2001年12月25日。
佐渡島ハイヴが想定以上の個体数を収容しており、また万単位のBETA群が佐渡島攻略部隊を無視し、手薄になっている日本海沿岸へ侵攻せんと行動を始めたことから、国連オルタネイティヴ第4計画司令部は、伊隅みちる大尉が意見具申したXG-70bの主機暴走による
かくして同日15時30分には佐渡島ハイヴは、XG-70bとともに消滅した。
翌日には戦術機部隊の陽動作戦と新型爆弾の投下によって、甲21号目標の攻略作戦は成功したと発表がなされた。
大多数の地球人類、帝国臣民からしてみれば、試合内容はどうであれ、勝ったことには変わりはない。
国連太平洋方面第11軍および日本帝国本土防衛軍は、甲22号に引き続き、甲21号目標の殲滅に成功――しかも甲21号目標作戦で生じた損害は、予想を遥かに下回る形になった。
その理由はTu-119の観測の下、XG-70bが作戦発動直後から荷電粒子砲による長距離砲撃を実施し、多くのBETAを葬ったためである。また予想以上の敵個体数に突入自体を断然したこと、敵増援が擱座したXG-70bに向かい、退却を開始した上陸部隊をほとんど無視したことが要因として挙げられよう。
こうした事情で佐渡島の崩壊に伴って日本海沿岸部の軍施設は被害を受けたものの、国連太平洋方面第11軍・日本帝国本土防衛軍は投入した機動部隊(3個戦術機甲師団・18個戦術機甲連隊)の大部分が退却に成功。
「国連太平洋方面第11軍司令部に、甲20号目標作戦計画を提案したところよ。作戦予定日は1月上旬を予定しているわ」
12月26日。
日本帝国本土防衛軍西部方面隊健軍基地にて西部方面司令官は、横浜基地の香月夕呼博士と通話していた。秘匿回線とはいえ、帝国政府あるいは米国など他国政府に盗聴されていることが前提の会話になる。が、両者はさして気にしていなかった。
「甲20号目標――鉄原ハイヴ攻略作戦か」
「ええ。反応炉破壊のための突入部隊には、第92戦術機甲連隊を推薦しておいたから」
「了解した。航空宇宙軍種子島基地に連隊を移動させる」
西部方面司令官は手許のメモに目を落とした。
そこには1998年の本土防衛戦から始まり、今年生起するはずであった12・5クーデター事件、速やかな撤退が叶った甲21号攻略作戦によって“イレギュラー”となった戦力が文字情報として残っている。第92戦術機甲連隊を横浜基地に廻す必要は、もはやないだろう。しかし佐渡島ハイヴから撤退後、本州にて補給や修理を受けている西部方面隊所属部隊は少なくない……。
……昏い瞳をいま一度持ち上げて、モニターを見る。
対する香月夕呼は、少し意外そうだった。
「……驚かないのね」
「そのための決戦部隊――第92戦術機甲連隊だ」
◇◆◇
「作戦を説明する」
12月26日の夜。
第92戦術機甲連隊本部・作戦担当幹部の園田勢治少佐は、第92戦術機甲連隊の全衛士と集められた手隙の全隊員の前に立っていた。
「国連安全保障理事会および国連統合参謀会議は、甲20号目標攻略作戦の発動を決議した。時期は2002年1月上旬。参加戦力は国連太平洋方面第11軍、韓国軍をはじめとする大東亜連合、日本帝国軍となっている」
(早い――!)
と、一同は思った。
佐渡島ハイヴの次は鉄原ハイヴ、と誰もが覚悟をしていたことではあったが、正直に言って1月もせずに鉄原ハイヴ攻略作戦に移るとは思ってもいなかった。
「甲21号目標作戦から次なる甲20号目標作戦まで、時期的間隔はほとんど空かない。この理由は佐渡島に投入した我々の新兵器への対策が練られる前に、甲20号目標を攻略し、日本帝国および極東における脅威をひとつでも取り除くためだ」
甲21号目標作戦では国連軍の新兵器が緒戦からBETAを圧倒したことを、彼らは聞き及んでいる。基本的にBETAは物量と速度で人類を圧倒してくるが、1973年に光線級を投入したように、脅威に対して無為無策でいるわけではない。可能であれば速やかに甲20号目標を叩き潰してしまえ、というのは道理であった。
「作戦は3段階から成る。第1フェイズは国連宇宙総軍による鉄原ハイヴへの軌道爆撃と、日本帝国航空宇宙軍の釜山に対する軌道爆撃だ。双方とも重金属雲の展開と、地表の敵個体数の漸減が目的となっている。同時に国連太平洋艦隊と大東亜連合海軍は、朝鮮半島東海岸に対する艦砲射撃を、日本帝国連合艦隊は朝鮮半島南東部への艦砲射撃を実施する」
「続く第2フェイズは渡洋攻撃による陽動作戦だ。1週間後に再編完了予定の日本帝国大陸派遣軍が釜山に上陸し、鉄原ハイヴの収容個体を可能な限り南東へ惹きつける。同時に国連太平洋第11軍と大東亜連合軍は朝鮮半島東海岸に強襲上陸し、ハイヴからの敵地上増援を誘引する」
第1・第2フェイズは確立された対ハイヴ戦術のセオリー通りである。
国連太平洋艦隊、帝国海軍連合艦隊は甲21号作戦の際に膨大な弾量を消費したが、ここは勝負どころだ。帝国側にしてみれば、仮に甲20号作戦が失敗したとしても万単位のBETAを間引きできればそれでいい。
「BETAの第3次増援を確認次第、第3フェイズに移行する。第3フェイズでは国連太平洋第11軍に護衛された新兵器で、鉄原ハイヴを長距離砲撃。続けて国連宇宙総軍軌道降下兵団、日本帝国第92戦術機甲連隊が鉄原ハイヴに軌道降下強襲を実施する。同時に韓国陸軍はハイヴ外縁部の
今回の甲20号目標作戦で最も士気が高いのは当然、韓国陸軍であろう。他のハイヴと地続きであるため、甲20号目標の攻略が成功したとしてもそれが速やかな国土復興に繋がるわけではないが、まずは朝鮮半島からハイヴを排除しなければ始まらない。
「自然環境に甚大な影響をもたらす新型爆弾ではなく、通常兵器によるハイヴ攻略初成功――その栄誉を諸君ならば勝ち獲れると信じている」
2001年12月30日には、日本帝国西部方面隊第92戦術機甲連隊全所属中隊は日本帝国航空宇宙軍種子島基地に集結完了。同時に航空宇宙軍の再突入駆逐艦も種子島基地に集結、中隊機の搭載作業を開始することになっていた。
(今度こそ生きて帰れないかもしれない)
第92戦術機甲連隊の衛士たちは、戦意と不安が入り混じった昂揚とともに、遺書の更新と私物の整理を始めた。
「……」
櫻麻衣大尉はスェーミナとともに、格納庫に搬入された戦術機を見ていた。
複座型の武御雷。外装が黒一色なのは、パッシブ・ステルス技術の試験のためらしいが、次の作戦を思えば、こちらはあまり重要ではない。大型の肩部ユニットと増設されたフェーズドアレイレーダーは、これが戦闘のためではなく、何か別のために製造されたことを示している。
櫻麻衣大尉とスェーミナは、次の作戦ではこの複座型の武御雷に搭乗することになっていた。
「スェーミナ、問題はないか」
「……92TSFR・11spd(第11中隊)に問いたい」
唐突な質問に、櫻麻衣大尉はスェーミナの黒い瞳を睨みつけた。
「12月25日14時59分の戦術的判断について。A-02の構成要素の救援に至った判断材料を教えてほしい」
やはりそれか、と櫻麻衣大尉は思った。
スェーミナの思考は人外じみている。
櫻麻衣大尉からすれば、あれはローリスクで戦友を救助できる状況だった。
が、櫻麻衣大尉の勘と、スェーミナの外部に対する価値評価による判断が致命的までにすれ違っている。
「うまく説明できない。保留だ」
「……」
逆に、と櫻麻衣大尉は口を開いた。
「次の作戦はハイヴの攻略で、極めて危険な任務になる」
「了解しています。その上で、作戦参加を希望しています」
「なぜだ?」
「存在は92TSFRの構成要素であり、92TSFRの活動に参加したいからです」
「なぜ92TSFRの活動に参加したい?」
「存在が92TSFRの活動に参加したい理由は、存在が92TSFRの構成要素だからです」
実際のところスェーミナは、第92戦術機甲連隊に居場所を見出していた。
それ以前に彼女が知っている組織、環境というのは非人道的なそれであった。
そこに所属しているという事実はあっても、帰属意識までは芽生えない。
しかし第92戦術機甲連隊は違った――というわけだ。
ただ不幸にもスェーミナは絆や仲間、つながり、といった言葉を知らないため、自身が戦いに赴く理由をうまく説明できなかった。
だがそのあたりの機微など、櫻麻衣大尉は手に取るようにわかる。
「……それに近い。私は人類の構成要素だからな。同じ人類の構成要素を助けたいと思うのは自然なことだ」
伊達に何万年も生きているわけではないのだから。