【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■106.核戦略長距離偵察機Tu-119(2)

 

「これが帝国に対するボーニングの答えか……!」

 

 F-15SEX眩愛の出現は、意外にも改良作業が始まったばかりの不知火壱型丙――不知火弐型にとっては追い風となっていた。

 本機の到着とともに、国粋主義者から日和見主義者まで、帝国軍参謀本部は不知火弐型の開発を後援する側に回った。

 限定的なステルス性を有し、偏執的なまでの継戦能力にこだわったF-15SEX眩愛(マブラヴイーグル)。77式撃震や89式陽炎の性能を優越していることは、当然である。それどころか第3世代戦術機である94式不知火さえも脅かす存在だった。近接格闘能力、整備性では94式不知火に軍配が上がるが、高いペイロードと大型のフレームを有するF-15SEXには、自由自在に装備を交換できるだけの拡張性、柔軟性、将来性がある。

 

 仮に何かの手違いで帝国首脳陣が拡張性に乏しいままの94式不知火と、将来性のあるF-15SEXを比較するようなことがあったら?

 

 後者に軍配が上がる可能性が、ないとはいえない。

 

「こんなふざけた――我々は世界中の笑い者だ!」

 

 帝国軍参謀本部のスタッフは最悪の事態を回避するため、XFJ計画の成功を願わざるをえなかった。

 2001年末には整うであろう94式不知火・00式星青(F-2A)の2機種体制。

 それが近い将来にF-15SEX眩愛・F-2スーパー改となってはたまらない。

 

「あのー94式不知火弐型も日米共同開発ですけど、スーパー不知火とか不知火スーパー改って名づける方向になったらどうします?」

 

 ひとりの若い参謀が左右に聞き、一瞬だけ周囲は固まったが、

 

「スーパーシラヌイならまだマシだ!」

 

 ということでまとまった。

 

 ……そんなこともつゆしらず、篁唯依中尉は八代基地を発っていた。

 彼女も収穫がなかったわけではない。結局のところ前線部隊としてはふざけた名前の戦術機であったとしても、いま目の前にない戦術機よりは遥かにマシ、ということである。そういう意味では不知火弐型は目下のところ落第である。

 それから別れ際、氏家義教大尉からは

 

「幹部はカタすぎるのも駄目だ。硬軟使い分けなさい」

 

 とアドバイスを受けていた。奇しくも巌谷中佐から事前にもらっていた忠告と同じだったため、帰りのヘリの中、篁唯依中尉はそんなにカタいかな、と小首をかしげた。

 

 さて。

 F-15SEX眩愛などという突飛な名称にも負けず劣らず、第92戦術機甲連隊ではTu-119に“つよ()ぽん”なる愛称をつけていた。核決戦航空機動要塞という仰々しい名称を有していながら、いまや偵察用機材をゴテゴテに装備した非武装機となっており――「話せばわかる」というわけである。

 

(これ本当に飛ぶんかね……)

 

 YS-11といったターボプロップ機から大型ジェット機のボーイング747まで、旅客機の操縦経験がある宿野部東中尉は、福岡空港の片隅に駐機している核決戦航空機動要塞Tu-119、あらため核戦略長距離偵察機Tu-119“つよぽん”を見て不安に駆られた。

 真四角な巨大な主脚部は地を掴み、関節のない棒状の主腕部は無数のセンサー類を備えており、空力特性は最悪にみえる。彼は何度かシミュレーターでTu-119を操縦してみたが、離着陸はB-2戦略爆撃機に似ている形状の翼に設けられた複数の垂直ダクトファンで力任せに行えるため、緊張感はあまりない。むしろ巡航飛行中の方が不安定な状態に陥りやすく、問題が起きてもリカバリーの余裕がある高度を確保しておく必要がある。戦術機やヘリのような匍匐飛行は不可能だった。

 

 宿野部東中尉が気にしていたのはそれだけではない。

 腰部ユニットにある操縦席の空気は、最悪であった。

 スェーミナは半透明なバイザーを備えたヘルメットを着用して最後部にある専用席に座っており、そのスェーミナに対して櫻麻衣大尉は警戒心を剥き出しで機長席についていた。十六良世少尉は我関せず、といった面持ちで鈍色の瞳を走らせ、搭載されている原子炉のステータスを監視している。Tu-119の小型原子炉は胸部ユニットにある。身体のほとんどが人工物に置換されている彼女は、何か原子炉にトラブルがあれば、放射線防護が完璧とはいえない胸部ユニットにて作業を行うことになっている。

 

(戦術機とは違って大型航空機の運航はチームワークが大事なんだけどなあ……)

 

 そんな宿野部東中尉の心中など知らず、BETAの死骸を焼却処分した際に生じた焦土に囲まれた福岡空港に軍関係者たちは詰めかけていた。Tu-119の離陸を一目見たい、そして本当に朝鮮半島からの長距離照射を浴びないかを確かめたいという好奇心から、である。

 

「火災報知器テスト」

「消火装置テスト」

「外部電力供給オフ」

「アンチアイスオフ」

「エンジンスタート、グラウンド」

「ビーデセプションスタート」

 

 宿野部東中尉は櫻麻衣大尉と協力しながら、淡々と、しかしながら確実にチェックリストを消化していき、最後には原子炉ががなり立てる騒音の中で「テイクオフ」と離陸を宣言した。

 

「おお――!」

 

 爆風とともにふわりと巨大な構造物が浮き上がったかと思うと、鈍色の要塞はみるみるうちに高度をとる。50m、100m、1000m……3000mに至っても、光線級の予備照射が始まることはなかった。核戦略長距離偵察機Tu-119“つよぽん”は、対BETA用欺瞞ユニットからスェーミナというBETAの存在を全方向にプロジェクションし、光線級を騙してみせたのである。

 

――人類は“空”を取り戻した。

 

 見ていた軍関係者はその機影に希望を見出した。直接的な攻撃ができずとも、戦場上空に滞空できるメリットは大きい。弾着観測から武器弾薬の輸送、脱出者の救助とできることはいくらでもある。

 進む軍需物資の備蓄、第3世代戦術機の拡充、航空兵器の再登場。

 佐渡島奪還の日は近い、と誰もが確信した。

 

「五次元効果爆弾は祖国に何の益ももたらさない」

 

 と同時に、核戦略長距離偵察機Tu-119“つよぽん”の高高度飛行を観測していた米国関係者の中には、反オルタネイティヴ5派に転向する者が現れた。

 

「ハイヴは仇敵の前線基地にあらず」

 

「ハイヴは21世紀の“資源”であって、吹き飛ばすのは愚の骨頂」

 

「合成種の研究、製造が加速すれば、BETAはもはや人類の敵ではなく、人類の奴隷となるだろう」

 

「我々は合成種を通じてハイヴを管理し、G元素を採掘する――そういうシステムを構築しなければならない」

 

 恭順派とは異なる、BETAとの醜い共存路線が、動き出しはじめている。

 

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