【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■1.シュペルエタンダール

 小雨降りしきる1998年1月の早朝、東敬一大佐は広大な畑作地帯のど真ん中を駆けていた。凍えるような寒さ、濡れる作業服、雨粒の付着する眼鏡を一顧だにせず、一定のリズムで走る。出身の三浦とは違う空気が、彼の肺を満たしていく。

 

 左手、堤防の向こう側に広がるのは八代海。

 八代海の向こうには、天草諸島。

 天草諸島の向こうには、東シナ海。

 そして東シナ海の向こうには、中国大陸が横たわっている。

 風雲は、急を告げている。

 同期・友人・知人・かつての部下は死地――朝鮮半島に赴いていた。

 

(にもかかわらず)

 

 と、東敬一は無意識の内に唇を噛んでいた。

 

 昨日は自身の庭である日本帝国本土防衛軍・八代基地に、新たな戦術歩行戦闘機が配備された。しかしながらそれは、現在急ピッチで生産と配備が行われている94式戦術歩行戦闘機ではない。日本帝国製の戦術歩行戦闘機でさえ、なかった。

 

「シュペルエタンダールか」

 

 と納入に立ち会った誰かが、落胆まじりのつぶやきを漏らしたのを覚えている。

 

 シュペルエタンダール。

 F-5フリーダムファイターを改修したフランス製戦術機。

 準第2世代戦術機ミラージュⅢの兄弟といえば聞こえはいいが、所詮は低コストの軽戦術機にすぎない。日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊に配備されている定数108機の戦術機のほとんどは、関東からお払い箱となった試作機や、何も考えていない国防省か財務省が買い漁った外国軍の中古機ばかり――9()2()連隊とはよく言ったものだ。

 

「シュペ、シュペル――なんち!?」

「シュペルエタンダール」

「シュペル……っち」

「言えてねーじゃん、ばか」

「ばかとはなんちー。今度言ったらくらす(殴る)けんね」

 

 市立テニスコートに設けられた整備テントに横たわる戦術機に群がっているのは、第92戦術機甲連隊・整備補給隊の整備兵たち。

 シュペルエタンダールは、77式戦術歩行戦闘機――F-4Jに比較すると小柄にみえた。しかしながらそれはF-4Jと比較すれば、の話であって生身の人間からすれば、頼りがいのありそうな鋼鉄の巨躯にほかならない。

 起立させてみれば、頭頂部の巨大なセンサーマストが周囲の目を惹く。シュペルエタンダールは、フランス・ダッスオー社製戦術機ミラージュⅢと同様に、原型のF-5から情報通信機能が強化されている。レーダーも同様で、光線級の照射によって生じるレーザークラウドが速やかに捕捉できるように改良していた。

 

「F-4Jよりもいいかもしれないな」

「でもフランス製だろ。日米戦術機とはだいぶ違うんじゃないか」

 

 と、いつの間にか整備兵の中に紛れていた数名の衛士が口々に言う。

 それに九州出身の村中弘軍曹が「なんのなんの、あっしゃん」と突っ込んだ。

 確かに素のシュペルエタンダールは、欧州連合軍・フランス軍に適合したアビオニクスを搭載しているし、各部の部品も欧州製である。特にシュペルエタンダールは、フランス海軍航空母艦用の艦上機として開発された機体で、本来なら輸出など一切考えていないから当然だ。

 

 しかしながら、関東から流れてきたこの1個中隊強のシュペルエタンダールは、中身がすべて日本帝国の衛士に適合するように改装されていた。

 加えていくらフランス製でござい、といっても欧州製戦術機の多くは米国製戦術機のF-5を祖にもっており、内装は米国のそれに似通っている。

 故に村中弘軍曹や他の整備兵たちは、シュペルエタンダールの整備にかなりの自信があった。

 

 シュペルエタンダールを装備する隊は、第92戦術機甲連隊の第3大隊第2中隊(以降・第32中隊)である。

 フランス製戦術機が来る、と聞いた第32中隊の保科龍成少尉は「なにがあってもデファイアント攻撃機よりはマシだ」と広言したが、シュペルエタンダールは想像以上だった――もちろん良い意味で、だ。

 

 第32中隊の機種転換訓練は、初日から調子よく進んだ。

 前述の通り、衛士たちの心配は杞憂に終わった。小雨降る中、八代海に浮かぶ無人島、大築島に12機のシュペルエタンダールが着地する。塗装はもちろん、日本帝国軍のそれ――鈍色(にびいろ)である。

 

「ミツバチ5、こちらミツバチ6。こいつはかなりいいですよ!」

 

 と保科龍成少尉はオープンチャンネルで快哉を叫んだ。教育課程で搭乗したF-4Jよりも機動性が高いことが、その根拠であった。

 一方「ミツバチ6、うるさい」と叱った大陸帰りの井伊万里中尉は、「こんなものか」とひとりごちた。

 良くも悪くも中途半端、というのが彼女の感想であった。つまり第1世代と第2世代の間隙にある、というわけだ。意地悪な言い方をすれば第2世代の軽量化に伴う堅牢性の低下と、第1世代の反応の遅さが両立している。それでもイギリス製戦術歩行攻撃機デファイアントよりは遥かにマシである、というのは保科龍成少尉と同感想であったが。

 

 食事・入浴がひととおり終わった20時、第32中隊の衛士と整備兵の一部は食堂の一角に集まり、連隊長である東敬一大佐をはじめ、管理部隊の幹部も招いて研究会を開いたが、シュペルエタンダールに対する評価は割れた。

 

 まず口を開いたのは、東敬一大佐であった。

 

「あのF-5で近接戦闘はやれそうか?」

 

 率直な疑問だった。シュペルエタンダールは、F-4Jに比較すれば華奢な造りにみえたのだ。東敬一大佐は戦術機のスペシャリストではない。一応は衛士の資格を有しているものの、しばらく前線部隊の指揮からは遠ざかっていた。故にここ数年の戦術機事情には疎かった。が、彼の美徳は、戦術機の進化は日進月歩であることを理解していたことだ。

「やれます!」とまず口を開いたのは、保科龍成少尉であった。日焼けした横顔に、笑みがこぼれている。第32中隊2小隊の隊長を務める井伊万里中尉は内心、溜息をついたが――これが第92戦術機甲連隊の良い伝統であった。

 

「ほう、保科。言ってみろ」

「はい、それでは申し上げます。本日の近接格闘訓練では近接戦用長刀を使用。複数回の刺突・斬撃を行ってもなお、主腕部に異常はみられませんでした。旋回性能といった機動性も、撃震よりも向上しております。十分、近接戦に堪えます」

 

 保科龍成少尉の言葉に、間違いはなかった。

 しかしながら、近接戦闘の一面だけを語っているに過ぎない。第2・第3世代戦術機の搭乗経験がある古参の少尉や、井伊万里中尉をはじめとする小隊長クラス以上になると、賛否両論が噴出した。それを東敬一大佐は端正な字に起こし、ノートに残していく。

 

・要撃級の旋回性に対応可能な能力を有しているが、陽炎や不知火以上に軽装甲であり、野戦においては砲戦を専らとすべきである。

 

・ハイヴ坑内や市街地等、閉所では積極的に近接格闘を実施すべきであるが、それ以前に燃料搭載量や携行弾薬数という継戦能力という点で撃震よりも劣る。

 

・シュペルエタンダールは艦上機であるため、洋上吶喊や航空甲板上からの射撃を得手としているため、近接格闘よりも長距離砲撃戦を優先して選択するべきである。……。

 

 翌日、シュペルエタンダールの肩部に、第92戦術機甲連隊・第32中隊のエンブレムである蜜蜂が村中弘軍曹ら整備兵の手で描かれた。

 ファンシーな蜜蜂の絵。

 絶大な暴虐を内包する戦術機とは対照的だが、第32中隊の衛士たちは気に入っていた。これは地元の市立小学生が考えたエンブレムなのだ。

 

「ここで絶対に食いとめちゃるけんね」

 

 と、村中弘軍曹は肩部ユニットの黄色い蜜蜂を見上げてつぶやいた。2年前に九州地方には退避勧告が出ている。八代市内の小学生も、もうほとんどいなくなっていた。

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