僕はサイレンススズカ   作:キサラギ職員

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デジたん「」


48、何度負けても

 

 天皇賞秋。僕は、スペちゃんのレースは見に行かなかった。やることがあるのだ。観戦しても、僕の実力はほとんど変わらないだろう。それよりも、練習しておいた方がいい。非情かもしれないが、僕達は仲間でライバル。最終的には戦う定めならば、馴れ合いはよろしいことではない。

 

「………」

 

 みんな行ってしまったので、学園はがらんとしている。残っているのは興味が無かったり事情があるウマ娘くらいだろう。けど天皇賞秋である。事情ない限り見に行くのが普通で、僕みたいに居残ってるのは少数派である。

 だからこれはイメージトレーニングだ。並走しないで一人で走るということは、ようはタイムアタックに近い。

 

「ふっ!」

 

 走り始める。隣にイメージするのは、他ならない自分自身。四本足の、緑のメンコを嵌めた、馬。騎乗している男性と目が合った気がした。

 タイムを計ってくれる人もいないので、何秒なのかもわからない。精々感覚的に測る程度だ。

 

「はっ、はっ、はっ!!」

 

 ギャロップするウマの隣で僕も、全力で足を回す。

 

 ぼくに、おいつけるかな?

 

 ああ、追いついてみせる。君の方こそ、僕に追いつけるかな?

 

 敵は自分自身。いつだってそうだ。逃げというポジションは、先頭さえとれば、あとは自分自身との戦いだ。

 

「行くぞっ!」

 

 相手の方が、速い。男性が馬体に鞭を入れるのが見える。

 僕も、鞭を入れて走り抜ける。自分自身の体に鞭を打って、とにかく駆け上がっていく。

 

「あああああああっ!!」

 

 左足への負荷を軽減する、トキノミノル走法を使う。独特な足運びになる。姿勢の乱れを、腕と筋肉で補正しつつ、前に出ていく。横に並んだ。また、ちらりと男性と目が合った気がする。

 前へ、前へ。そうだ、前に進むんだ。

 僕はついに馬を追い越した。インコースに入って、相手に背中を見せつける。相手が僕のスリップストリームに入る。有利なのは、相手の方かもしれない。

 

「はぁぁっ、はぁっ、はっ、はぁっ、はっ!」

 

 何かを喋っている余裕などない。第四コーナーを曲がって直線に入る。ここで横に、馬が並んだ。口から唾液を吹き、ギラギラと目を血走らせている。

 僕も似たようなものだろう。肺に酸素を送るために口から唾液を吹きつつ、目を大きく開いて前を向いているものだから。ここからだ。僕が差すタイミングで、馬も加速する。差し合い。歩調を変えて、一歩一歩の距離を延ばす。ストライド走法。

 僕が先に出る。相手が先に出る。競り合う。

 どちらも、(ぼく)だ。足の速さは同じと思っていい。違うとすれば、指示を出しているヒトが違うことだろうか。僕は、その男の人に、勝てるだろうか。だろうかじゃない、勝つんだ。いつだって自分自身との勝負なんだ。

 勝つ。絶対に勝つ。今頃スペちゃんも勝っている。ここでもし負けたら承知しないぞ。今度からちゃん付け抜いてやる。

 

「     」

 

 例えるならばヒヒーンだろうか。独特な鳴き声が聞こえる。

 

「先頭の景色は譲らない!」

 

 僕も叫び返す。そうだ、そういっているのだ、その存在は。

 

 決着はついた。僕が先にゴールラインを踏みしめ、後から馬が追い付いてきた。

 

 

 ぼくよりも、はやいんだね。

 

 次はわからないけどね。

 

 そっか、つぎは、かつよ。

 

 それはどうかな。

 

 つぎの、れーす、かってね。

 

 うん、勝つよ。

 

 ぼくは、もう、はしれないから。

 いまのせてるひと、ぼくがしんじゃったから、のれないんだ。

 ずっと、ないてたんだ。

 ぼくが、しんじゃうから。

 

 うん。

 

 まけないで。

 ぼくよりも、さきにいって。

 

 うん。

 

 

 それっきり、馬は見えなくなってしまった。体力を使い切った僕は、その場にごろんと寝転がって青空を見上げた。雲高く、気温は程よく、空気は澄み切っていた。

 少し休んでいると、体力が戻ってきた。

 それから僕はしばらく走り続けた。気の向くまで、誰も見ていないだろうに、バカみたいに走った。

 夕方になって、やっと走るのをやめた。寮に戻る。

 シャワーを浴び汗を流して、一人寂しく食事を摂る。食堂はがらんとしていた。みんな帰ってくるのは夜とかになるだろうし。外で食べてくるのかな。一人で食事は、どれだけぶりだろう。いつもはスペちゃんと一緒だったから。それから、パジャマに着替えてしまうと、ごろんとベッドに寝転がってスマホで動画を探す。

 

『スペシャルウィーク! スペシャルウィーク先頭だ!』

 

 スペちゃんが絶叫を上げながらゴールラインを踏む。誰よりも速い、先頭の景色。一着だ。

 

『スペシャルウィーク堂々の一着!』

 

『スペシャルウィーク、新たなレコードを樹立!! 見事な復活を遂げました!』

 

 僕はスマホの動画を閉じると、しばらく目を閉じてベッドに寝転がっていた。

 スペちゃんは結果を出したぞ。お前はどうだ? 次はお前の番だ、サイレンススズカ。誰よりも意地っ張りで、先頭の景色に拘ってここまでやってきたお前の番だ。

 

「行こう」

 

 僕は眠ろうと思ったけど、眠れないことに気が付いた。パジャマを脱ぎ捨てると、ジャージに着替える。

 夕方過ぎ、夜の前の涼し気な空気の中に足を踏み出す。皆が帰ってくるのは、何時くらいだろうか。

 火照った体を冷ます意味でも、僕は、学園の周囲を一人で走り始めたのだった。




バズーカみたいなサイズのカメラ担いで天皇賞秋を堪能してるデジたんが見える見える
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