【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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J-20秋山澪(没)





■102. J-20黑长直

 

 他人の不幸を笑う者はいずれ総好かんとなるのだが、第92戦術機甲連隊が被った損害は、世界各国の戦術機関連企業の耳目(じもく)を惹き、彼らを喜ばせた。第1大隊の戦術機は全損、第2大隊もまた第21中隊のF-2A星青、F-15JKを中心に15機が全損、あるいは大破状態となった。つまり夏露のいうところの“席”が空いたのである。

 八代基地では日本帝国本土防衛軍西部方面隊第5工兵師団が中心となって、残骸や瓦礫の撤去作業と復旧作業が始まっていた。

 

(……)

 

 破壊されたFC-1の頭部ユニットが吊り上げられ、大型輸送車輌の荷台に移される。

 

「帰依仏竟帰依法竟帰依僧竟――」

 

 その様子を見守っていた第12中隊前衛B小隊の小隊長、本瓦太介中尉は合掌して枕経(まくらぎょう)を唱えていた。一般的に枕経とはいままさに亡くなろうとしている、あるいは亡くなったばかりの人間を、改めて仏の弟子とすることで往生を願うものだとされる。

 決して戦術機に対して唱えるものではない。

 しかしながら寺生まれの彼が、ただの機械とは思えない自らの愛機に対し、最後に出来ることといえば、読経しかなかった。

 

「……」

 

 元・衛士の夏露は、複雑な心境でただ立ち尽くしている。

 彼女もまた頭部装甲を失い、全身に無数の弾痕を残した殲撃八型を見送った。

 その鋼鉄の古参を乗せた大型輸送車輌と入れ違いに、新造機を積載した輸送車輌が八代基地に進入してきた。

 

(あとは任せたぞ、後輩の諸君――)

 

 感傷を捨てた政治委員は車輌を誘導する隊員に走り寄った。

 

「J-20」

 

 その2時間後。戦術電子整備担当幹部の笠原まどか大尉は、予備機用格納庫に直立する漆黒の戦術歩行戦闘機と正対していた。

 彼女が知る限りその外見に最も近い他の戦術機は、現在開発が続いているF-35である。ただし軽量・小型を是とするF-35に比較すると、J-20の外観はかなりマッシブにみえる。それはより多くの弾薬と推進剤を収めるために、腰部装甲、主脚装甲が大型のものになっているためであった。

 中華製戦術機のトレードマークとなった頭部装甲は健在である。

 紡錘形の頭部ユニットには深紅の複眼が輝いていた。

 それだけではなく胸部ユニット、膝部装甲の合間にも複数のセンサーが光っている。大陸反攻に伴う地上戦、ハイヴ攻略戦を見据え、戦車級に対するルックダウン能力を重視したためであろう。笠原まどか大尉が確認したところ、F-2Aと同様にFCSには複数のモードが用意されており、対戦術機戦においても高い戦闘力が発揮できるようになっている。

 

「網膜に投影される情報って、もしかしなくても中国語ですよね?」

 

 しかしながらJ-20の性能よりも整備兵たちの頭を悩ませたのは、あらゆる情報を網膜に投影するシステムから、整備用マニュアルまですべてに中国語が採用されていることだった。

 原型機がF-4である殲撃八型や、輸出用戦術機として完成したFC-1は言語設定・多言語対応が可能だったが、中国共産党が自陣営の切り札として開発を進めていたJ-20にはそれがない。

 

翻訳(いじ)るしかない)

 

 笠原まどか大尉は無言のまま作業に移っていた。

 不平のひとつも漏らさない。もとから寡黙なのもあるが、ここが後方支援を担う人間の踏ん張りどころだと自負しているからにほかならない。

 

(たぶん、決戦は近い)

 

 それに万全の戦術機を間に合わせることこそが、自身の戦争だと彼女は理解していた。

 

 そこから離れた第92戦術機甲連隊本部では、ひとりの人間が頭を下げていた。

 東敬一大佐ら連隊本部の人間は緑がかった黒い髪をただ見つめるだけである。

 何を言ってやるべきか、わからなかった。

 

「ごめんなさい」

 

 スェーミナは流暢な日本語で、頭を下げたままそう言った。

 

「……」

 

「ありがとうございました」

 

 彼女は無表情のまま、涙がこぼれるにまかせている。

 

「……」

 

 説明の言葉は、不要である。

 連隊本部のスタッフたちは彼女が言いたいことを理解していた。

 最初に口を開いたのは、連隊副官・立沢健太郎中佐である。

 

「いや、そんな……気にすることはない」

 

 しかしながら、スェーミナは沈黙したまま頭を下げていた。

 

(気にすることはない――該当あり。存在は不受理する)

 

(存在は燃焼エネルギーによって障害を排除することも高速で大気圏内を飛翔することもできないため存在は92TSFRとの比較において極めて劣弱な存在)

 

(存在は自衛もできないまま存在することによって92TSFRに甚大なる損害をもたらした)

 

(存在は謝罪をする。存在は懲罰を求める。存在は――)

 

「スェーミナさん」

 

 ぽん、とスェーミナの肩に温かい左掌が乗った。

 たまたま居合わせた満田華伍長の左掌である。

 

「なんですか」

「本当に気にすることはないですよ」

「そんざいは……」

「謝罪禁止。感謝禁止、です」

「……?」

 

 スェーミナは微かな戸惑いを表に出しながら、満田華伍長の表情を確認するために顔を上げた。

 

「そんざいは……」

「謝る必要はない」

 

 東敬一大佐は優しく言った。

 

「これが我々の仕事だ」

 

(我々の仕事――該当あり。存在は92TSFRの任務を障害の排除と認識。92TSFRの任務に存在の保護は……)

 

 混乱するスェーミナに対して、東敬一大佐は力強く言った。

 

「君たちのような子どもを守るのが、我々の仕事だ」

 

「……?」

 

(存在は92TSFRの任務は障害の排除に加えて存在の保護と暫定的認識。存在の保護は存在の価値に対する燃焼エネルギーの使用量から不合理と認識)

 

「だから謝罪も、感謝も必要ない」

 

「……?」

 

 スェーミナは最後まで東敬一大佐の言葉を理解できずにいた。

 

◇◆◇

 

 日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊への00式武御雷配備スケジュールは、大幅に遅延している。本来ならば2000年内には配備が始まっているはずであったが、未だに1機も引き渡されていなかった。その理由は、西部方面司令官が容赦ない改修を要求したためである。

 

(武御雷は強力な戦術機だ――)

 

 だからこそ、短命で終わらせるには惜しい。

 西部方面司令官はこの機会に武御雷を最終決戦前後で華々しく活躍して“終わる”戦術機ではなく、新たな世界を守護する剣にまで昇華させたいと思っていた。

 日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊に配備される予定だったのは、本来は“白”のA型であった。“白”といえば一般武家出身者の搭乗機であるが、一般的には高機動型と呼ばれており、その性能は94式不知火を大幅に凌駕している。なにせ“黒”の武御雷でさえ、94式不知火の最大出力を2、3割上回っており、主腕部、主脚部の耐久度も5割増しなのだ。

 

 しかしながら武御雷には新造コスト以外にも、問題点がある。

 

 それは国内運用と熟練の整備部隊の存在が大前提としてある、ということだった。

 もともと外征が考えられていない帝国斯衛軍であるため、82式瑞鶴も同様だったが、武御雷は輪にかけて整備性が悪い。このままでは決戦勝利後の世界に、武御雷の居場所はないだろう。もしかすると輸出も見据えた動きが出てくるかもしれないが、第92戦術機甲連隊の活躍で、世界各国の戦術機開発は加速している。海外に武御雷の“席”はない。

 故に、である。

 戦後もまた見据えていかねばならない西部方面司令官は、より量産兵器然とした武御雷のバリエーションを求めるに至った。

 

「収納式の固定型00式近接戦用短刀は腕の延長線上にある手首だけでいい。肘の短刀は使いづらい。整備性を悪化させているだけだ」

 

「主脚部のセンサーはルックダウン能力の担保のために残すとしても、腰部のセンサーは肩部センサーと役割が被っている。腰部センサーは不要だ」

 

「センサーマストから爪先まで加工に手間がかかるブレードエッジにする必要はない。蹴るわけでもあるまいし、小型種なら踏み潰せばいいだけだろう。センサーマスト、腰部装甲、足趾、踵のブレードは廃するべきだ」

 

 遠慮のない指摘に武御雷の開発関係者は激昂したが、結局彼らは武御雷の改修作業を実施していた。

 それもこれも、西部方面司令官に国防省関係者が同調したためである。

 先の一件で城内省は国防省に対して、頭が上がらなくなっている。

 

 かくして00式武御雷は、21世紀を守るための新たな剣に打ち直された。

 

「オリジナルの武御雷が一一型だとすれば、こいつは武御雷二一型ですわ」

 

 不満を隠しもしない武御雷に携わった関係者だが、徹底的な外装機能のオミットによってコストと整備性の問題は幾分か改善され、第92戦術機甲連隊への配備が決まった。

 

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