレンススズカには許されない。

 僕は咆哮する怪鳥に、吠え返した。

 

「先頭の景色は、誰にも、絶対、譲らない!」

 

 逃げて、差す。僕の真骨頂。差しにかかるエルちゃんの蹄鉄の音が徐々に遠ざかっていく。僕は酷使で悲鳴を上げる筋肉をしかしさらに鞭を入れながら、ますます加速した。

 

『サイレンススズカ! 逃げて差すなんというウマ娘だ!』

 

『いけーっ!!』

 

 みんなの姿が見えた。力が溢れだしてくる。負ける気が、全くしない。たとえそれが世界に挑戦するであろう相手であっても。

 

『異次元の逃亡者、サイレンススズカ! 今、一着でゴール!!』

 

 

 まだ、まだ! まだ……?

 あれゴール過ぎてないか?

 僕はゴールラインを踏んでも速力を維持して走っていることに気が付き、ようやく足を止めた。観客席はやんややんやの大歓声。その中に、みんなが手を振っているのが見えた。

 沖野さんも、こちらを見て笑顔を浮かべている。

 

「ひゃー、噂は本当なんですかねー」

 

 ナイスネイチャのいやらしい声が聞こえた。振り返ってみると口をもにょもにょさせる変な笑いをこらえている顔があった。

 

「なんの?」

「いやーなんでもないよ。今日こそはいけると思ったんだけどなー」

「次は勝利できるようさっそくトレーニングに行きましょうか」

 

 エイシンフラッシュもいた。

 

「いや、私ウィニングライブあるから」

 

 ナイスネイチャが片手を上げる。

 ………そうだよライブあるじゃん! 僕先頭じゃないか。ライブの先頭も譲るつもりはないんだけどさ。

 僕は、観客席に向かって手を振ると、ライブの控室に向かって足を進めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 “これ”がサイレンススズカなのか? エルコンドルパサーは恐怖した。

 速過ぎた。追いかけても肉薄すらできない。

 逃げながら一息入れて、そこから差す。異次元の走りを見せるサイレンススズカに、追いすがるのが精いっぱいだった。

 負けなしだった自分が追い付けない速度を出す、相手。そのプレッシャーの強さに、思わず声を張ってしまったが、返ってきた言葉に思わず尻尾が股の間に入りかけたほどだ。

 サイレンススズカ。普段はぽけぽけとした印象のある、一人称僕のウマ娘。レース中、本性なのか、熱血な部分が顔を覗かせることもあるが、今回のレースは熱血などと言う言葉では表現できるものではなかった。

 鬼気迫る、殺気さえ覚えたのだ。追い越すべきではないと誰かに警告されたかのような。

 

「負けた……初めて……」

 

 けれど彼女は強いウマ娘だった。目からこぼれる涙をぬぐうと、談笑しているサイレンススズカを見つめる。

 

(これが世界レベル………)

 

 エルコンドルパサーは呟いた。

 

「リベンジは、天皇賞で」

 

 

 

「どう見る? エアグルーヴ」

 

 皇帝、シンボリルドルフは会長室の椅子に腰掛けて、テレビを見ていた。場面はサイレンススズカのライブに移っている。

 

「差せるかな?」

 

 シンボリルドルフから尋ねられ、傍らに控えていたエアグルーヴは力無く首を振った。

 

「また速くなっているように見えました。私の足では……追従が精一杯かと……」

「そうか。……唯一抜きん出て並ぶものなしか」

 

 シンボリルドルフは莞爾と笑った。

 

「一緒のレースに出場してみたいものだ」

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