国連太平洋方面第11軍・横浜基地の建設・基地機能の稼働開始と並行して、横浜港もまた復旧が進められてきた。国内における重装備の長距離輸送では、海路が極めて重要であり、横浜基地に近接した横浜港の再整備が急がれたのは当然のことであった。
その横浜港に、日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊の第13中隊・第31中隊の衛士たちはいた。
いまにも泣き出しそうな灰色の空の下に、かつての活気ある横浜はない。遠目には外壁が剥がれ落ちた高層建造物、崩落したマンションが見える。BETAの死骸とともに焼却された中華街。横浜港の埠頭でJAS-39CBとともに警備にあたる第31中隊の衛士たちは、それを見てももはや何も思わない。戦争で変わり果てた街など、いまや珍しくもなんともなかった。
「いまこの横浜港に、新たな帝国の剣が到着しました!」
国営放送の報道班がカメラを向ける先には、2隻の戦術機輸送艦。
エレベーターで甲板上に姿を現した戦術機は、鈍く輝いていた。
F-3Iテンペスト。両肩部や主腕、膝部、爪先から踵にまでブレードエッジを備えている外見はまさに攻撃的。一振りの刀剣というよりも、動く剣山である。背部兵装担架はない。このあと横浜基地に搬入されてから装備されることになっていた。
「天元山の火山活動はここ1週間で活発になっており――」
横浜基地のガンルームで、湯川進中尉はぼんやりとテレビを眺めていた。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第13中隊は、F-3Iテンペストの受領と慣熟訓練のため、という名目でここ横浜にいる。
が、湯川進中尉からしてみれば、なんだって横浜でやらなければならないのだ、という思いであった。九州地方の外に出張って戦う経験は、いままでもあった。が、やはり勝手知ったる八代基地と、国連太平洋方面第11軍・横浜基地は違う。“お客様”ということで肩身が狭いし、機体を預ける整備隊の隊員とも初対面で、いろいろやりづらい。
「めちゃくちゃキツい再突入やハイヴ攻略戦のシミュレーター訓練から、安全な後方での慣熟訓練――なーんか調子狂っちゃいますよねー」
彼の僚機を務める浅石友季少尉もテレビを見ながら、そんなことを言っていた。
ここ1か月の間で、第92戦術機甲連隊の衛士たちは激戦に身を投じる覚悟を固めていた。
具体的には佐渡島ハイヴへの突入戦である。実戦は勿論、シミュレーターでさえ経験したくない大気圏内再突入訓練、ハイヴ坑内での戦闘訓練の繰り返し――衛士たちが次はハイヴ攻略戦だと思うのは当然であろう。
帝国軍参謀本部が甲21号攻略作戦を計画中であることは、公然の秘密。
しかしながら甲21号攻略作戦には第92戦術機甲連隊は参加しない、という噂も流れていた。あくまでも噂であるが、状況証拠は揃いつつある。すでに西部方面隊第8師団の一部は、東日本への転地を開始している。年内に実施されるであろう奪還作戦に参戦するのであれば、第92戦術機甲連隊の本部要員も支援体制を立ち上げるために東日本に出張しなければならないが、現状そうなってはいなかった。
(……甲20号目標か)
噂が事実だとすれば、第92戦術機甲連隊は甲20号目標――鉄原ハイヴ攻略作戦に参加することになるかもしれない、というのが湯川進中尉の考えだった。
佐渡島ハイヴを潰せば日本帝国は安泰、というわけではない。
それでようやく戦線を1998年以前に押し戻せた、というだけだ。鉄原ハイヴは現時点でフェイズ4。島根県出雲市からは500kmしか離れていない。天然の要害ともいうべき日本海が横たわってはいるが、BETAに対する万全の護りには成り得ないことは、証明済みである。
(先は長ーい)
先は長い、どころの話ではない。甲20号目標を陥としたとしても、東アジアには未だに数個のハイヴが残っている。おそらく日本帝国は大陸派遣軍を再編成するだろうし、それに第92戦術機甲連隊も含まれることになるだろう。
(異動したい……)
英雄になりたくない湯川進中尉はそう思ったが、第92戦術機甲連隊の衛士は補充こそされども他部隊へ異動することはない。大陸帰りの衛士や戦術機操縦適性の高い衛士を、西部方面司令官が囲っていることは明白だった。
「天元山の災派とかありますかね」
テレビを眺めていた浅石友季少尉はなんとなくそんなことを言った。
「ないでしょ、たぶん」
このとき、湯川進中尉もなんとなく即答している。
◇◆◇
「天元山観測所は、天元山の急激な火山活動を捉えた。今後は小規模噴火と地震が断続的に発生し、最悪の場合は大規模噴火に至る可能性が高く、日本帝国本土防衛軍の一部に災害派遣および強制避難予備命令が下された。すでに現地には、兵員輸送装甲車を備えた歩兵部隊が展開している。我々、第92戦術機甲連隊第13中隊もまた、第1戦術機甲連隊とともに、住民の避難を支援する」
予測できないはずの自然災害が相手にもかかわらず、日本帝国本土防衛軍の動きは早かった。すでに避難を支援するため、戦術機よりも足が遅い機械化歩兵部隊が現地入りしている。大規模噴火によって生じる溶岩の流れや火砕流相手では分が悪いが、小規模噴火の有害なガスや噴石であれば、96式装輪装甲車で十分防護可能だ。
その一方、天元山が大規模噴火した際に想定される被害エリアは広大であり、陸路では容易に足を踏み入れ難い場所に住んでいる者もいる。
そこで戦術機の出番、というわけだ。
しかしながら防衛体制に穴を空けるわけにはいかないため、機種転換中の第92戦術機甲連隊第13中隊に出動命令が出た。その直後、帝国軍参謀本部の一部が対抗意識からか、「92連隊が出るなら1連隊も出した方がいい」と、相対的に見た際に後方となる東京防衛担当の第1戦術機甲連隊の一部を派遣することに決めた。
(ま、楽勝でしょう)
湯川進中尉は小隊を率いて、緑の山々を飛び越していく。
装備は92式多目的追加装甲(盾)だけだ。背面担架は相変わらずない。大盾を持たされている理由は噴石から機体や周囲を守るためである。災害派遣であっても帝国軍機は通常、突撃砲や長刀のような自衛用装備を持つことになっているが、宇佐美誉大尉は「デッドウェイトだ」「だったら盾を2枚持ちした方がいい」と武器を持たせなかった。
しかし第13中隊の衛士たちは特に不安を感じなかった。
当たり前だ。そもそも追加装甲自体、使う機会があるか怪しい。山中の住民に避難を呼びかけることが今回の任務であり、戦闘などありえない。まさか天元山――自然災害と戦うことなどありはしないのだから。
避難の呼びかけと、住民避難――そして避難命令に従わない住民の退去は順調にいった。
一度、避難命令に従わなかった住民たちも第13中隊の衛士たちが頭を下げれば、それで終わりであった。なにせ歳老いた彼らにとって、第13中隊の衛士は自身の子ども、あるいは孫と同じくらいの年齢である。彼らは故郷とともに死のうと思っていたが、さすがにそうした若い衛士に頭を下げられれば、仕方がないと割り切るしかなかった。
ところが、だ。
「パッパ1。こちらパッパ11です。スイマセーン……。応答してください」
「パッパ11、こちらパッパ1だ。何があった」
「パッパ1、こちらパッパ11。あのー、ババアがゴネて立ち退かないんですケド」
あまりにも直截的な言い方に、オープンチャンネルの交信を聞いていた湯川進中尉は笑ってしまった。
「パッパ5。小隊を率いて、パッパ11・12の応援に行け」
「パッパ1、こちらパッパ5。了解」
天元山の山間部に、湯川進中尉らB小隊が到着したとき、テンペストから降りた西迫杏少尉が、割烹着姿のお婆さんと押し問答をしているところであった。
「いやおばあさんの言うことはわかるよ!? でもこっちだって……」
「この家は苦労してやっと建てた家でねえ。あたしの家のことに、お上から文句をつけられるいわれはないよっ!」
「家は建て直せるでしょ、生きてれば――」
「ここじゃなきゃダメなんだ、ここじゃなきゃね。ここは息子が帰る場所なんだ……!」
西迫杏少尉の僚機を務める手塚忠相少尉は諦めたように、敷地外の岩に腰かけている。
「こちらパッパ5。あー……。小隊各機は天元山の方向から住居を守るように、92式多目的追加装甲を構えた格好で駐機させて」
湯川進中尉の指示でテンペストは膝立ちとなり、92式多目的追加装甲を構えた姿勢で茅葺の住宅の傍に駐機、B小隊全員が地に降り立った。
「なんだい、何人来たって変わらないよ!」
「日本帝国本土防衛軍中尉の湯川進と申します。当該区域には避難命令が出ておりまして……」
「それは知ってるよ!」
湯川進中尉は再びテンペストに戻り、オープンチャンネルを開いた。
「パッパ1、こちらパッパ5。あのー、ババアがゴネて立ち退かないんですケド……」