僕はサイレンススズカ   作:キサラギ職員

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52、おかえりなさい!

 

 一歩目から僕は、手を抜くつもりはなかった。

 

『こっ、これは……!?』

 

 僕はいきなり先頭に躍り出た。

 全く、負ける気がしない。僕に夢はない。だが、夢を背負うことはできる。

 僕にやりたいことはない。けど、誰かのやりたかったことを背負うことはできる。

 

 ここで止まることは許されない。

 

 コーナーを曲がる。体を倒して遠心力に対抗しつつ、けれど足元の回転数は落とさない。コーナリングの練習も欠かさずにしてきたのだ、今更戸惑うことなどありはしない。

 

『サイレンススズカ、凄まじい気迫だ! 早くも先頭に出ている! 細江さんこれは……?』

『彼女が帰って来たということですね!』

 

「させるかぁっ!!」

 

 サンバイザーが後方、先行の位置で僕をマークしているのがわかった。僕の後ろに付けて、最後で差すつもりでいるのか。風よけにもしたいのだろう。できれば、だけど。

 ついて―――こられるかな? 異次元の逃亡者(サイレンススズカ)に。

 

 地面に蹄鉄をめり込ませ、さらに頭を下げる。一息入れる。数を数える。息を吐く。

 目を閉じる。ちらりと、脳裏に女性の姿が見えた気がした。その女性は微笑んでいた。

 長い栗色の髪の毛を腰まで流した、妙齢の女性。目は緑色で、緑のイヤーネットを付けている。サイレンススズカの未来の姿。あるいは、僕の知る彼女の、姿。その指には銀色のエンゲージリングが嵌っている。

 目を開ける。ズドン、と脚部が大地に突き刺さっているのではないかという脚力を込めて、肉体を推進させる。

 

『来た! 逃げて差す、異次元の逃亡者の面目躍如だ!』

 

 僕は再度加速した。逃げて差す。これが僕のレースだ。後続に影も踏ませないとまで言われた、大逃げの走り方。最初からトップスピードを出し、その速度のまま緩まずに最後まで走りぬく。これが僕だ。

 

『5バ身、6バ身、後続との差がどんどんと開いていきます!!』

 

 なんだ、まだ離せるじゃないか。第4コーナーへと入った。各ウマ娘一斉に加速をかけてくるのが肌感覚としてわかった。

 ついてこれるかな? この僕に。

 僕は全ての体力を燃料としてくべて、体というエンジンにアクセルをかけた。風を切り裂き、疾駆する。鞭を入れて、襲歩(ギャロップ)する。

 

『10バ身、もはや独走状態! 一人タイムアタック状態だ!』

 

 最高だ。最高に気持ちがいい。

 見てるか? スズカ。これが、お前の見たかった先頭の景色だ。

 そして僕は、後続を大きく引き離したまま―――――。

 

『サイレンススズカ、先頭で今ゴールッ!!』

 

 

 

 

 

『奇跡の大復活を遂げましたサイレンススズカ! 最初から“影も踏ませない”圧倒的な勝利でした!!』

『完全復活ですね! 感動しました! 本当に素晴らしい復活劇です』

 

 実況さんが泣いている。観客も泣いている。

 

「あっ」

 

 そして、僕も泣いていた。涙が頬に伝う。泣きながら僕は笑って、みんなに手を振った。観客に、チームのみんなに。

 花吹雪が降り注ぐ中、僕は天を仰いだ。

 神様、ありがとうございました。これからも僕は、走ります。走り続けます。

 

 

 

 

 地下通路に戻る。そこでばったり、あるいは待ち伏せていたのかサンバイザーちゃんがいた。まず間違いなく僕を待っていたんだろう。

 

「おめでとうは言わないわ。次は私が勝つんだから」

「そいつはどうかな?」

「むかつく女ね。でも、それでこそサイレンススズカ」

 

 サンバイザーちゃんは、サンバイザーを目線まで帽子のように下げると、くるりと踵を返して歩いていく。

 

「いつかまた……一緒に走ってください」

「ふふふっ………いいよ。いつでも。スピカの練習中においで。走ってあげるから。レースで走りたいなら、頑張って上がってきて」

「………ふんだ!」

 

 サンバイザーの声は後半で震えていた。悔しいのだろう。泣いているのだろう。でも慰めの言葉など掛けない。それは侮辱だ。

 サンバイザーちゃんの先、地下通路に制服姿のスピカのみんなと、リギルのみんなが待っていた。

 僕は手を振って、みんなの元に歩き始めた。

 みんなが笑っている。僕も笑った。

 

『おかえりなさい!』

「ただいま!」

 

 

 

「まさか一着とはな」

 

 僕は沖野さんと並んで歩いていた。記者会見の後のことだ。根堀穴掘り聞かれて正直うんざりしていた。

 

「沖野さん」

「ああ」

「泣いたって本当?」

「はっ? な、泣いてねぇよ!」

 

 泣いたんだろうなあ。目赤くなってるし。相変わらず、嘘がへたくそな人だ。

 僕は自分の目元を擦った。僕も泣いたので、目は充血していることだろう。

 

「大丈夫だよ僕だって泣いたんだからさ。泣いてくれて、ありがとうございました」

 

 あえて、敬語を使ってみせる。そして、頭を下げる。

 心からの感謝を込めて。

 

「これからも、“さいご”まで、よろしくお願いします」

 

 僕が顔を上げると、沖野さんは涙をこぼしていた。

 僕は思わず笑ってしまった。

 

「ほら、泣いてる」




もうちょっとだけ続くんじゃ
多分今日で完結させられると思います
やりたかったことはほとんど書けました。あとはエンディングに向かっていくこと、アフターをちらっとだけ書いて終わりになるかと思います。
少し早いですが今まで応援してくださってありがとうございました。
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