校庭にて、僕たちは練習をしていた。
「いっちにーさんしー」
次のスペちゃんの目標の弥生賞は2000mの芝コース。右回りだ。ちなみに僕が得意とするのはマイルから中距離、左回りなので、まあ適性かなと思う範囲には入っている。というか天皇賞狙ってるなら2000mくらいは余裕で走れるスタミナをつけたい。
一方でスペちゃんはどうかな。まだそこまで走ってないからわからないけど、中距離から長距離の脚質って感じがする。少なくともスプリンターではないことは確かだ。
さて、皐月賞への登竜門としての弥生賞は実は理にかなっている。距離や条件が一緒なんだよね。つまり弥生賞でいい結果を出せれば、皐月賞でもいい結果が期待できるということ。
「いっちにーさんしー」
スペちゃん、うまくやれるといいけどなぁ。キングヘイローちゃんとかセイウンスカイちゃんとか、中距離路線のライバルって結構多いというか、競バのレースってかなりの部分が中距離なので、競争相手が多いんだよね。一番短すぎず、長すぎず、ドラマが生まれやすいというのはあるんだろうけど。
「いっちにーさんしー」
スタミナをつけるにはどうするのか。結局負荷をかけて……。
あっ。
「おおいスズカ私達置いてきぼりにすんなよなー!」
ゴルシの声で振り返ると、いつの間にか速度がマラソンどころじゃなくなっていたらしい。メンバー全員置いてきぼりになっていた。
いかんいかん。考え事しながら走ると、つい速度超過になってしまう。
僕が減速かけていると、とぼとぼと部室もといチーム室からスペちゃんが出てきた。駆け足で僕の後ろに付ける。
「スズカさん!」
「何を話していたんですか?」
「トレーナーと次の皐月賞について話してたんです! 根性勝負になるからって、もっと鍛えないといけないみたいです!」
「そう、じゃあ少し走りましょうか。みんな、ペースあげますよー!」
後ろに声を掛けつつ、マラソンの速度から本格的な競バの速度に上げていく。マラソンの速度なら何十kmでもいけるんだけどね、根性付けるんなら速度上げないと。
このいまだに丁寧語を使うのはタメ口でいいのかの判断が付かない。同性の、つまり女性の、しかも同年代と喋った経験というのが記憶の中で浮かんでこないあたり、なんとなく自己像というのが浮かび上がってくる。
「いっちにーさんしー」
「ごーろくしちはーち」
なんとかかんとかイズさのばびーっち! とか言い始めるとゴルシが反応してきそうなので普通に数を数えるだけにしておく。
隣に並んだスペちゃんが後を続けてくれるので、また最初から数を数えながら、走る。沖野トレーナーが出てきたので手を振ってみると、振り返してきた。
なんか後ろで雑談してるのが聞こえるけど、こそこそ声なのでよく聞こえない。
「じゃあ次ウオッカ先頭でどんどん回していけー!」
遠くから沖野トレーナーが指示を出してくる。
ウオッカの背後につけて、質問を投げかけてみる。
「ねえ、沖野トレーナーって一時期離脱してたって本当?」
「スズカ先輩、その話をどこで………本当すよ。なんか一時期抜けてたみたいで。詳しくは教えてくれないすけど」
噂に聞いたことがあるので、僕より長く在籍しているウオッカに話を振ってみたところ、事実とわかった。なお現在人類の最高速度よりも速い速度で巡行している模様。やっぱウマ娘っておかしいわ。
「そうなの………もっと仲良くなれば教えてくれるかな……?」
ウオッカがすすすと後ろに下がっていくとなにやらこそこそ話している。
『え、これ無自覚なの?』
『ちょっと! スズカさんに聞こえるじゃない!』
『驚きモモノキだぜ~? 無自覚って怖いよなぁ』
いや別に知りたいだけなんですけど、そこんとこ勘違いしないでください。ていうか聞こえてるんだよなぁ。
「なんの話してるんでしょうスズカさん」
「トレーナーについてもっと知りたいなって言う話なんだけど、そんなにおかしいかなぁ」
なんで君までちょっと顔赤くしてんの?
こう、色々謎が多い男じゃん。タバコなんでやめたんですかとか。離脱の理由はとか。プライベートなにしてるんですかとか。その髪型なんなんですかとか。僕がおかしいだけなのかな。
などと言いつつその日のトレーニングは走り込みからの、坂道トレーニングになった。あらかじめ設けられた傾斜を登っていくわけだが、これに関してはゴルシが一番速かった。バリキが違うんだろうな。あの太くたくましい足から発揮される出力は侮れない。
「次! スペ!」
「お願いしますっ!!」
僕がひいひい言いながら登った坂を、スペちゃんが登っていく。根性に関してはあるよ、この子。あとは経験を積むだけだと思う。
僕もあれくらい根性付けないとな。坂道でひいひい言ってるようじゃ、先頭の景色がどうとか言ってられないよ。
「トレーナー! 次、僕お願いします!」
「よし、スズカ。よーいドン!」
僕はトレーナーに頭を下げると、坂道に向かって真っすぐ走り始めたのだった。根性!!
こうして僕たちは、弥生賞当日を迎えたのだった。
誰が先輩で誰が後輩かよく頭からすっぽ抜ける