レース開始と同時に出遅れたスペちゃんは、なんとか頑張って先頭集団に追いついていた。なかなかスタミナあるな。外枠で出遅れて先頭に追い付くっていい加速だ。
「おっやるなぁあいつ」
「うおー汚い……」
芦毛に眼帯のウマ娘にがっちりマークされてるのが見える。徹底マークと言うべきか、しかしそれにしても物理的に土飛ばして顔面狙うのはまずいでしょ。いや僕も知らないうちにやってるかもしれないけど、狙ってやることはない。
「タックルしてるし……サッカーかな?」
なんて言うと怒られそうだけどタックルはまずいような気がしないでもないけどレースではよくあることである。バ群に飲まれると意図せずタックルになってしまう接触も十分ありうる。僕はタックルとかはないんだけどね、先頭なんで。
第三コーナー通過。残りは600mしかない。仕掛けるには少々早いが、どうなることか。
順位は変わらず。
スペちゃんは様子を窺っているように見える。だけどいつまでも様子見というわけにはいかない。
僕は飴を口から離すと、隣のトレーナーの胸元あたりに顔を寄せて声を届けようとした。こうでもしないと声援が邪魔で聞こえないからね。
「おまっ……」
……? なぜかウオッカが顔を赤らめてるけど、どうしたの? お手洗い? 飴? あげないよ?
え、なんでゴルシ、ウオッカの耳に囁いてんの? 頷いてるけど意味がわかんないよ。
「えぇ……でも………」
「やっぱ………」
観客の声が邪魔でよく聞こえない。何を喋ってんだろ。
僕は声を大きめに張った。
「これは差すつもりですかね、トレーナー」
「結果的にそうなったってことかね。さあここからだ。どうする、スペ」
僕が尋ねるとうむと返事が来る。残り400m。第四コーナー回って、現在先頭から五番目だ。
眼帯子(クイーンベレー?とかいう名前らしいが)がここで仕掛ける。実況も興奮した様子でマイクに叫んでいる。
「来た!」
次の瞬間、がら空きになった外側からスペちゃんが急激な加速を見せつけた。やはり差しだ。三人まとめてごぼう抜き。驚異的な末脚だ。競バの醍醐味はこことも言える。瀬戸際、一瞬の駆け引きがたまらない。
眼帯子の二回目の進路変更を装ったタックルも華麗にかわしてゴールイン。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
観客席は大喜び。ぺこりと一礼して、クールダウンとして走り始める。
僕はツーピースでスペちゃんを迎え入れた。
で、どうなったかって言うと全く練習してなかったので棒立ちのウィニングライブに突入ってわけよ。
共感性羞恥が作動してみてられなかったけどね。せめてこう、踊る素振りくらいはって思うけど、何はともあれ。
「ヤベっ、ウィニングステージの練習マジで全然やってなかった!」
「沖野トレーナー」
「ハイ」
「飴」
「ハハーッ!」
ああ、見てられない。僕は沖野トレーナーの綺麗な45度お辞儀を受けつつ、顔を覆ってウィニングライブが通り過ぎるのを待ったのだった。スペちゃん。歌も練習してないからなぁ。センター棒立ちは前代未聞じゃないのか。生徒会長が怒るのが見えるようだ。
「…………すずかしゃぁぁぁん!」
「スペちゃん……」
ウィニングライブの服装で戻ってきたスペちゃんはガチ泣きしていた。鼻水くらいは拭こう!
僕はハンカチで涙を拭ってやると、ぽんぽんと肩を撫でた。
スペちゃん迫真の号泣+羞恥心にさすがの僕も苦笑いである。
「お母ちゃんダンスの練習はしてなかったよぉぉぉぉ! 恥ずかしいいいい!」
「そ、そうね、棒立ちはね」
「穴があったら入りたいいいいい!」
「スペ先輩練習まったくやってなかったってマジすか?」
「えっひゃっひゃっひゃっおもしれぇやつ! ブレイクダンスとか教えてやろーか?」
「ちょっと! トレーナー! っていないし。どこ行ったのかしら」
慰め会の開催である。ちなみに沖野トレーナー、ふと気が付くといなくなっていた。まあいろいろ忙しいからねって思ったけど絶対逃げやがったなアイツ。
まあかくいう僕もダンスはその……得意じゃないというか。歌は比較的できるんだけどね。
そんなことより走りたい派なので。会長が聞いたら怒りそうだけどそんなことより走っていたいので、ライブはそこまで好きというわけじゃない。あの高揚感は確かに魅力的ではあるけれど。
朝食。カフェテリアに行ってみるとテレビがついていて。スペちゃんも映ってた。
「棒立ちだぁ……」
「………」
朝からどんぶり飯のスペちゃんと一緒に朝食を摂っていたところ、がっつり周囲から見られましたよね、そりゃあ。棒立ちライブなんて聞いたことないし………。
あ、そこ何度も強調するんですね。テレビのやることはなかなかエグイ。と思ったら雑誌なんかにもめっちゃ取り上げられていたって言う。これは会長室呼び出し不可避だな。頑張ってね、君は強い子だ。
「うう………」
なんか生まれたての子牛みたいに震えてるけど大丈夫かな……?
こうして、僕の友達になったスペちゃんのデビュー戦が終わったのだった。