【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■113.発動、甲21号目標作戦!

 

 香月夕呼博士は、西部方面司令官の思考を理解できない。

 彼女が仕組んだ研究用BETA脱走・襲撃事件が解決したあと、西部方面司令官は第92戦術機甲連隊第31中隊を八代基地に帰還させている。同時にオルタネイティヴ第3計画・第4計画のシナジーの産物であるATD-X・2号機(Alternative Technological Demonstrator-X・2nd)も八代基地に持って行ってしまった。

 それだけではなく理由をつけて、甲21号目標作戦における日本帝国航空宇宙軍の作戦拠点を種子島基地に設定し、噂ではさらに種子島基地へ西部方面隊の余剰物資を集積しているらしい。

 何やら次なる作戦に向けた準備に邁進しているようだった。

 

(何をそこまで焦っているのかしら)

 

 オルタネイティヴ4推進派にとって、ここ最近のタイムスケジュールはかなりギリギリだったといっていい。年内にオルタネイティヴ第4計画が何某かの成果を出せなければ、計画は第5計画に移行していたであろう。しかしながら、その懸念は一応、過去のものになった。白銀武を利用することで、00ユニットは完成したのだから。

 

 問題は確かにある。

 彼女の友人、神宮司まりもが負傷した。

 それにショックを受けていたのかもしれないが、00ユニットと対面した白銀武は「この世界は狂っている」と喚き散らして、元の世界へ逃げ出した。

 

「まりも、元気そうじゃない。心配して損したわ」

 

 多忙の合間を縫って香月夕呼は、神宮司まりもを見舞いに行った。

 

「これが元気そうに見える? 心配しなさいよ」

 

 ベッドで横になっている神宮司まりもは、はあ、と溜息をついた。

 前のめりに倒れた兵士級の死骸に挟まれて両足を捻挫、肋骨に一箇所だけヒビが入っている――BETA絡みの負傷としては程度は軽いものの、いますぐ十全に動ける体ではない。生身で兵士級の血肉に(うず)まったため、有害物質を取りこんでいないか、精密検査も必要だといわれていた。

 

「ただ……私が心配なのは白銀よ」

 

 神宮司まりもは世間話もせずに、自身がいちばん気になっていることを切り出した。

 

「白銀が“自分のせいで”なんて気にしてちゃ、目も当てられないわ。白銀は?」

「新兵器の調整に廻ってもらっているわね。まあ凹んでるのは事実だけど、放っといてもすぐ立ち直るでしょ」

 

 香月夕呼は平然と嘘をついた。

 白銀武はもうこの世界にはいない。

 おそらく戻ってくる可能性は高い、と踏んでいるが。

 

(あたし、やっぱり地獄行きね)

 

 微笑む親友の顔を見て、彼女は安堵していた。

 BETAを故意に演習場へ解き放ったのは、香月夕呼本人だ。つまり彼女は、自身の選択によって、神宮司まりもを死に追いやってしまう可能性もあった。すんでのところで兵士級を射殺した第92戦術機甲連隊の衛士には、感謝してもしきれないだろう――勿論、表には出さないが。

 

 香月夕呼が神宮司まりもを見舞った翌日、白銀武も帰還した。

 

 前述のとおり00ユニットも完成している。

 佐渡島ハイヴ・鉄原ハイヴ攻略用の凄乃皇弐型が2機、オリジナルハイヴ攻略用の凄乃皇四型もまた実戦投入の目途がついていた。

 甲21号目標作戦は12月25日に実施されることになっている。

 順調にいけば来年の1月には甲20号目標の攻略に着手することになるだろう。

 確かに結果を出せなければ、いつ打ち切られてもおかしくない“綱渡り”をしていることには変わりないが、それでも予測の範疇を超えてはいない。

 

 ……。

 

 横浜事件から、約2週間後。

 日本帝国本土防衛軍西部方面隊は、第92戦術機甲連隊と最低限の防衛戦力を除いた全戦力を佐渡島ハイヴ攻略作戦に投じることになっていた。帝国軍参謀本部の一部は第92戦術機甲連隊の参戦を臨んでいたが、西部方面司令官が第4師団、第8師団をはじめとした数個戦術機甲師団を自ら提案したため、大きな問題にはなっていない。

 また第92戦術機甲連隊から戦術機こそ出ないが、櫻麻衣大尉、宿野部東中尉、十六良世少尉がスェーミナとともに、Tu-119にて作戦に参加することになっていた。

 

「チェックリスト」

 

 2001年12月25日の天気は、穏やかであった。

 Tu-119の機長席に座った櫻麻衣大尉は、離陸前の機器チェックを宿野部東中尉に命じた。

 

「ねえ、あいつ、殺そ?」

 

 幻聴というにはあまりにも明瞭な声がした。もしかすると自分の口で言ったのかもしれないが、自覚はない。着用している衛士強化装備からは、血と硫黄の臭いがしている。それから焦土と焼けた肉の臭いが鼻を衝いた。だが騒ぐ必要はない、異臭では人間は死にはしない。

 離陸前のチェックリスト確認を始めた宿野部東中尉。その頭越しに見えるのは、風防に張りついた死体だ。要塞級の溶解液でも直撃したか、衛士強化装備の保護被膜と人体がどろどろになって一体化してしまっている。邪魔だ、と思った。これでは前方が見えないではないか。

 途端、小さな異音がする。自動で薬剤が投与されたのだろう。衛士強化装備の感覚欺瞞も働く。とはいえ、ここ最近は薬剤と衛士強化装備の感覚欺瞞の双方を以てしても、五感に対する幻覚の侵食を抑えきれなくなってきている。

 

「福岡コントロール。こちらシュービル。滑走路進入許可を求めます」

「シュービル。こちら福岡コントロール。そのまま待機せよ」

「福岡コントロール、シュービル了解」

 

 宿野部東中尉ははあ、と溜息をついた。

 予定よりも大幅に早い。滑走路を見やれば、V-22オスプレイが離陸するところであった。

 

「しばらくこのままでしょう。……スェーミナもそれ外して少し楽にしてた方がいい」

 

「了解」

 

 緑がかった黒い髪と、青白い肌の持ち主は大仰なヘルメットを外し、虚空を見つめた。

 

「スェーミナ」

 

 櫻麻衣大尉は声の調子に険が混じらないように注意しながら、呼びかけた。

 

「調子は大丈夫か」

「パフォーマンスに問題はありません」

「ならよかった」

 

 こくりと頷いたスェーミナの仕草と、俯いて獲物を捜す兵士級の動作が重なってみえる。BETAが人間のふりをしている。実際、スェーミナは無秩序に生命を刈り取る怪物ではないと、頭では理解している。が、感覚的な嫌悪だけはどうしようもなかった。

 一方のスェーミナは、じっと櫻麻衣大尉の顔を見つめた。

 

「……すみません」

「どうした」

「なにか、不快でしょうか?」

 

 スェーミナは無表情だが、その黒い瞳には不安が滲んでいた。

 

「いや……」

 

 櫻麻衣大尉は、言い淀んだ。

 

「何も不快ではない。ただ、私はスェーミナのことをあまりよく知らないからな……無意識のうちに壁を作っていたのかもしれない」

 

 そう言って、誤魔化すのが精一杯だった。

 スェーミナは頷いてからまた正面を向き直す。

 その正面を向き直す仕草は、要撃級の尾部感覚器の動きとよく似ていた。

 

 甲21号目標作戦における核戦略長距離偵察機Tu-119の役割は、弾着観測や航空偵察である。能天気にやれる仕事では決してない。重金属雲の切れ目を狙って飛行しつつ、飛び交う砲弾を躱しながら、無人機でも監視できないエリアを選択してモニターしていく。

 

 しかしながらこの日、Tu-119はもうひとつささやかだが重大な任務をこなすことになるのであった。

 

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