スペちゃん視点じゃなくてスズカ視点になるので
「すっげぇ差しだったなぁ」
世界を見た。
フランス凱旋門賞戦、エルコンドルパサーVSブロワイエの戦いは、逃げに徹するエルちゃんをブロワイエが差すという形で幕を引いた。現地に行ったんじゃないよ、みんなでテレビだよ。
あれが世界か。しかし、僕ならどうだろうか。あのエルちゃんの逃げ。僕なら………。
先行する僕にぴたりとマークしてくるブロワイエ。僕は差そうとして、それを………。
「練習?」
夜中、急にジャージに着替え始めたスペちゃんを見て、僕は握力グリップをギチギチするのを止めた。なにかあったんだろうか。あったんだろうなあ。あのレースに影響されたのかもわからん。
「なんかあったん?」
「ううううっ」
練習したくてうずうずしているらしい。その場で足踏みしている。
ちなみに、あの僕を呼び捨てにした事件のあと、スペちゃんは土下座に近い謝罪をしてきた。
『スズカさんすいませんでした』
『いいよ。喝貰ったからね。感謝してるんだ』
「付き合うよ」
言うなり僕も着替えを始める。夜の空気もいいもんだしね。
最近スペちゃんが猛烈な練習をこなすようになってきた。
筋トレも走り込みも凄いのはいいんだけど、メシを食いすぎなんじゃないか。メシ食えば強くなれるのはゲームの世界であってだな、僕達アスリートはどちらかというと減量する方をメインにするべきなのではないかと思う。
「ま、いっか。面白そうだし」
ここで口を挟むと何か面白くない。その辺も失敗重ねて経験しないといけないし、もしかすると体を大きくした方が余程効くタイプかもしれない。ゴルシなんかはその典型で、あの異常とも言えるバリキと、しなやかさは、よく鍛え、よく食べ、適度に抜くからこそできることだ。悪路でもゴリゴリと推進できるのは、僕なんかとは比較にならないほどトモが鍛えあがっているからこそなのだろう。
非道と言うなかれ。実際にやってみないとわからんこともある。ダメなら修正すればいい、いいなら、その道を突き進めばいい。けどガチムチ体型のスペちゃんはなにかコレジャナイものを感じると言えば感じる。
沖野さんが言う。
「ドリームトロフィーを狙うならチーム全員で勝っていくしかない!」
僕達は校庭にて円陣を組んでいた。
ドリームトロフィーが欲しいなら結果が全てだ。つまり勝ちを重ねていき、実力を証明することだ。
「俺たちは練習量も気力も十分積み上げてきた! リギルに負けんなよ!」
『応っ!!』
「よし、まずスペは秋のレースを占う京都大賞典だ! 見事スピカメンバーとして初陣を飾って来い!」
「はいっ!」
「チームスピカいくぞー!!」
腕を突き上げる。不安だなぁ。特にスペちゃん。
いうわけで本番当日。やっぱりスペちゃん体がだいぶ大きくなった……もといまた太ってないか……? でもそれを補って筋肉量も増えたのでこれはいけるかもわからんね。
が、結果は7着と惨敗。ちなみにスペちゃんマークしてたテイエムオペラオーは3着だった。よかったね、テイエムオペラオーさん。一応ライブで踊れるぞ。
じゃないよスペちゃん君筋肉量を増やす方向性じゃなくて体重を維持する方向性の方が合ってるってことじゃないか。大食いをなんとかさせるしかないのかなぁ。食事に関しても沖野さん、基本放任主義なので、ここは僕が一肌脱ぐしかないのかなぁ。
でも食うのが好きな人にいきなり制限をかけるとストレスでまた食ったりするので、これは手出しをしない方がいいのかもしれんね。と、僕のトレーナーとしての記憶が言っている。
僕達がターフで準備体操をしていると、トランクを持ったエルちゃんがやってきた。今帰ってきたばかりなのか。
「スペちゃん! スーペちゃん!」
「エルちゃん!」
「ただいま戻って参りましたー!」
「それより京都大賞典テレビで見てました」
それ触れないであげて。黒歴史化してるからさ……。
「7着でも気を落とさないでネ!」
………しばらく会わない間に、こう、フランスみを感じるようになったな、エルちゃん。ブリテンみも感じるけど、まあ同じようなもんだろ。
「調子の悪い日は誰だってありマース! ダメな時はダメですねぇ! あれ? 前より大きくなって……」
これもしかして自虐なのかな。結構堪えてそうだなぁ。世界に挑戦して負けちゃいましただもんなぁ。
大きく。そうっすね、体重計の針がすごいことになるからね、今の彼女。
「エル、スペちゃんをめった刺しにするのは止めなさい!」
グラスちゃんが割って入る。もうズタボロっすよ彼女。
「失礼しましたー」
「日本に帰って来たって実感が沸いてきましたー!」
グラスちゃんがエルちゃんを引っ張って行ってしまう。うーむグラスちゃん言動は大人しいけど内面激しい子だよなぁ。
「スペ、終わったことを考えていても仕方ないぞ」
沖野さんが言う。せやね。
「次は秋の天皇賞、その先はジャパンカップも照準に入れてるんだ」
「天皇賞秋かァ………」
僕はおもわずぼやいた。僕の運命とも言えるレースだった。骨を粉砕骨折し、危うく選手生命を失うところだったレース。スペちゃんが出場してもそうなるとは限らないが、僕にとっては一種の宿命的、運命的なレースだけに反応せざるを得ない。
「トレーナー今日はどんなメニュー?」
「休養だ!」
『えっ!?』
テイオーが質問をすると、一同が困惑する。
休養てお前。いやでも、休むことって実は大切だ。トレーニングすりゃあいいってもんじゃない。筋肉だって超回復と言って休養を挟むことによって肥大化できるのだ。ずっとトレーニングしっぱなしはオーバーワークと言って逆効果になることがある。
沖野さんが飴でスペの方を指しながら言った。
「スペ、特にお前、隠れて練習してないか? 正月も帰ってないんだろ? たまには実家に顔を出してやれ」
ということで僕達は、しばらくの間休養することになったのだった――――。
「沖野さん」
「スズカ、走るの暫く禁止な」
「ええええええええええっ!?」
そんな殺生な……。