僕はサイレンススズカ   作:キサラギ職員

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貴方の腕が声が背中がここに在って
私の乾いた地面を雨が打つ
逃げる事など出来ない 貴方は何処までも追って来るって
泣きたい位に分かるから 分かるから

鬼束ちひろ『眩暈』


35、口付け

 

 

 

「…………」

 

 目が覚めた。知らない天井が視界に入り込んでくる。音が鮮明に聞こえることから、これは耳の覆いが取られていると判断。それどころか、恐らく服も変えられているとわかる。少し顔を下にやると、うす緑色の病衣を着込んでいることがわかる。布団もかけられていた。

 

「………おきのさん」

 

 サイレンススズカはぼんやりとした頭をはっきりさせようとして、隣のパイプ椅子にうなだれるような恰好でいる人物に気が付いた。沖野が、椅子に座ってうつむいている。眠っているのだろうか、寝息を立てている。

 

「………スズカ?」

 

 沖野がぴくりと体を震わせると、顔をあげた。無精ひげが深くなっており、疲労困憊と言った風体である。サイレンススズカの嗅覚は、沖野の体臭が濃くなっていることにもすぐ気が付いた。寮に帰っていないのではないだろうか。

 

「あしが………」

 

 スズカは、自身の足がギプスに覆われて動かないことに気が付き呟いた。

 

「…………気が付いたか……粉砕骨折だそうだ。スペが間に合ったから、開放骨折にならずに済んだ」

 

 沖野が軽く伸びをすると、パイプ椅子を近寄せてすぐそばに腰かけた。

 開放骨折になろうものならば、筋肉が破壊され選手生命は断ち切られていたかもしれない。あるいは頭から転倒して、命にかかわっていたかもしれない。ウマ娘の発揮する高速で転倒すれば、死亡も十分ありえた。もっとも自分で自分をセーブし、ほとんど徒歩に近い速度にまで落ちていたが。

 

「信じてくれてありがとう」

「言っただろ? 俺は“放任主義”だって」

 

 それこそが、彼であり彼女ができなかったことであって、乗り越えるべき壁であったのだ。

 スズカは足を撫でつつ言った。

 

「怪我も治さないとね」

「そうだな。時間はかかるが………だがこれで遠征の話はパーだ。航空機のチケットもキャンセルしないと」

 

 スズカは無理矢理起き上がろうとして、それを沖野に制止される。しかしなんとか上半身を起こした。軽いめまいが走る。

 二人の顔が接近した。

 

「………」

 

 スズカがその襟首を軽く掴んで引き寄せると、唇に唇を重ね合わせた。

 頬に紅が入る。目を潤ませて、熱い吐息を漏らす。

 

「…………これが僕の今の気持ち」

 

 沖野は、スズカの頭を撫でると、目元の髪の毛を梳いてやって、頬に手をやった。それだけだ。

 

「これが俺の精一杯だ。今のところのな」

 

 沖野という人間は誠実だ。未成年相手に手を出すことは社会通念上まずいことなど知っている。精一杯、できる形で感情を示したのだ。

 スズカは手に触れて、頬をすり合わせた。目からぽろりと涙がこぼれる。

 

「ばかなひと…………」

 

「トレーナーさーん。花束買ってきて、花瓶に水入れてきました」

 

 ノック。あっという間にスペシャルウィークが入ってきた。手には花の生けられた花瓶があった。

 

「あ」

 

 今まさに、恋人同士の行為に及ぼうとするかのような場面に出くわしてしまい、スペシャルウィークの顔が頬から額まで真っ赤に染まる。花瓶を机に置くと、すすすと後退していき、扉を後ろ手で開けて出る。

 曇りガラスの向こう側に人影が見えることから、チームメンバー勢ぞろいしているらしい。

 沖野が立ち上がった。表情は焦っている。

 

「お邪魔しました~………」

「バカ! ちげぇよ!」

「違くないよ」

 

 スズカはけらけらと笑った。楽しそうに。

 

「え? なにやってんの? どこまで行ってるんだよ~スペ~」

「スズカさんの名誉のためにも言いません!!」

「鼻血が出ない……これは……枯れた!?」

「何バカなこと言ってんのよ! ここ病院なのよ! 静かにしなさい! あのトレーナーだって分別くらいついてるでしょ! ……多分!」

「エエーキスとかしたのカナー」

「テイオー! 詮索は無用ですわよ!」

「しりたくなーい?」

「そ、それは……ちょっと知りたいですけど……って何を言わせるんですの!」

「ゴルぴっぴも熱いベーゼはまだだから知りたいわーん。とにかく入ってみようズェ」

「だから静かにしなさいって言ってるでしょ!」

「あ、鼻血出てきた。俺死んでるのかと思った。え゛マジでやったの??」

 

「静かにしてもらえますか?」

『ハイ』

 

 いい加減うるさいとキレた顔をした看護師が出て来て一同は謝罪をするのであった。

 

「スズカさん痛くはないですか?」

「違和感はあるけど、痛くはないよ」

 

 結局収拾がつかなくなり、全員がどやどやと中に入ってくることになったのだった。

 スズカは『幸運のクローバーのしおり』を手に持ち、見ながら言った。

 

「治るまでには時間がかかるんだろうなあ。それに一度破壊された骨は、接着時に“くせ”がついちゃうし復帰も時間かかりそうだなぁ」

「スズカさんなら絶対に治りますよ!」

「ありがとう」

 

 スズカは諦めていなかった。それどころか、一か月二か月でどれくらい筋力量が落ちるだろうかと、筋力維持をするためのトレーニングを頭の中に浮かべていた。

 天皇賞秋は乗り越えた。次は、この体を治して………治して? アメリカに遠征に行って……行って? スペちゃんと走って……それから?

 急にビジョンが不透明になる。自分はこれから、どうすればいいのだろう。

 

「約束したもんね。一緒に走るって。沖野さん、僕、復帰するよ」

「ああ。わかってる」

「ヒューヒュー!」

「テイオー!」

 

 テイオーが茶化しにかかったので、マックイーンが口を封じる。

 

「さいごまで、面倒を見てくれる?」

「ああ。お前のトレーナーだからな」

「そっか、じゃスペちゃん。治ったらレースやろうね」

「はいっ! 私もリハビリに協力します!」

「あたしとしたことがうるっときちまったぜ」

 

 ゴルシは目元を押さえる。ゴルシに限らずみんなが、目元を潤ませていた。

 

「元気そうでほっとしたよ~!」

 

 テイオーが言うとみんなはうんうんと頷いたのだった。

もうちょっとだけ続ける?

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  • 続ける
  • 幕間そろそろ欲しい
  • 沖スズならなんでも
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