僕は天皇賞の後、ジャパンカップに出場してアメリカ遠征に行くことを伝えた。
怪我をする可能性大であることは、伝えなかった。彼女たちからすれば、これは未来の話だ。与太話であることは間違いなく、そもそも怪我が確定しているわけではない。とはいっても、僕が三女神様にお願いした末路がこれなのだ。
「ありえなくはないよなぁ」
といいつつ、僕は鍋を突く。
沖野さんが冷や汗流しつつ声を張る。
「お前ら食いすぎだろォ!?」
「エーでも食べ放題って聞いたよ?」
「ちげぇよ!」
「女将さーん! こっちにこの特上の寿司追加でー」
「こっちは人参追加でー」
「ゴルシ、スカーレットォ……ちょっとは遠慮をだね……しようという気持ちをですねぇ」
「お、お前ら………優しいのはスズカだけか……」
喰い放題違うんかよ。僕はそれとなく、隣の席にいる沖野さんに、天ぷらの入った器を渡す。一人前ならとにかく、よりによってウマ娘で、しかもこれだけ大人数となるといくらかかってるかわからん。
僕は沖野さんに耳打ちした。
「沖野さ……トレーナー、これ経費で落ちないの?」
「落ちると思うか?」
沖野さんが肩を落としつつ言う。まあ公式のイベントならともかく独自の合宿(?)で、食べ放題とかじゃなくて普通に一品一品注文するタイプだからなあ。
えげつねェなおい。いくらかかってるのかわかんないなこれは。ウマ娘はよく食べる生き物なので、しかも旅館のお高い料理となるといくらかかるのか。
ウーム。仕送りのお金こっそり沖野さんに渡してあげようかしら。そんなに使わないので、貯金分あればそこそこ払えるとは思うけど……。
「人が良すぎるのも考えもんだなぁ」
などとぼやきつつ僕は、悪いなと思いつつも手を付けた分は食べるべきと鍋を突いたのだった。
「トレーナーさん! 私もジャパンカップに出場させてください!」
スペちゃんが切り出した。沖野さんの隣までくると土下座を敢行する。
沖野さんは頭を掻くと、天ぷらを一口食う。
「同じチームで出場するってことは、必ずどっちかが負けるってことだからやりたくないんだけどなあ」
同意見ではあるが、スペちゃんの猛烈な差しと、その根性をまた経験してみたくはないかというと、嘘になる。
「お願いします!」
「わかった、わかったから。お前は最初っからスズカのことばっかりだもんな。わかったよ。ただ、スズカが今度の天皇賞で負けたらジャパンカップはわかんないぞ。スズカ、去年は6着だからなァ」
「今のスズカが負けるわけないジャーン」
テイオーの援護射撃が入る。
負けたらね、負けたら……負けるつもりは、ない。去年は、その………。
上を見ればきりがない。勝ちではなく負けが語り継がれる“皇帝”や、生涯敗走を知らぬ“パーフェクト”と比べれば、僕はまだ遅いのだろう。
僕は鍋の残りを口に運ぶと、両手を合わせた。独身貴族と言っても金が無限に湧いて出るわけじゃないしそろそろ自重である。
「てか、それでもトレーナー?」
スカーレットが言う。一理ある。別にどっちかが一位を取れないからと言っても、F1みたいなものと考えれば別に問題はないわけで。
「あーあ。いいなぁスペ。あたしもスズカと走りたかったなー」
ゴルシが言う。ゴルシ得意のラリーカーグループBを髣髴とさせる凄まじいバリキの追い込みを実戦で経験したくないと言えば嘘になる。良バ場では勝てる。が、悪路ではゴルシの方が速いかもしれない。
「わたくしもですわ」
「スズカ先輩、対戦相手が控えてますから、すぐに帰ってきてください!」
「それじゃ、一緒のレースに出られるようもっと勝たないと~」
マックイーン、ウオッカ、テイオーがまーた勝手なことを言うので僕はひらりと肩をすかした。
「勝つけどね、僕が」
「今のスズカに勝つにはお前ら相当の特訓が必要だぞ。明日からビシバシやるから、覚えておけよな」
沖野さんが何か恨みを感じる口調で言う。
一方スペちゃんはお肉を食いまくっていた。太りそう。
『もう食べられないよー』
お前たちアニメみたいなこと言いやがってからに。食いすぎてダウンしている一行をよそに、あんまり食わなかった僕と、運転する必要のあった沖野さんは起きていた。
僕は助手席に座って、沖野さんと話していた。
「というか話す機会をくれたってこと?」
「それもあるが、こいつらの戦意も高まるからな。おハナさんに一泡吹かせるためだ」
「お給料だいぶとんでそう」
「二か月分くらいは飛んだよ。しばらくはスズカの弁当に頼る生活だ」
「…………お夕飯も作りにいこうか?」
「いや! いやそこまではいい。トレーナー寮に出入りしてるとこは見られたくないだろ?」
「うーんべつに……」
別に、なんか話広がってるみたいだし今更なんじゃねぇのかなとは思うけどなあ。
僕は目を閉じた。程よくいい疲れが眠りに誘ってくる。
意識が遠のいていった。
「まったく……俺なんかのどこがいいのかね」
頭を、撫でられた気がした。