リカルド・ゾンタ
『全国のトゥインクルシリーズファン注目の一戦、宝塚記念がやって参りました!』
『解説の細井さん! 注目はやはり……』
『もちろん、スペシャルウィークとグラスワンダーの対決でしょう』
『実力人気ともに高い二人ですね!』
今回、宝塚記念の応援の為にスズカ以外のメンバーは関西までやってきていた。
調子が最近よろしくない、勝ったり負けたりしているスペシャルウィークと、怪我上がりのグラスワンダー。どっちが勝つのかは観客も意見が割れているところだった。他にも、泥臭く経験を積んでいるキングヘイローや、大当たりするときはするが外れる時は外れるなどと言われるマチカネフクキタルも参戦しており、予想は荒れまくっていた。
『宝塚記念と言えば、昨年のサイレンススズカの強い走りが印象に残っています』
サイレンススズカ、サイレンススズカ、話題に登るのは彼女ばかり。グラスワンダーは表面上大人しい子である。しかし内面は激情を抱えたさながら古武士のような女性であった。面白いはずがない。
スペシャルウィークと戦うために、一位になる為にトレーニングを積んできたのに、肝心のスペシャルウィークは言い方は悪いが“腑抜け”と化している。
アップを済ませ、ターフ、ゲート前に出てきたグラスワンダーは、スペシャルウィークをちらりと見遣った。ぼんやりとした表情をしている。
(スペちゃん。悪いですが、私が勝ちます―――)
『各ウマ娘ゲートイン、出走の準備が整いました』
(スズカさん……)
スペシャルウィークは上の空だった。
嫌われてしまったのだろうか。スズカの言葉が胸に突き刺さって取れない。
『もう僕の世話をしなくていいよ、ありがとう』
『天国のお母ちゃん、なんていうかな?』
(お母ちゃん、私は―――)
ゲートオープン。スペシャルウィークはここでいきなり出遅れた。
『おーっとスペシャルウィーク出遅れた!』
「いけないっ!!」
いいスタートを切ったグラスワンダーに対して、スペシャルウィークは盛大に出遅れた。
「やっぱりこうなったか」
観客席最前列で観戦していた沖野は、眉間をもみほぐした。メンタルが絶不調のままレースに臨んでも、こうなることは予想がついていたからだ。
差しの位置についたグラスワンダーのさらに後ろ、最後方に近い位置でスペシャルウィークが構えている。
グラスワンダーがちらりと背後を見ると、速力を上げた。
『おーっと、グラスワンダー、後方集団から中団にまで駆け上がっていく!』
『スペシャルウィークは後半での巻き返しに期待ですね』
「スズカさん………! お母ちゃん! ごめんなさいっ! 私っ!」
謝罪の言葉を口にして、スペシャルウィークは走りながら自分の頬を叩く奇行に出た。グラスワンダーの背後にぴたりと付け、そのスリップストリームに入り込む。しかし、かわされる。
「負けませんよ!」
グラスンワンダーが速力を上げる。怪我上がりの彼女だったが、既に完治しているらしい。差しの位置につけている。他のウマ娘の背後に付けて、機会を窺っていた。
乱気流に巻き込まれないように、スペシャルウィークは速力をあえてセーブする。
「そうだ、それでいい」
レースを見ていた沖野は言った。目が覚めたのか、精彩に欠いていたスペシャルウィークが急に生き生きと動き始める。しかし出遅れている。他のウマ娘に飲まれた状態で、差せるかは不透明だ。
『さあ最後のコーナーに突入! 誰が先に仕掛けるのか、これは、グラスワンダー! グラスワンダーが仕掛けました!』
先頭のウマ娘が焦ったのを尻目に、グラスワンダーが外側から二人纏めてごぼう抜きをする。最終直線。先を行っているのはグラスワンダーであった。一人、マチカネフクキタルもいるが、既に体力切れを起こしているのか動きは鈍い。
「行け、スペちゃん」
その様子を学園のテレビで見ていたスズカは、一言呟いた。喝は入れた。あと勝つかどうかは彼女次第だ。
(これは、勝てそうですね)
勝ちを確信したグラスワンダーであったが、勝って兜の緒を締めよの言葉を忘れない。残された体力を注ぎ込み、風を体に孕ませ、切り裂き、トップスピードまで自分自身に鞭を入れる。
『しかしこれは………おーっとスペシャルウィーク! スペシャルウィークがまくってきたぞ!』
蹄鉄が地面を噛みしめて、土を跳ね上げる。マゼンタと白の勝負服に身を包んだスペシャルウィークが、持ち味の根性でグラスワンダーに肉薄する。爆発的な加速による差し。逃げるグラスワンダーをスペシャルウィークが追走する。
インコースからグラスワンダーが、アウトコースからスペシャルウィークが、マチカネフクキタルをブチ抜く。
「ひょえーっ!? あの子たちクレイジーですぅぅ!?」
間に挟まれたマチカネフクキタルは思わず悲鳴を上げた。
スペシャルウィークは顔を歪めながらも、声を張り上げた。
「根性ッ!!」
「それが見たかったんです! スペちゃん!」
グラスワンダーが口元を肉食獣さながら攻撃的に吊り上げる。
『最終直線に入った! 最終直線、二人の一騎打ちか! グラスワンダー前に出る、スペシャルウィークも前に出る、並んだ、並んだ!』
こうなれば後は残された体力をどう使うかだ。並んでいる以上スリップストリームは使えず、直線で二人きりならば駆け引きやバ群をすり抜ける必要性もない。
『さあ来た! 並んだ! あっ、グラスワンダー前に出る! スペシャルウィーク苦しそうだ! 来た! 今ゴール! グラスワンダー一着! 怪我からの完全復活を果たしました!』
一歩及ばず、スペシャルウィークはグラスワンダーを追い抜けなかった。
「はぁっ、はぁっ、負けた………負けちゃった………お母ちゃん……」
膝と手をついて芝に向かって涙を流していたスペシャルウィークに、歩み寄ったグラスワンダーが、手を差し伸べる。
「ありがとうございました。また、次もやりましょうね」
「グラスちゃん…………」
スペシャルウィークは涙を拭うと、その手を取って立ち上がった。
「はいっ!!」