最高だ。
「よし」
僕は小さくガッツポーズをしながら病院から出てきた。先生曰く、通常通りのトレーニングをしても構わないとのことだった。これでみんなと思う存分に走ることができる。
「100%は無理かもしれないけど……」
再発が恐ろしい。一度接着した骨は癖がある。同じところが破断しやすいので、走法にはより注意が必要になってくるだろう。それこそ、かの
僕が病院を出ると、新聞を読んでいた沖野さんがいた。待ち伏せとは、なかなか………というわけでもなく、僕が病院に行く時間なんてわかっているので、その時間に病院入口にいれば会えるという寸法だ。
「よ。少し歩かないか」
土手までやってきた僕達は、横に並んで歩いていた。
「スペのやつを立ち直らせてくれてありがとうな、スズカ」
「別に、ただ張り合いがないだけだよ。あのド根性を腐らせるのはもったいな過ぎる」
彼女はよき親友だがライバルでもある。あの差し脚は脅威的だ。僕につきっきりになって、貴重な時間を無駄にされては困る。
『スズカさん! 行ってらっしゃい!』
少し街に用事のあった僕のことをスペちゃんはこう言って送り出した。前なら一緒に行きますとか荷物持ちましょうかとか、舎弟じゃないんだぞという勢いだったのにだ。やっと気が付いたのだろう。自分には目的があって、僕と並んで走ることができても、二人三脚ではないということに。
僕は沖野さんから飴を受け取ると、ビニールを取って口に入れた。
「合宿に間に合ってよかったな」
「そうだね。夏合宿かあ。体力を戻せるといいんだけど」
夏合宿が迫っている。体力的には全盛期とも言える彼女たちと、衰えた僕が走るのだ。
「限界を見られそうでワクワクしてきたなぁ」
「まっ、言うと思ったが、ストイック過ぎるのもどうかと思うがなあ。無理してまた骨折るなよ」
「大丈夫だよ。折れたら、また付き添ってくれるんでしょ?」
「折らせない。二度も折らせたらスズカの親に殺されちまう」
だろうね。二回目やったら流石の僕の両親もカンカンであろう。臨界というものを調べなくてはならないかも……。
「この合宿で、チーム全体をリギル以上の仕上がりにする」
「お、いいねぇ、言い切ったからには期待しなきゃ」
僕達は笑い合った。
寄り添いながら、夕日の中を歩いていく……。
合宿当日。
僕は言うまでもなく助手席に座って、ぼんやりと地平線を眺めていた。飴がおいしい。
「うわーウミダー!」
「私にも見せなさいよ!」
「二人とも子供か!」
テイオー、スカーレット、ウオッカ。テイオーとスカーレットが海の見える窓際を取り合っている。ウオッカ、君もほんとは見たいんだろ? やっぱ海岸線とバイクはよく合うからなあ。
ちなみに言っておくけど多分君たちが一番精神的にも年齢的にも幼いと思うぞ。ま、まあ僕も助手席がいいんだよってソワソワしてたんですけどね。
『助手席乗りたい人!』
『………』
『じゃ僕が乗るわ』
『どうぞどうぞ』
君たち本当に仲いいっすね。なんかこう謀られていた気がする。
「潮風はお肌に悪いから嫌いですわ」
「そうだなー」
「スズカさん! 海がすっごく綺麗ですね!」
マックイーン、ゴルシ、スペちゃんは後部座席に座っている。なんというウマ娘密度だ。マックイーンは車で疲れたのかむすっとしていて、ゴルシはいつもの通りルービックキューブ。スペちゃんは窓の外を見つめて目を輝かせている。
ああもう好き勝手言いやがってからに。
僕は海を見た。きらきらと煌めいていて、確かに綺麗だが。
「嫌な予感がする………」
「フォースの導きがあらんことを」
流石ゴルシだぜ、ネタに合わせてきやがる。
僕の予感というのは的中することになる。基本的に大きくて、実力のあるチーム程予算が潤沢なのだが……僕たちのチームは少人数で、リギル程ではない。正面に見えてきたクソデカホテル君に泊まれるわけがない。
「うおー! すげぇホテルー!」
「なかなかいいじゃねぇか!」
「あれって……」
「リギルの連中じゃねぇか!」
ウオッカが目を煌めかせている。ゴルシも満足げな表情である。僕達の前をでかいバスからどやどや降りてきたリギルの面々がホテルに吸い込まれていく。あの皇帝シンボリルドルフもいた。
いや予算的にこんな豪華なホテルのはずがないんだ。以前ちらっとチームの予算の書かれた紙を沖野さんのデスクで見たけど、お察しの額だったぞ。
僕は周囲を見回し、ホテルの隣に立ち尽くすボロ屋を見つけた。ああ、すごく嫌な予感がする。
「カイチョーと一緒のホテルなんだー!」
「オイお前ら、さっさといくぞ」
車のカギをかけた沖野さんが、くるりと違う方向に歩き始める。
あっ、ふーん……。
「トレーナーさん! あっちのホテルじゃないんですか!?」
「当たり前だろ。泊まれりゃいいんだよ、泊まれりゃ」
スペちゃんがホテルを指さす傍らで、沖野さんはそのボロ屋に歩き始めたのだったとさ。
「予算の問題があるから仕方ないにしてももうちょいいいとこなかったの……? 民宿とかさ……」
「リギルの練習も見たいだろ? 近いところがいいだろ。ここしかなかったの!」
沖野さんが言うので僕ははあとため息を吐き、荷物を抱えてその背中を追いかけたのだった。