【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■105.核戦略長距離偵察機Tu-119(1)

 

 Tu-119を用いた長距離偵察作戦――。

 

 正気じゃない、というのが、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊の隊員たちの感想だった。

 二重の意味で、である。

 まず原子炉を搭載した超大型航空機を本州上空に飛ばすなど、正気の沙汰ではない。

 加えてその巡航高度と飛行経路。高度は通常の航空機では自殺行為となる10000メートル前後。帝国軍に接収されている福岡空港を出発後、徐々に高度を上げ、その後北東に針路を向ける。そのまま佐渡島ハイヴ上空へ直行し、偵察衛星が見落としてしまっている(ゲート)がないか確認。帰路は朝鮮半島東海岸を掠めるように飛翔し、BETAの動向を探る。

 ……当然ながら無人ではなく、有人である。

 通信士としてスェーミナが搭乗することになっていた。

 

 西部方面司令部から命令を受けた第92戦術機甲連隊本部は、常識的に考えれば作戦成功可能性は限りなくゼロに近いのでは、と司令部に問うた。が、西部方面司令官が自ら「Tu-119には光線級からその存在を完璧に隠蔽する特殊装置が装備されている。作戦は成功するだろう」と返答してきたため、どうしようもない。

 

「しかし実年齢はわかりませんが、子どもも子ども――10代かも怪しい少女ですが……」

 

 と、連隊副官の連隊副官・立沢健太郎中佐は煮え切らなかったが、作戦担当幹部の園田勢治少佐は意外とドライであった。

 

「本人も納得し、それどころか搭乗を熱望しているのだから、命令の覆しようがないです」

 

 先日、スェーミナに優しい声をかけた手前、東敬一大佐はこのままでは立場がない。

 とはいえ組織の一員である以上、命令に背いて彼女を引き留めるわけにもいかなかった。

 情けない、と自嘲せざるをえない。ただ東敬一大佐以下、第92戦術機甲連隊の一部が激憤しなかったのは、西部方面司令部に対する信頼もあっただろう。戦死間違いなしの航空偵察を命ずるわけがない――。

 

 Tu-119の搭乗者については西部方面司令部から指定があった。

 機長は第11中隊の櫻麻衣大尉。実際に操縦するのは、民間航空会社から衛士適性を見込まれて引き抜かれた過去をもつ副機長・第31中隊の宿野部東中尉と、輸送機の操縦経験があるという航空機関士・十六良世少尉である。

 輸送機部隊の人間が操縦役にならない理由は、Tu-119は主脚による離着陸を行うためであり、また操縦は間接思考制御が採用されているためで、どちらかといえば戦術機に近い航空機だからだった。

 

 そんな折。

 数週間前に帝国技術廠の巌谷榮二中佐から開発主任者として指名された篁唯依中尉は、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊が駐屯する八代基地を訪れていた。

 

(巌谷のおじさまは“勉強になるぞ”と仰っていたが)

 

 CH-47でヘリポートに降り立った彼女は、藤黄(とうおう)の制服に身を包んでおり、周囲の視線を惹いた。

 

(ここで時間を無為に費やしていいものだろうか……)

 

 彼女の戦友である山城上総少尉はその狙撃の腕を買われ、五摂家の斑鳩崇継少佐が率いる帝国斯衛軍第16大隊に異動し、甲21号目標攻略作戦に向けた訓練に励んでいる。

 同じく帝都防衛戦、多摩川防衛線、本州奪還作戦で一緒だった能登和泉少尉は――本州奪還後、無事に婚儀を挙げることができ、田上和泉少尉となった。それだけでなく妊娠が発覚し、周囲の祝福とともに後方勤務となっている。

 篁唯依中尉の上官であり、血族でもある崇宰恭子少佐は第3大隊の指揮官としてやはり次なる作戦に向け、多忙の日々を送っていた。

 翻って、自身はどうか。

 

(未だただの一振りも、前線衛士に優れた剣を供することができていない)

 

 代々、(つわもの)のための武器を供してきた篁としての矜持。そして大恩ある真田大尉が駆っていた94式不知火の改良を託されながらも、まだ何も着手できていない、という現実が、彼女の焦燥を煽っていた。

 

「貴様、篁の――裕唯の()か」

 

 警備兵とともに基地を巡っていた篁唯依中尉は、途中で声をかけられた。

 なぜ父の名を、と見やれば帝国軍の戦闘服に身を包んだ男がそこに立っている。

 彼女は目敏く階級章を見て、素早く敬礼をした。

 

「はい、大尉殿。小官は帝国斯衛軍中尉、篁唯依であります」

「ご苦労、中尉。帝国軍本土防衛軍第92戦術機甲連隊第23中隊長の氏家だ」

「……氏家大尉殿。私のことをご存じでありましたか」

 

 氏家義教大尉はにやりと笑った。

 

「敬称は要らん。知っているも何も、十数年前に貴様の父は勿論、貴様に会ったことがある」

「父と――そして私に、ですか」

「ああ。武家は家格などという、くだらんことばかりを気にしやがるからな。笑いに行ってやったのよ」

 

 篁唯依中尉の横顔に昏いものが差した。

 代々武器の研究と製造を専らとしてきた篁の家は、本来の家格は外様の“白”にすぎず、戦後にその働きを評価され、譜代並みの“黄”とされた過去をもつ。

 一方の母、鳳は五摂家の崇宰に連なる一族だ。

 釣り合わないどころの話ではなく、昔は大騒動になったらしい。

 

 そんな彼女の鬱屈を、氏家義教大尉は豪快に笑い飛ばした。

 

「裕唯にはずいぶんと助けられてきた。篁にも、な。いい武具を打つ。俺のような剣士、衛士からすれば感謝してもしきれん」

 

「……それは」

 

「だから家格が違う、などという連中を2、3匹半殺しにしてやったよ。自由恋愛の20世紀に何を言ってやがる」

 

「もしかして氏家とは煌武院・撃剣世話掛――畏くも政威大将軍殿下と冥夜様を引き離すことに最後まで反対されていたという」

 

「そんなこともあったな。いまはBETAどもに身を以て撃剣を教えている一衛士にすぎん」

 

 さっぱりと言う氏家義教大尉に、篁唯依中尉は憧憬とともに反発も抱いた。

 それに気づかないふりをして、彼は再び破顔した。

 

「こうして出会ったのも何かの縁か。運好く俺もこの後は手隙だ。案内してやろう」

 

 彼らが向かったのは再建された第2大隊用格納庫である。

 篁唯依中尉の瞳にはそこに立錐する戦術機たちが、奇異に映った。

 明らかに帝国製戦術機とは設計思想の異なる機体。

 大型化したF-16Cといった外観のF-2スーパー改。

 大火力を投射するために再設計され、攻撃機としての符号を加えられたF/A-14Nボムキャット。

 そして最奥部には、漆黒の機体が直立していた。

 

「これはF-15の――ステルス仕様」

「ああ」

「ではこれが、サイレントイーグル」

 

 F-15SEサイレントイーグル。

 第1世代戦術機F-4Jに代わり、次期主力戦術機にも名乗りを上げようというステルス仕様のF-15イーグルであり、これから彼女が開発を推進しようとしている不知火弐型よりも先んじて完成したライバル機だ。

 しかし噂とは異なり、かなり大柄な機体構成となっている。

 また外見からしても中途半端なステルス形状だ。二の腕に備えられた兵器庫はナイフシースどころか、複数の弾倉が詰めこめそうなほど大型化している。もともと大型だった肩部、膝部の兵器庫も同様だ。頭部ユニットはステルス性を無視し、扁平型とは程遠い鉄兜を被り、無数のセンサーを備えている。

 ……サイレントイーグル、というよりはストライクイーグルの強化機にみえた。

 

(なんだ、この中途半端さは――)

 

 篁中尉が絶句していると、「あー」と氏家義教大尉は顎に手をやった。

 

「氏家大尉。これが、サイレントイーグルなのですか」

「いや、残念ながら違う」

「では」

「これはマブラヴイーグルだ」

「マブ……え?」

 

 思わず素になる篁中尉に、氏家義教大尉はメモに達筆で二字を書いた。

 

「こう書く」

 

 

 

――(マブ)(ラヴ)

 

 

 

「眩しい、眩いほどに(マジ)な愛。夜空の星の輝きよりも、地球の青い輝きよりも、ひときわ眩い人類(ひと)の愛。それがこの名の由来だそうだ」

 

 篁中尉は眉をひそめた。

 

「帝国軍の戦術機命名規則は、天候や戦場における現象といった自然事象のはずですが」

 

「人の愛は、世界中でみられる普遍の自然現象だ。少なくともボーニング側の主張はそうだ」

 

「……」

 

「そしてこれはF-15SEではない」

 

「……」

 

「F-15SEXだ」

 

「……セッ、え?」

 

「F-15SEX(マブ)(ラヴ)だ」

 

 篁唯依中尉は笑えばいいのか、怒ればいいのかわからなかった。

 頭脳で感情がぐるぐると回りに回り、一瞬紅潮した顔色は次の瞬間には青くなっている。

 

「ス、ステルス機なのに(マブ)とは……それは……」

 

「隠れてないよ……」と謎のツッコミを残した1秒後、彼女はばたんきゅーとその場に倒れこんでしまった。

 

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