比較演習2日目。
晴天の下、第2演習場に集合した日本帝国本土防衛軍西部方面隊第92戦術機甲連隊第31中隊の衛士たちは、機上にて打ち合わせをしていた。今日は量産型のXM3を搭載した戦術機と実戦形式の演習を実施することになっている。
(ソフトウェアで不利ならば、ハードと技量で勝負するしかない)
それが中隊長を務める八倉世理子大尉の考えであった。
太陽光を浴びて輝く、ブレードエッジの刃――これが使えない時点でJAS-39CBアララトグリペンの持ち味のひとつは潰されている。しかしながら、吹雪や不知火と比較した際のグリペンの長所は、これだけではない。国内の中で最も小型な戦術機であることだ。昨日と同じ旧市街地を転用した演習場であれば、そのメリットを活かせる。
八倉世理子大尉は遮蔽物となる廃墟からセンサーマストだけを出し、ファーストルック、ファーストシュートを再度心がけることを中隊衛士らと確認した。
(きょうはF-15が相手らしいし……気合入れ直していこう!)
サイウン12・竹島繭子少尉は頭に叩きこんだ対戦表を思い返していた。
昨日とは違い、今日の相手は実戦機のイーグルや不知火である。衛士の腕前も、吹雪を駆っていた新任少尉と同等かそれ以上であろう。気を抜いていれば、容易にやられる。
「サイウン1、こちらHQ。現在、そちらに補給車輌を廻した。到着次第、補給に移れ」
「HQ、こちらサイウン1。了解」
補給といっても突撃砲の弾倉に、演習用のペイント弾を装填するだけだ。
「B小隊、装填完了」
「C小隊、装填完了」
C小隊を率いる古野義一中尉が報告した瞬間、大気が震えた。
JAS-39CBアララトグリペンの震動センサーが、一斉に異常を報せる。しかしながらそれは地表、地中からの音響ではない。典型的な爆発音――具体的には戦術機が撃破される轟音を彼らは捉えていた。
……。
「HQ、こちらホーネット1。爆発音が――」
次の瞬間、外壁だけとなっていた廃ビルをぶち破って現れた突撃級が、国連軍仕様の77式撃震を吹き飛ばした。千切れた腰部装甲板が塀に突き刺さる。それに遅れて、宙を舞った撃震は背面から廃ビルに激突。外壁を突き崩しながら、倒れ伏した。
「なんでBETAが……!」
「くそったれ、ホーネット1、2がやられた!」
「HQ、こちらホーネット3! 第2演習場トライアルエリア2においてコード911を宣言する!」
「ホーネット3、こちらHQ。敵の侵攻を阻止しろ」
「ふざけてんのか!? こっちは丸腰なんだぞ!」
上体を起こした撃震――ホーネット1は次の瞬間、突撃級に衝角を叩きつけられていた。
大きく陥没する胸部ユニット。
それを同小隊の衛士たちは、見ていることしかできなかった。
「ホーネット3、こちらHQ。繰り返す、現在地にて敵の侵攻を阻止しろ」
「くそったれ――ホーネット4! 大型種は無視して、兵士級どもを踏み潰す!」
「ホーネット3、こちらホーネッ゛」
「どうしたッ!」
要撃級の前腕に主脚を刈られて転倒し、続く2撃目で胸部ユニットを粉砕される撃震――ホーネット4。
その脇から飛び出した要撃級の攻撃を、ホーネット3は最大出力で垂直方向に跳んで躱した。いくら非武装でも、戦術機は三次元的な機動が可能である。光線級さえいなければ、地べたを這いまわるBETAに一方的にやられるわけがない。
そんな事実を改めて確認し、安堵する撃震の衛士。
が、彼は次の瞬間、けたたましい警報を耳にした。
「初期照射警報!?」
慌てて反転降下へ移行する。
が、それが良くなかった。先行量産型XM3を搭載していた機体は鋭敏に反応し、衛士の予想よりも早く急降下を始め、慌てた彼は姿勢を立て直すことに失敗していた。撃震は大破しながら廃墟を薙ぎ倒し、瓦礫の山に突っ込んで、止まった。
「HQ、こちらクラッカー1だ! エリア1にも敵が侵入した! 後退する!」
不用意に高度を取っていた撃震が本照射を浴びて爆散し、火焔と鋼鉄の雨を降らせる。
「クラッカー1、こちらHQ。後退は認めない。戦闘機動にて敵を攪乱せよ」
この時点で基地司令部は、演習場の戦術機に現在地の死守、ハンガーに待機中の戦術機に武装と武器弾薬の搬送を速やかに命じていたが、状況は厳しい。
不自然なほど唐突なBETAの出現に居合わせた演習場の戦術機たちは、前述のとおり74式長刀の携行さえ許されない非武装状態であり、丸腰の状態でBETAを翻弄――時間を稼がねばならない。一方で演習場に近接したハンガーにはペイント弾が山積みになっているような状態で、36mm焼夷徹甲榴弾が装填されている弾倉はひとつも用意されていなかった。
司令部も現場もハンガーも、混乱の極致にいた。
「A207。こちらシャーク1。ここはあたしたちが維持する――貴様らは37番ハンガーに向かい、突撃砲を持ってこい!」
「中尉殿! 全機でハンガーまで――」
「ちょっと、白銀!?」
演習場の一角では、97式吹雪の新任少尉たちと77式撃震を駆る衛士たちが合流を果たしていた。
「A207・06! ここは誰かが残って食い止めなければダメなんだよ!」
「じゃあ俺たちが戦力にならないってわけですか!? 言っときますけど、そっちの撃震は古いOSですよね!?」
「ラリってんじゃねえ! 弾薬が重要だからこそ、機動性に優る貴様らに武器の搬送を命じているんだ――くそっ、要撃級が来るッ!」
吹雪と撃震が眦を上げる。
その先には数体の要撃級。
突撃砲さえあれば容易く撃退できる敵――だが非武装の撃震で足止めしようと思えば、旋回能力の高い要撃級は悪夢そのものである。
「俺が――!」
「白銀!」
「6番機、冷静になれ」
次の瞬間、銀翼が吹雪と撃震の合間を翔け抜けた。
サーフェイシング。土埃を巻き上げながら要撃級に殺到する。対する要撃級は迎撃のために、前腕を横殴りに振るわんとする。それに合わせるように、古野義一中尉は短噴射跳躍をかけ――宙に浮いた刃の塊は膝部のブレードエッジ装甲から要撃級の背中にダイブした。
その横では要撃級の大振りの一撃を横っ飛びで躱したJAS-39CBが、右主腕のスーパーカーボンブレードで要撃級の脚部を数本斬り飛ばしていた。バランスを崩す要撃級。僚機のJAS-39CBがその顔面に刃を突き立て、速やかにその息の根を止めている。
「帝国最強、
「A207・01。こちらサイウン9。帝国最強を自称したことはないが――確かにこの場では最強かもしれないな」
古野義一中尉は血肉の海の中で機体を起こすと、駆けてくる戦車級を捕捉した。
後衛小隊を率いる身としてはBETAとの近接戦闘など御免被りたいところであったが、いまここで敵を殺せるのは、固定武装が充実しているこのJAS-39CBアララトグリペンのみだ。
「HQ。こちらサイウン1――」
八倉世理子大尉は飛びかかってきた戦車級を斬り伏せ、主脚で踏み潰した。
「このエリアのBETAは排除した。次の目標を報せ」
◇◆◇
横浜基地における研究用サンプルのBETA脱走――それがもたらした混乱は第92戦術機甲連隊第31中隊の活躍によって、急速に終息へ向かった。演習場に姿を現したBETAの個体数は50に満たず、また光線級も数体に過ぎなかったため、対BETA戦に精通した第31中隊の衛士が駆るJAS-39CBアララトグリペンは容易くこれを排除できた。
幸いにも基地施設に対する損害はなし。
戦術機は、といえば大破・全損機合わせて7機が使い物にならなくなっていた。
その7機のうちに国連カラーの97式吹雪が1機、含まれている。
「ちくしょう……」
「ずいぶんと派手にやられたわねえ」
瓦礫の中に仰向けにうずくまる97式吹雪。
その前で座りこむ衛士の背中に、制服姿の軍曹が語りかける。
「月並みな言い方だけど……生き残ることも才能よ? 白銀はきょう生き延びた。胸を張りなさい」
「……やめてくださいよ」
「あなたがきょうまで生きてきたこと、きょうを生き延びたこと、あしたも生きていることで、たくさんの人が救われるわ。抽象的かしら……具体的に言えば新型OSだってまだまだ詰めが甘いところがある。あなたが完成させるのよ。あなたが完成させて、多くの衛士を救うの」
「たくさんの人を救う? 俺が? 俺はそんな……最低ですよ。舞い上がってたんです。XM3を開発して、帝国軍最強の戦術機部隊を圧倒して、これで人類を救えるって。でもどうだ……ご覧の有様ですよ」
「……」
「いざBETAが出てきたら頭が真っ白になって。ペイント弾を撃ちまくってました。殺せるわけないのに、パニックになって。1日目に勝った勝ったと俺がはしゃいでた相手が冷静に敵をやっつけてる中、俺はコックピットで泣き喚いているだけだった。俺は……大バカの臆病者だ」
「大バカの臆病者でいいと思うわ」
「え」
「泣き喚いても、大バカでも、臆病者でも、生き残れば明日がある。それを積み重ねて――白銀は何十年と生き残って。ひとりでも多くの人を守って欲しいの」
「……できますかね、俺に」
「できるかどうかじゃなくて、やるのよ」
「……」
「私は昔、学校の先生になるのが夢だったの」
「え?」
「意外でしょ」
「そんなこと、ないです」
「でも皮肉よね。戦争のせいで教師になれなかった私が、衛士訓練学校の教官をやってるんだから……」
「……」
「教員資格を取るための大学を中退して陸軍士官学校に入ったこと、私は後悔してない。でも10年後、20年後――同じように夢を諦めたり、夢を壊されたりするような世の中であって欲しくはないわ」
「……」
「白銀には1日でも生き延びて、誰かの夢を守る、それから――自分の夢を叶えられる人になって欲しい。そう、思ってるのよ」
「……」
「人類を救う。あなたと同じ歳の頃、私も同じくらい熱かったなあ。こんな戦争、さっさと終わらせてやるんだあーって。だからこそ先輩からのアドバイス。まずは自分を認めて、1日1日できることを増やしていきなさい――以上!」
「……ありがとう、まりもちゃん」
「だからまりもちゃんは――」
弛緩していた空気に、ヅヅゥ、という異音――戦術機の外部スピーカーが起動する音が響きわたった。
「後ろォ! 兵士級!」
「間に合わん、伏せろ戦友ッ!」
白銀武は何のことかわからないまま、背後を振り向いた。
が、神宮司まりもは実戦勘と同じ衛士に対する信頼から、振り向きもせずにその場に伏せた。
次の瞬間、高速で飛来した36mm弾が兵士級の頭部を擦過――それだけでその上顎から上の部分をすべて虚空へ吹き飛ばし、下顎部もまた粉砕していた。ぶち撒けられる体液と肉片。ぐらりと前後に揺らいだ兵士級の巨体は最終的には前のめりになり――。
「え、まりもちゃん?」
伏せたままの神宮司まりもを圧し潰していた。