夕方。人気のない土手にて。ひぐらしが鳴いている。蒸し暑い空気を、風が運んでいる。
「今なら丁度良かった」
「うん」
「なんで俺だったんだ?」
二人は夕日の当たる土手を歩きながら会話していた。
新聞紙を片手に持って飴を舐めていた沖野が急に切り出した。具体的に何が、とは言わないが、内容自体は伝わるだろう。なぜ、俺のことを好きになったのかと言いたいのだ。
「言っちゃ悪いが俺なんてもうじきおじさんって呼ばれる年齢だし、私生活適当だし、まァ面は悪かないがスズカみたいな子には合わんだろ。もっといい男の子なんて星の数程いるぞ」
「自分で言うのか……年齢とか、外見は、そこまで重要じゃないんだよね」
夕日に照らされたスズカの表情は、前髪がかかっているせいでよく見えない。実際には、真っ赤に染まっているのだが、夕日がそれを覆い隠している。
年齢と言えば、沖野とスズカでは倍くらいは離れている。世間一般で言えば、ありえなくはないが、若気の至りと言うべきか、教師を好きになってしまった生徒という一種のアンモラルなこととして受け取られてもおかしくはない。
「ウマソウルってあるでしょ」
「ああ。正直オカルトは信じたくないんだが、実際にあるって言われちゃうと信じざるを得ない」
「ウマソウルが言うんだよね。あなたのことを最後まで信じぬいてくれる人を選びなさい、って………沖野さんは、僕が例え怪我してでも止めないでって言ったら、とめないでくれた。大怪我した僕を、見捨てずに最後まで付き合ってくれた」
沖野は遠くを見据えて、歩いている。
「トレーナーとしては当たり前のことをしただけのことだ」
「そうかな? 怪我するけど止めるななんて、普通は止めるよ。あそこで止めてたら、僕はここまで沖野さんを好きにならなかったと思う。“放任主義”を嘘じゃなくて貫いたから、尊敬してるんだ」
だから、とスズカが言葉を続けた。
「今は無理でしょ。立場もあるし、未成年に手を出すなんてしたら理事長激怒だし。とっくにバレバレかもしれないけど、現場押さえられなきゃ良いわけだし。それに」
空を指さすスズカ。まだ空は明るく、星が見えるということも無いが。
「星の数ほど男の子はいるよそりゃ。でも夜空に星がいっぱいあっても、“スピカ”は一つだけしかないでしょ?」
「……………」
「答えを求めてるわけじゃないよ。言いたくても言えないこともあるだろうし。大人の沖野さんにも立場があるのも理解してる。もう、お付き合いしてる女性もいるかもしれないし。でも、僕がアメリカから帰ってきて、卒業したら、どうか」
スズカも正面を見据えたまま、ゆっくりと歩いている。
「ぼくのことを、好きと言ってください………」
スズカは聞こえるか聞こえないかの小さい声で呟いた。
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