【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■111.死によってではなく、生きて、人を導いて。(前)

 

「新型OS?」

 

 第31中隊の衛士たちが新人だったのも、2年前の話である。

 横浜基地にローテーション配備された第92戦術機甲連隊第31中隊の実方成也少尉は、分隊を組む矢矧豪少尉に対して、興味なさげに聞き返した。

 話を振った矢矧豪少尉もまた、ベッドに寝転ぶ実方成也少尉に背を向けたままである。

 

「ああ。新型OSを搭載した戦術機と、従来型OSの第31中隊(ウチ)で比較試験をやるって。実戦形式らしい」

 

 言いながら矢矧豪少尉の手は止まっていない。

 

「(ステルス機)自動翻訳機能がオフになっている。国際法に則り、英語で交信せよ」

「(不知火)英語はクソくらえ。繰り返す英語はクソくらえ」

「(ステルス機)何……?」

 

 いま矢矧豪少尉の目の前では、劇画調の94式不知火がペイント弾を撃ち放ち、無敵を誇る他国軍のステルス機を撃破していた。夜闇の中、青く光るセンサーアイ。超至近距離の攻防で、返り血のように飛んだペイントが不知火の胸部を濡らしている。

 少し考えればステルス機――どう見てもF-22A――が積極的に無線で交信を行うはずがないし、演習とはいえ近距離戦を選択するわけがないのだが、ここは格好良さの問題だ。

 現役衛士である矢矧豪少尉が描く漫画は、軍関係者や戦時宣伝を担当する内務省関係者に好評だった。

 

「舐められたことに、新型OSを搭載した戦術機には任官したての新人が乗るらしい」

「……それだけの自信があるってことか」

 

 実方成也少尉は精神的に成長していた。

 変わっていないのは、BETAに対する敵愾心だけである。

 何もしても故郷といえる京都も、家族も戻ってこない。

 できることはBETAを殺戮して回ることだけだ。

 逆にいえば、それ以外のことにはあまり興味が湧かなかった。

 

 その翌日、鈍色のJAS-39CBアララトグリペンと、地球の青を纏った97式吹雪が横浜基地第2演習場にて対峙していた。

 彼我3個分隊、全6機。演習エリアは廃墟となった旧市街地を転用しており、戦術機が姿を隠せるような背の高い遮蔽物も多い。武装は突撃砲だけであり、長刀や短刀の類の装備は許されていなかった。当然、JAS-39CBアララトグリペンの固定武装も使用は禁止されている。事故を防ぐため、近接戦闘は認められていないのだった。

 

「これが訓練兵――!?」

 

 開始90秒で僚機を失った古野義一中尉は、廃ビルの影から砲撃する吹雪に応戦しつつ、頭上を跳ぶ吹雪を背面ガンマウントのフルオート射撃で迎撃して回避機動を強い、攻撃を許さない。

 その傍らでは胸部にペイント弾の直撃を受けたグリペンが、膝をついている。

 90秒でやられた衛士、五明大造少尉はおかしそうに笑っていた。

 

「いやーこれ、エースの動きですわ」

「死人が喋るな――ゴブリン3、ゴブリン4は俺に合流。6番機を殺る」

 

 古野義一中尉は即座に新型OSの特長を見抜いていた。

 おそらく熟練衛士が過去に残した機動を真似ているだけではない。行動のテンポが早いのだ。硬直時間が短いか、皆無に近い。新米衛士ならここで狩れるだろう、という予想を先程から覆され続けている。

 

「あそござ狙撃兵がいる!」

 

 傾いだ廃ビルの頂上から飛来するペイント弾に、比氣恵名少尉は展開していない前腕部ブレードを構えた。胸部ユニットを狙ったペイント弾は、スーパーカーボンでできた刀身の表面で弾け、腰部正面装甲や肩口を塗料で濡らすに留まった。勿論、防御だけには留まらない。左主腕を盾にしつつ、右主腕の突撃砲でカウンターを試みる。

 

「恵名さん、上ッ!」

 

 分隊を組む日和裕文少尉の叫びに、彼女は後方短噴射をかける。

 1秒遅れて、3点バースト射撃が路面を汚す。比氣恵名少尉機が頭上を仰ぐと、“06”の白文字を肩に記した吹雪が、日和裕文少尉機の対空射撃を躱すところであった。

 その6番機を撃墜するために、3機のJAS-39CBアララトグリペンが舞い上がる。

 

(特別に動きがいいあの6番機さえ撃墜できれば、流れは変わる)

 

 彼我、砲声が連続する。

 6番機は廃ビルを蹴りながら下降――それを古野義一中尉らは追った。自身らが釣り出されているのはわかっているが、あれを放っておくわけにはいかない。

 

「次の十字路で待ち伏せているぞ」

 

 6番機の背面ガンマウントによる自動砲撃を躱しながら、古野義一中尉は部下に声をかけた。実際そのとおりで、6番機が駆け抜けた十字路に達した瞬間、クロスファイアを浴びせるべく廃ビルの影から砲口が覗いた。

 フルオート射撃。それを予期していたグリペンはほぼ同時に地を蹴って、蛍光色の塗料が詰まった火網から垂直方向に逃れた。

 

「素晴らしい」

 

 何度見ても、という言葉を吞みこんで、モニターの前に座る西部方面司令官は呟いた。

 新米衛士であっても熟練衛士と同等の戦闘機動を可能とする新型OS・XM3。

 もしもこれが5年早く登場していれば、1998年の本土防衛戦の展開は大きく異なっていただろう。最悪でも帝都が陥ちることはなかったに違いない。西部方面司令官もXM3の早期開発に挑戦したことがあったが、XM3は概念を知っていれば開発できるというものではない。むしろ香月夕呼博士が用意したXM3用の高性能CPUの開発・製造の方が難しいまであった。

 一方、白衣を羽織った香月夕呼は、つまらなさそうに演習を眺めていた。

 

「XM3はオルタネイティヴ4の副産物にすぎないのよ」

 

「知っている。では“本命”は」

 

「完成間近よ」

 

「それはXM3の開発を務めた白銀武、という男のおかげか」

 

「……あれはただの訓練兵よ」

 

「では引き抜いてもいいか?」

 

「お生憎様。こっちも人手不足なのよ。A-01連隊もいまじゃ2個中隊――デリングとヴァルキリーだけになっちゃったしね」

 

 そうか、と頷きながら西部方面司令官は白銀武なる人物がやはり鍵か、と思った。

 実は彼は白銀武のことを知っている――もちろんデータ上の話ではあるが。徴兵制度が復活した日本帝国では、市町村単位で徴兵検査の対象年齢に達した男女の名簿が作成され、その地域の連隊区司令部と中央の国防省軍務局に提出することになっている。また徴兵検査の対象年齢に達しておらずとも、高い衛士適性を有する者を捜索するために、より若年層の個人情報も収集しており、80年代から国防省は膨大な個人情報を保有していた。

 故に西部方面司令官は“白銀武”という氏名だけでも、そのデータベースを利用することで、出身地や経歴を知ることができた。

 

(しかし偽か、真か)

 

 公的には白銀武は本土防衛戦が生起した折、行方不明――事実上の死者にカウントされている。

 

(いまあの06を駆っている白銀武が、ホンモノだとは思わない)

 

 目が肥えている西部方面司令官には、わかる。

 6番機の吹雪が見せている戦闘機動は新型OSによるものだけではない。おそらく数度に亘る実戦――それも対BETA戦・対人戦の双方――を経験して磨かれた戦闘センスによるところが大きかろう。

 1998年、99年前後に行方不明になった人間ができる操縦ではない。

 

「それより、頼まれてたやつだけどね……」

 

 香月博士は話題を変えた。

 

「……できてるわよ」

「それは重畳」

「付いてきて」

 

 警備兵をぞろぞろと引き連れて、香月博士と西部方面司令官は格納庫に向かった。

 

 ガントリーに固定されて直立している戦術機は、武御雷である。

 

 カラーリングは、黒。

 一見すれば一般兵仕様の00式戦術歩行戦闘機C型にみえる。

 しかし細部は異なっている。胸部ユニットが若干拡大しており、肩部のブレードエッジ装甲は取り外され、その代わりに巨大なフェーズドアレイレーダーを備えた外装に交換されている。

 

「こっちも副産物よ。まあオルタネイティヴ3の遺産ね」

 

 素っ気なく言う香月博士に、西部方面司令官は感嘆した。

 

「いやオルタネイティヴ計画――XM3とこれだけでも十分おつりがくると思うがね」

 

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