鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■11.F-14Nノラキャット(1)

――1998年1月30日、大韓民国咸平郡の戦闘において、日本帝国第92戦術機甲連隊第2大隊第2中隊所属藤井美知少尉、桃田武司少尉は、戦死したものと認む。

 

 1998年2月上旬、第92戦術機甲連隊第22中隊は八代基地に帰還した。光州作戦は光州の国連軍司令部陥落とそれに伴う政治問題を除けば、おおむねうまくいった。韓国軍の重装備と貴重な将兵は済州島へ、アメリカ軍を中心とする国連軍は対馬島・九州島へ脱出。政治的なけじめをどうつけるかは、日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊や西部方面司令部のあずかり知らぬところである。

 戦死者は2名。

 最小限の損害だ、というのが東敬一大佐や、前線で指揮を執った大島将司大尉、そして大方の連隊関係者の率直な感想であっただろう。

 シスター7、藤井美知少尉は咸平郡の平野部における光線級吶喊の際、要撃級のインターセプトを回避できず、敵の前腕部による打撃が胸部ユニットに直撃、即死に至り撃墜されたものと判明。

 シスター12、桃田武司少尉は咸平郡の平野部における光線級吶喊成功後、生残していた突撃級の攻撃を受けた。直後はバイタルに反応があったものの、シスター10、11が桃田機を回収した30分後、心肺停止が確認された。

 

「日本帝国本土防衛軍西部方面隊・葬儀事務中隊、大室努中尉であります」

「日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊本部、副官室の立沢健太郎中佐です」

「日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊本部、佐野蔵人准尉です」

「日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊本部、満田華伍長です」

 

 大陸における作戦が続くようになってから、米軍に倣って健軍基地に設けられた葬儀事務中隊。八代基地にやってきた生真面目そうな男、大室努中尉は一礼をすると10名程度の部下を率いて藤井美知少尉と桃田武司少尉の部屋に向かった。彼らの任務は、遺品整理や遺書の回収、遺族への戦死状況の通知など、多岐にわたる。

 彼らは組み立てた段ボール箱に、両者の私物を収めていく。

「……」

 藤井美知少尉と同室だった雨田優太少尉は呆然と、それを眺めていた。

 あまりにも早く彼女がいた証が消えていくのに耐えられず、彼は隊舎の裏にある煙缶に向かった。マルボロを取り出して火を点け――盛大にふかしてから、咥えているマルボロも、ボックスの中に残っていた数本のマルボロも、全部煙缶に捨てた。

 

 さて、残された者は心を痛めながらも、次の作戦に意識を向けざるをえない。

 格納庫に赴いた東敬一大佐は、数日前に搬入された戦術機を見上げた。

 結論からいえば、そこに94式戦術歩行戦闘機不知火はない。

 

――94式戦術歩行戦闘機不知火は、廻せない。これは絶対だ。

 

 はなの舞健軍基地店、西部方面司令官の返事がリフレインする。

 

「94式戦術歩行戦闘機不知火は、廻せない。これは絶対だ」

「なぜですか。すでに不知火は国内の戦術機甲部隊に相当数配備されて――」

「だからだ。第92戦術機甲連隊は先も言ったが、この日本帝国本土防衛軍における“イレギュラー”だ。他の部隊に配備されるはずだった不知火を引き抜いて、第92戦術機甲連隊に配備することはできない」

「……?」

「詳しく説明することはできないが――第92戦術機甲連隊は世界各国に死蔵された戦術機や、このままでは近い将来、前線で活躍できない人員を掻き集めて編成された部隊だ」

「申し訳ありませんが、仰る意味が……よくわかりません」

「だろうな。だが心配するな。代替機のアテはちゃんとある」

 

 その代替機が、目の前に直立している。

 

「F-14Nです」

 

 と、案内を買って出た戦術電子整備担当の笠原まどか大尉は、一言だけ言って沈黙した。

 F-14N。ノースロック・グラナン社製・第2世代戦術歩行戦闘機F-14くらい、東敬一大佐は知っている。全高約19m、見慣れた撃震の無骨なスタイルとは対照的な細身の胴部・腰部・脚部ユニット、可変翼を設けた大型跳躍装置。整備中のセンサーアイは、金色に輝いている。

 

「……」

「……」

「……か、笠原大尉」

「はい、なんでしょう」

「続きを、F-14Nが他のF-14シリーズとどう違うのか、教えてほしい」

「はい」

 

 髪をぼうぼうに伸ばした小柄の幹部――笠原まどか大尉は頷くと「ダウングレードです」とだけ言った。

 

「……」

「……」

「……なるほど。だからAIM-54フェニックスはないわけだ」

「はい」

「……」

「……」

「AIM-54フェニックス自体とAIM-54による長距離火力投射に必要となる各種モードの火器管制装置からの削除、これが笠原大尉のいう“ダウングレード”の指すところで間違いないかね」

「はい」

「……」

「……」

「あー、だがそれは悪いことばかりではないな。長距離捜索とAIM-54の操作を担当する後席レーダー士が不要となり、それに伴い単座化したわけだから」

「はい。あとは彼が説明します」

 

 と、笠原まどか大尉は突然、村中弘軍曹に話を振り、さっさとどこかに行ってしまった。

 

「へえ、うちと?」と村中弘軍曹は驚いて手を止め、笠原まどか大尉の背と、東敬一大佐の顔をかわるがわる見つめた。

 東敬一大佐としては、苦笑いしか出てこない。

「あー申し訳ないが、説明を引き継いでくれ。笠原大尉の東京物理学校流と俺はちょっと相性が悪いようだ」

 

 と、ここから村中弘軍曹が機体の特徴や来歴の説明を引き継いだが、そのほとんどが東敬一大佐の予想どおりであった。

 搬入されたF-14Nはすべて米海軍にて用廃となった機体であり、議会の承認の下、同盟国や友好国に輸出されることが決定した後、ノースロック・グラナン社にて引き取られてダウングレード処理が行われ、何の因果か日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊に配備されたものであるらしい。

 そういえばF-8Eクルセーダーの様子を見に来た米技術関係者――ボード・エアクラフト社は、ノースロック・グラナン社の子会社だったな、と東敬一大佐は思い当たったものの、西部方面司令官が有するコネクションや政治力には驚かざるをえなかった。

 

「ばってん……いえ、しかしながらですね。ダウングレードといっても、悪いことではありません。むしろ我々の事情に最適化されているかと思います」

 

 村中弘軍曹は方言ではなく、共通語で話そうと努力していた。

 

「単座化によってですね、えー、削減される重量は人間ひとり分のみならず、脱出用の装甲強化外骨格や思考制御による操縦系などをひっくるめた全重量が減るわけです。これは馬鹿になりません。米海軍で運用されているF-14シリーズよりも、機動性は確実に良化しているはずです」

「それに複座ではなく、ひとりの衛士で運用できる単座の方が、確かに我々のような前線国家の台所事情には合っているな。ただあの肩部の落書きはなんだ?」

「あ、あのマーキングは自分たちがやったものではなくてですね、グラナン社の方が書き入れたようです」

 

――NORA-CAT!!

 

「……F-14NのNは、野良猫のN?」

「いや、よくわかりません……」


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