「CP、こちらランサー1。どういうことか」
「ランサー1、こちらCP。説明したとおりだ。現在、92TSFRが住民の説得にあたっているが、もしも不首尾で終わった場合は――」
深夜――第1戦術機甲連隊の沙霧尚也大尉は、奥歯を噛み締めた。
実は第92戦術機甲連隊の災害派遣はもともと予定されておらず、西部方面司令官の強い要望があったのだという。それがなければ何が行われていたかといえば、夜陰に乗じた機械化部隊による拉致同然の強制避難が行われることになっていたらしい。そのための非致死武器を機械化歩兵部隊は持ちこんでいる。
(臣民を守る帝国軍が、臣民に銃を向けるなど……)
沙霧尚也大尉は眉根を寄せたまま、不知火の機上にいる。
彼が苦悩する最中、オープンチャンネルに聞き覚えのある声が響いた。
「第1戦術機甲連隊の指揮官。こちらは第92戦術機甲連隊第13中隊指揮官の宇佐美誉だ。応答せよ」
「……宇佐美大尉。沙霧だ。第1戦術機甲連隊の災派中隊の指揮を執っている」
「沙霧大尉か。ならば話は早い。
「どういうつもりだ。まさか住民を脅迫するつもりか」
「馬鹿をいえ。山と戦うのに、武器が要るのだ」
「は?」
……時間は前後する。
避難を拒否したお婆さんの住宅の周囲は、えらいことになっていた。小規模噴火を繰り返し始めた天元山と茅葺の住宅の間には8機のF-3Iテンペストが盾を構えた格好で並んでおり、残る4機も無人自律モードで全周警戒に就いている。有害な煙が流れてくれば、NBC戦にも対応しているテンペストは速やかにこれを検知し、衛士たちに報せるであろう。
「まったく……。腹も減ってるだろう。これでも食べな」
そして第13中隊の衛士たちは母屋に上がり、お婆さんが差し出したおにぎりを食べていた。
(……オーガニックじゃねえか)
湯川進中尉は一口でその握り飯の価値を理解した。他の衛士たちも同様で「うまい」と言いながら、お婆さんが出した緑茶を啜っている。それどころではないのだが、お婆さんが避難を拒否する以上、どうしようもなかった。
お婆さんがおかわりを持って来ようと消えた瞬間に、宇佐美誉大尉は音もなくそっと一同の車座から抜け出した。
家の中を見て回る。
とある一室には陸軍の制服を着た男の写真が2枚と、皇帝陛下、政威大将軍殿下の写真が並んで飾られていた。そしてその下には、仏壇がある。遺影は3枚だ。
「……」
何食わぬ顔で宇佐美誉大尉が戻るのと、お婆さんが戻るのはほぼ同時であった。
「お婆さん。先程、ここは息子の帰る場所だと伺いましたが」
「そのとおりだよ。何回もおんなじこと――」
「もう、戦死されていますね?」
和気あいあいとした雰囲気が、凍りついた。
衛士たちはさっとお婆さんの表情を窺った。そこには困惑と苦悩が入り混じった表情があり、宇佐美誉大尉の指摘が正しいことを物語っていた。
対する宇佐美誉大尉は臙脂色の瞳を、意地悪そうに輝かせた。
「……そのとおりだよ」
お婆さんは重々しく、口を開いた。
「でもね、兵隊さん――」
「死者の魂が帰ってくることもあるかもしれないと? 非科学的ですね」
「宇佐美大尉……!」
湯川進中尉は宇佐美誉大尉の肩に手を置いた。
置いた、というよりも強く握った。
しかしながら宇佐美誉大尉は反省の色を見せない。
一方のお婆さんは肩を竦めた。
「骨も何も帰ってこなんだ――頭でわかってても、納得できるわけねえでしょ」
ただでさえ小さい身体が、より小さく見えた。
「……」
沈黙が訪れる。
「いまの話聞いて、ですけど」
最初に口を開いたのはパッパ10・矢追祥人少尉であった。
「なんか悔しいっつーか。わかります? BETAに負けて、そんで火山にも負けるんですか、俺たちは。このお婆さんだってそうでしょ。BETAに奪われて、んでもって家まで火山に奪われるんですか?」
無責任なことを言うな、と佐久本翔中尉はたしなめた。
「敵は自然そのものだ。戦術機でどうにかなる相手ではないんだぞ」
確かに、と湯川進中尉も頷いた。
BETAならば殺せるが、火山は殺せない。
自然災害を止める術がない以上、どうしようもないではないか。
「この家を守ることだけを考えればどうでしょう」
次に口を開いたのは、湯川進中尉の部下である植木陽一少尉であった。
連続して浅石友季少尉や長野ふゆ少尉も発言する。
「そのとおり! 要は土石流とか溶岩とかを盾で防いじゃえばいいんですよ!」
「どりるみるきぃぱんちで溶岩を吹き飛ばす……!」
宇佐美誉大尉率いるA小隊の衛士たちはいくらなんでも不可能ではないか、と小首をかしげていたが、湯川進中尉はやりようはある、と思った。頭の中に叩きこんだ周辺の地形を思い返してから、声を上げる。
「この家は山間部。天元山の火口からこの家までは一本道だ。だったらそこを塞げばいいんじゃないんですかね。戦術機の盾で溶岩を防ぐのは無理だけど、盾はドーザーにもなる。野戦築城をやって塞ぐなり、逸らすなりすればいい」
「工兵の真似事で溶岩を止められると?」
酷薄な口調の宇佐美誉大尉の瞳を、湯川進中尉は見た。
「宇佐美大尉。やっぱ俺も現実的じゃないって……頭じゃわかってても、納得できないですよ。可能性があるならやりましょうよ」
「ふん。通常の野戦築城でこの家を守るのは無理がある。が、私に考えがある。付いて来い」
立ち上がった宇佐美誉大尉が外に出る。
湯川進中尉らやお婆さんは困惑しながら、彼女に付いて行った。
「あの崖」
宇佐美誉大尉は天元山の火口と住居を結ぶライン――その脇にある大崖を指さした。
「あれを突き崩して、あの谷を塞いでしまえばいい」
◇◆◇
「本気……なのか」
半信半疑のまま94式不知火で駆けつけた沙霧尚也大尉は、作戦を聞いて絶句した。
谷に張り出した断崖――御守岩様と呼ばれているらしい――を74式近接戦用長刀で斬り崩し、火口から溢れるであろう溶岩を押し留め、同時にいまは水が枯れている水無川へ流してしまう。
それが第92戦術機甲連隊第13中隊の作戦だった。
いや、作戦というには突拍子がなさすぎる。
「沙霧大尉。本気だ」
機上の宇佐美誉大尉は挑発的に言った。
「市民の生命と財産を守るのが、帝国軍人の務めだ。故に、可能性があるならばやらざるをえまい――貸せ」
沙霧大尉機が差し出した74式近接戦用長刀。
その刀身を宇佐美誉大尉機が両腕で受け取った。
「それから戦略研究会、といったか」
「……」
「もう少し、軍の自浄作用を信用してはどうだ」
宇佐美誉大尉が突然切り出してきた話題に、沙霧大尉は通信が秘匿回線に切り替わっていることを確認した。
「……勘違いしている。俺は光州作戦から今日に至るまで、国家や軍の汚点を幾度となく見てきた。同時に光州作戦から今日に至るまで、高潔なる人々の意志に何度も触れてきた。国家や軍という組織は人の集まりだ。……貴様らのような衛士と刃を交える外道に堕ちるつもりはさらさらない」
それが沙霧大尉の偽らざる心情だった。
その真心を愚弄するように、通信が入る。
「ランサー1、パッパ1。こちらCP。24時間以内に天元山が大規模噴火を起こす観測結果が得られた。時間切れだ。これよりヘリボーン部隊が住民の強制排除に……」
ふん、と宇佐美誉大尉は鼻で笑った。
「CP、こちらパッパ1だ。これより92TSFRは西部方面司令部の命令に従い、オペレーション・
「パッパ1、こちらCP。そのような連絡はこちらに入っていないが」
「Need to Knowだ。交信終わり」
その翌朝、1機の戦術機が白煙を噴く天元山を睨んで立った。
「長野少尉、チャンスは一度きりだ」
「ん、了解」
中隊内で最も近接戦闘が得意な長野ふゆ少尉は、愛機に74式近接戦用長刀を大上段で構えさせた。
崖を突き崩して地形を変えるなど、本来ならば一戦術機にできる芸当ではない。が、シミュレーションの結果、テンペストで一気に急上昇して高度を稼ぎ、そこから反転噴射で位置エネルギー、速度エネルギーを乗せた一撃を叩きつければ、御守岩を崩して谷を埋めることができるはずであった。
「兵隊さん、もういいですわ。あんな娘っこに無理させて……兵隊さんには兵隊さんの戦いが……」
「婆さんにも意地があるように、あたしたちにも意地があるってこと」
そう言いだしたお婆さんを、脇に立つ西迫杏少尉は腕組みしたまま一瞥さえしない。
「なに山だかお山だか知らないけど、戦えるなら戦うよ――あたしたち」
「そんな時代になったんですなあ……。女でも戦える……待たなくてもいい時代に……」
お婆さんの言葉は、テンペストの咆哮に掻き消された。
「状況に変化あり! パッパ7が急上昇を開始しました!」
「モニターに映せ!」
不穏な動きをみせる第92戦術機甲連隊第13中隊を警戒すべく、無人偵察機を出していた作戦司令部もまた、長野ふゆ少尉機の動きに気づいていた。
「なぜ上昇した?」
「長刀を振りかぶっていますが」
「パッパ7、こちらCP。応答せよ。パッパ7、こちらCP。行動の意図を報告せよ。繰り返す――」
山肌を這うように炎を噴きながら急上昇していく鈍色の機体。
一瞬で、灰色に滲みつつある青空を嵐の王が衝く。
74式近接戦用長刀の切っ先は不動のまま、頭上に据えられている。
「天元山が、噴火しますッ」
「溶岩が第13中隊の方向へ流出――」
「くそ、何とかして彼らに通信を繋げろ……!」
眼下を見据えるテンペストの水色の瞳が、ぎらりと光った。
次の瞬間には断崖に体当たりするのでは、という勢いの反転急降下に移っている。
失敗すれば崖を切り崩せない、どころの話ではない。激突死が待っている。
「一宿一飯流ッ!」
にもかかわらず、長野ふゆ少尉は躊躇しなかった。
「――
大気渦巻く斬撃が、叩きつけられる。
斬る、というよりも渾身の思いを乗せた衝撃を伝える一撃。
「は?」
司令部要員が呆然とする中、地響きと砂煙とともに巨大な断崖の一角が動いた。
「CP、こちらパッパ7。作戦成功。交信終わり」
滑落した崖は谷を埋め、迫る溶岩を堰き止めてみせた。
「……意味がわからない」
司令部のスタッフたちはテンペストが危なげなく着地するまでを見届けた。
堰き止められた溶岩は、別の方向へ向かい始めている。
無人偵察機が捉える遠景には、地上に居並ぶテンペストと茅葺の住宅が映っていた。
「正気か」
「あの家を守るためだけに、あれだけのことを……」
「馬鹿げてる……」
しかしながら司令部の人間もまたどこか――安堵していた。