スペちゃんの様子がおかしい。スペちゃん介護士かなにか? ってレベルで僕の世話をしてくれる。というかリハビリの本買ってきて部屋で読んでるんだけどそっちの進路希望なの? 牧場とかじゃなくて?
最近、やっと松葉杖無しで歩けるようになってきた。けど、包帯付けた上でサポーターをつけていないと違和感が半端じゃない。レントゲンの結果では、骨は手術の甲斐あって正しい位置で接合していることがわかった。けどくっつきたてだし、何より靱帯の柔軟さと、筋肉量、肺活量が数か月の間にあっという間に衰えてしまっている。メイクデビュー前の子と走って負ける自信がある。
僕は、アスリートだ。そしてトレーナーでもあった。ウマでもあったし、ウマ娘でもあった。全てを思い出すことはできないけれど、自分の世話くらいは自分でできる。テーピングやリハビリの記憶もある。自分の体をケアすることくらいは、できるのだ。
「うーん、どう思う? 沖野さん」
「生来の寂しがり屋気質が出てきちゃったか……」
あまりにもスペちゃんがスズカさんスズカさんとくっついてきて、自分をおろそかにしているので、僕はそのことを相談してみた。
結局のところアスリートは自分との戦いだ。スペちゃんは日本一のウマ娘に。僕は怪我を治して、アメリカ遠征に行って結果を出すという夢がある。僕にかまけている場合ではなかろう。
「知ってると思うがスペは友達もいなくて、同世代の子もほとんどいないような田舎で育った。明るく元気に見えるが実際のところ」
「寂しがり屋さんってことかぁ……仲良くしてくれるというよりこれは、依存かな……参ったなぁ。このままだと次の宝塚記念、スペちゃん負けちゃいますね」
トレーナー室にて、僕は飴を舐めつつ、沖野さんの隣に椅子を持ってきて腰かけていた。
昼休憩時間。僕は弁当を届けに来ていた。いつもぴったりついてくるスペちゃんだけど、この弁当渡しの時間だけは遠慮してついてこない。
沖野さんはあっという間に弁当を平らげると、すぐパソコンに向かって事務作業をしていた。
「憧れてくれるのは嬉しいけど、憧れることと追いつくことは全く別の問題だよなあ」
「わかってるじゃないか。レースの世界はシビアだ。スペはスズカ、お前と一緒に走るってどういうことかイマイチわかってないのかもしれないな」
沖野さんが伸びをして天井を仰ぐ。
僕と走る。それは僕と競うということだ。どちらかが勝ち、どちらかが負ける。理解できていない可能性もあるだろう。
「俺が言ってもしょうがない。スペにはスズカ、お前の方から言ってやってくれないか。とはいえもう宝塚記念も直前だ、気の抜けたままじゃ勝てるかどうか……」
「わかったよ、僕からはスペちゃんに言っておく。だからトレーニングはいつもの三倍くらい厳しくしてあげて」
「走りに関しては手厳しいことで……じゃ頼んだぞ、スズカ」
僕はトレーナー室を出る前に、食べ終えた弁当箱を回収して、出た。
速足でカフェテリアに行くと、入り口でスペちゃんが待っていた。
「スペちゃん、話があるんだけど」
「なんですか?」
「食べながらはなそっか」
「私たちもよろしいでしょうか?」
「私もいーかな?」
僕が話していると、グラスワンダーとセイウンスカイが横合いから入ってきた。参ったな。ちょっとお叱りをしようと思ったんだけど。
「………」
グラスワンダーちゃんからの並々ならぬ圧を感じる。この子こんな子だっけ。まあいい。どうせ話すなら、話してしまえ。
僕達はランチを取ってテーブルに座った。僕は全員を観察する。スペちゃんは僕を見ている。いつも通りだ。セイちゃんは雰囲気が読めない。いつものことだけど。グラスちゃんはなんだ、このプレッシャー。スペちゃんを見ている。
「スペちゃん」
「はい! なんですかスズカさん!」
犬みたいに尻尾を振っているけど、ここは心を鬼にしよう。
僕は飲み物で定食の残りを胃袋に流し込んでから口を開いた。
「もう僕の世話をしなくていいよ、ありがとう」
「えっ」
おっ、という風にグラスとセイちゃんが表情を驚きに変える。
スペちゃんのショックを受けたような顔が心に来るけど、僕達はアスリートだ。チームメンバーであるけど、個々が最大限力を発揮することで生まれるスタンドプレーが合体することで生まれるチームプレイが必要であって、足を引っ張り合ってる場合じゃないのだ。
僕はスペちゃんのことを正面から見据えた。
「スペちゃんはさ、お母ちゃんとの夢を叶えるんでしょ。僕に構ってていいの?」
「そ、それは………」
「目を覚まして。僕は、もう自分の力で歩ける。本当に感謝してる。けど、もうこれ以上はいいよ。天国のお母ちゃん、なんていうかな?」
「スズカさん…………」
相当ショックなのか耳が垂れ下がっている。可哀そうだけど、これが現実だ。もう僕は歩ける。走ることは辛いけど、これは僕の選択なのだ。
「スズカさん……」
「や、なんかごめんね。グラスちゃん、セイちゃん、食事中にこんな重い話題でさ。でも結局、こうするべきだと思ったんだ。僕達はそうだなぁ、“友達以上仲間でライバル”なんてどう?」
「ありがとうございます。これで心置きなく戦えます」
グラスがぺこりと頭を下げてくるので、僕はいいよと手を軽く振ってみせる。
「スペちゃん。グラスちゃんがああ言ってるけどさ、負けるなよ。当日はテレビで観戦してるからさ」
「……………」
らしくなく無言になってしまっている。僕は肩を撫でてやると、空になった食器を持ってその場で立ち去った。