西部方面司令官は、陰謀の人である。
人類勝利という目的のためならば、切り捨てるべきは切り捨てる。
BETA大戦は救える生命をすべて救って勝てるほど、優しい戦争ではない。
故に彼は重工エンタープライズの陰謀に気づかないふりをしていた。
地球人類はどこまでも愚かで、戦況が好転すればするほど悪知恵を働かせる傾向がある。
(オルタネイティヴ第4計画――ヴァルキリーズデータがあれば、10年前後ですべてのハイヴを陥とせる)
その悪知恵からオルタネイティヴ第4計画だけは守らなければならない。香月夕呼の下で対BETA諜報が成功すれば、人類は地球上に存在する全ハイヴの地下構造を入手することができる。戦術機部隊をはじめとする通常兵器による全ハイヴ攻略が、現実のものとなる。
が、オルタネイティヴ第4計画には(現時点では彼しか知らない)問題点もある。
それは同計画がBETA由来の技術に依存する以上、人類とBETAの諜報が双方向で行われてしまうことだ。人類は全ハイヴの構造情報を手に入れるが、一方のBETA側も人類側の情報を入手している。それが土壇場で、オルタネイティヴ第4計画の失敗と第5計画への移行を招くことになるのだが……ここでは関係がない。
(第4計画だけは何としても――)
西部方面司令官は日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊に、決戦部隊としての役割と、もうひとつの役割をもたせている。
前述のとおり、それは囮だ。
最強の呼び声高い第92戦術機甲連隊に、Б型欺瞞ユニットの生体部品を廻すことで、オルタネイティヴ第4計画や、最終決戦に向けて準備を進める種子島基地を攻撃する可能性がある勢力を引きずり出し、ここで叩き潰したいのである。
だからこそ西部方面司令官は、西部方面司令部以下に何の警告もしていない。
恭順派やCIAとつながりがある重工エンタープライズは、八代基地に保管されている旧式機の回収作業を装い、襲撃部隊を送りこんでくるはずだ。
大戦果を挙げてきた第92戦術機甲連隊は、いまや一前線部隊ではなく“戦術機の可能性”を示す存在にまでなっており、世界から注目されている。米軍需企業の戦術機関連部門はこれに励まされ、水面下で反第5計画のロビー活動を展開――他方のオルタネイティヴ第5計画推進派からすれば、第4計画以上に面白くない事態が続いている。
また純粋なる恭順派の人間からすれば、何があっても合成種を手中に収めたいはず。仮に人類をBETA化することができれば、
米国政府は積極的に関与するつもりはないだろう。が、重工エンタープライズの行動を掣肘することもないはずだ。うまく立ち回れば自身の手を汚さず、棚からぼた餅、合成種を取り上げることができる。
米国の一部――具体的にはCIA――が対日工作用に操る重工エンタープライズが、ここで動かない理由がない。
が、こちらが事前に対策を練ってしまえば、連中はそれを警戒するだろう。
(最悪なのは、最終決戦の生起直前に足元をすくわれることだ)
敵を炙り出すために虎の子を危険に晒すなど、最悪のリスク管理だといえる。
しかし、綱渡りなのはいまに始まったことではない。
そして最終的に行き着くオリジナルハイヴでの決戦、その一戦の勝敗で人類の未来が決するなど馬鹿げている――のだが他にしようがなかった。
◇◆◇
「すいません、重工エンタープライズでーす」
八代基地の警備兵たちは、大型輸送車輌から成る車列を検めた。
彼らは運転手がもつ運転免許証と来訪者用登録番号を調べ、正規のものであることを確認するとともに、担当幹部にも確認をとった。重工エンタープライズ西日本支社による予備機――殲撃八型やF-8Eクルセーダー、F-4EJ改――の回収は予定されているとおりであった。
気になる点といえば後続の3輌の輸送車輌に1機ずつ77式撃震が積まれていることだったが、直前にも回収先があったのだ、と言われればそれまでだった。実際、塗装は剥げているし、装甲板はところどころ抉れている明らかな“鉄屑”であった。
「ご苦労様です――」
スタッフを乗せた先頭のバン、その運転手はブレーキから足をどけようとする。
「待てッ!」
その1秒前に64式小銃を担いだ警備兵、今田佳輔上等兵はあることに気づき、大声で周囲の気を惹いた。
「おい? 突撃砲!?」
最後尾の輸送車輌には87式突撃砲が6門も積まれていた。1機2門の割り当てと考えれば、ちょうど3輌の輸送車輌に積まれている77式撃震の武装になる。さらにその下にはシートに覆われた形で歩兵用の携帯型重火器があった。
「なぜ未使用の対戦車ロケットがある……!」
今田佳輔上等兵たち警備兵が64式小銃の銃口を車列に向けるのと、輸送車輌のシートを巨大な鋼鉄の腕が破るのはほぼ同時であった。
……。
「これで廃用かもしれないとはいえ、気を抜くなー」
「半端な仕事されてると思ったら恥だぞ」
八代基地の外れにある予備機用格納庫では、予備機体として残っていた4機の殲撃八型が、第92戦術機甲連隊側の最後の整備を受けていた。もう再利用はされないだろうが、杜撰な整備をしているとは思われたくない。そんな美意識が、整備兵たちを動かしていた。
(そして代わりに配備されるのは我が党の新鋭、J-20試作機だ――)
開発関係者には不眠不休で開発を推し進めてもらったことで、1個中隊分のJ-20は完成。これにより統一中華戦線中国共産党閥は、FC-1に続く第92戦術機甲連隊の“席”を確保できた。
噂では台湾閥も何かを仕掛けようとしているらしかったが、顔面に火傷の痕が残る元・衛士の夏露は実際に乗ってみたことで、J-20の性能に自信をもっていた。
開放された予備機用格納庫からそう遠くないところで、衛士強化装備を纏った櫻麻衣大尉と、鵜沢心菜中尉がパイプ椅子に座って殲撃八型の整備完了を待っていた。必要であれば彼女たちが殲撃八型に搭乗し、輸送車輌に機体を収めることとなっていた。
「あのー櫻大尉。大人げないですよ」
「何の話だ」
冷徹な声色に、鵜沢心菜中尉は震えながらも言葉を続けた。
「BETAが嫌いって話です」
「何が大人げない」
「仮にスェーミナさんがBETAだったとしても、私たちが知っているBETAとは全然違いますよね」
「……」
「兵士級とか闘士級みたいなバケモノと、スェーミナさんを一緒にするのが大人げないって言いたいんです」
鵜沢心菜中尉はスイッチが入っている櫻麻衣大尉に、議論を吹っかけたことなどほとんどない。それほどまでに彼女は恐ろしいのだ。しかしながら、だからこそ、彼女は櫻麻衣大尉に対して、スェーミナと、スェーミナと交流をもつ小清水仁中尉を援護してやらねばならない。
櫻麻衣大尉なら、何事か理由をつけてスェーミナを殺しかねない。
「私の知人友人を幾度となく殺してきたBETAと、スェーミナが別物であることは理解している」
櫻麻衣大尉は溜息をついた。
「頭ではな」
だが無理なのだ。
生理的に受け容れられない。
あれが微かにまとわりつかせている硫黄臭を嗅ぐと、忌々しい記憶がリフレインする。目の前のココ中尉がそうだ。小清水もまた同様だった。幾度となくBETAによって殺害されている。
「スェーミナの存在に、耐えられない」
「……」
「スェーミナは人間の皮を被った兵士級を連想させる」
「いっ、異常ですよ。それは」
「そうだろう」
ゴキブリと同じだ。
一部の人間にとって良いゴキブリとは、目の前に現れないゴキブリだけ。実際のところ彼女からすれば、ゴキブリよりも性質が悪い。ゴキブリの群れが、人間の皮を被って蠢いているようなものだった。
「だが私にも自制心はある。……他のBETAのように殺しはしないつもりだ。たぶんな」
たぶん、というのは迫りくる狂気に囚われたとき、自身がどんな行動をとるかわからないからだった。
「その言葉聞いて、安心しましたよ……」
鵜沢心菜中尉が立ち上がって安堵の息を吐いたのと、銃声が響いたのはほぼ同時だった。
「は?」
呆ける彼女とは対照的に、櫻麻衣大尉は彼女を素早く押し倒し、地に伏せた。
「64式だ。1発、2発じゃない。
何かあったぞ、と櫻麻衣大尉は銃弾が飛んでこないことを確認すると、姿勢を低くしながら走り始めた。
「ついてこい。ノラキャットで出る」
十中八九、何者かの襲撃、と彼女はあたりをつけていた。
となれば衛士にできることは戦術機を駆ることだけだ。
櫻麻衣大尉と鵜沢心菜中尉は第1大隊用のハンガーへ走った。
……。
「こちらバッタ、こちらバッタッ――営門にて20名以上のゲリコマと交戦! 繰り返す、営門にて20名以上のゲリコマと交戦中!」
詰所に複数個の手榴弾が投げこまれ、有線が使えなくなった警備兵たちは携帯する無線を使用したが、妨害電波が飛んでいるらしく、無線は使いものにならなかった。今田佳輔上等兵は花壇に身を隠し、大型輸送車輌に同乗する男たちとの銃撃戦に移っていたが、賊を乗せた最先頭、先頭2輌目のバンの強行突破を許してしまっている。
さらに今田佳輔上等兵ら警備兵の目の前で、巨躯が起き上がった。
「くそったれ、この産廃がッ!」
77式撃震は最後尾の輸送車輌から突撃砲を持ち上げると空中へ試射し、64式小銃の銃撃を無視して短噴射――そして一気に駐機場に突進した。
「
「ダメだ、牟田さん! 戻れ!」
駐機場に立ち並ぶ第12中隊のFC-1閃電へ走ろうとしたイツマデ4・牟田美紀少尉は、僚機を務める村野欣也少尉に羽交い絞めにされ、同じくイツマデ5・本瓦太介中尉に引きずられていった。
次の瞬間、FC-1は36mm機関砲弾の連射を浴び、また1機、また1機と被弾炎上。炎を噴きながら背中から倒壊していった。
その残骸の上を120mm焼夷徹甲榴弾が通過、第1大隊用格納庫の壁面を貫徹し、内部で炸裂した。
「裏から逃げて」
第1大隊用格納庫に居合わせた隊員の中で、最も階級の高い戦術電子整備担当の笠原まどか大尉は、左右に命令を下した。
壁際に配置されたF-14Nが爆風に煽られて転倒。その隣のF-14Nは細かい破片を浴び、装甲板の表面に無数の傷をつけていた。続けて2発目の120mm焼夷徹甲榴弾が、そのF-14Nの右主腕を貫いて炸裂、二の腕が吹き飛んで反対側に直立しているMiG-29SEKに叩きつけられた。
整備兵たちが退避した数分後、1機の77式撃震は空中から第1大隊用格納庫を突撃砲で掃射し、第11中隊・第12中隊・第13中隊機を完全に破壊した。
「くそったれ、制圧砲撃で何もできんッ!」
隊舎周辺では警備兵と工作員の銃撃戦が始まる中、77式撃震は第2大隊用格納庫に砲撃を開始。
1機の撃震が飛び上がり、第2大隊用格納庫の天蓋に向けて突撃砲を指向した。
引かれるトリガー。
空中を奔る火線。
「え?」
77式撃震を操る賊は、連続する衝撃と破砕音に襲われた。
その数秒後、跳躍ユニットに機関砲弾が直撃した撃震は火達磨になり、火焔と黒煙を噴きながら基地敷地外の荒野へ叩きつけられていた。
「クロス1ッ、クロス3がやられた!」
「敵の稼働機――!?」
基地防空用の機関銃座を破壊して回っていた2機の77式撃震は、予備機用格納庫に頭部ユニットを向けた。
「これから」
そこには赤い複眼を輝かせた戦術機が、突撃砲と青龍刀じみた77式近接戦用長刀を構えている。
77式撃震が突撃砲を指向したときには、すでに赤い残光を曳きながら機影は跳んでいた。
跳びながら3点バースト射撃で、77式撃震が突撃砲を保持する右主腕を破壊している。
「貴様らを粛清する」
着地とともに、再び夏露が駆る殲撃八型は地を蹴った。