【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■12.F-14Nノラキャット(2)

「明日にはF-8Eのメーカー修理の準備を完了させる」

 

 F-8Eから成る第22中隊の帰還とF-14Nの配備により、第92戦術機甲連隊の整備補給隊は繁忙することとなった。

 F-14Nに関しては、まず分解が必要だ。お払い箱となったノラキャットたちのフレームや電磁伸縮炭素帯の具合を確認・点検しなければならない。

 が、それよりもまず優先されたのは、光州作戦を経験したF-8Eを、ボード・エアクラフト社のメーカー修理に出す準備をすることだった。細かい部品の修理は勿論、小規模な破損ならば、第92戦術機甲連隊の整備兵たちは部品を新造してしまうだろう。しかしながら、基礎フレームの破損など現場の努力では手の施しようがない場合もある。そのため激戦の後は、部隊で戦塵やBETAの体液を洗い流し、さっさと工場に送り出してしまうことが多い。

 

「ご苦労――明日送り出したら、このF-8Eはいつ戻ってくるかな?」

「はい。ボード・エアクラフト社担当者の方いわく、“最優先かつ最速でやるがそれでも2か月はかかる”とのご回答でした」

 

 帰還早々にF-14Nの起動間点検と、F-8Eの搬出作業の指揮を監督することとなった戦術機担当幹部の久野平太大尉の返事に、東敬一大佐は安堵した。間引き作戦を割り当てるくせに、西部方面司令官からは「万全の状態で今年の夏を迎えよ」と厳命されていた。2か月後――遅延したとして3か月後になったとしても、まだ5月である。

 

「此度の戦役での第92戦術機甲連隊のご活躍を伺いました。八代市民を代表して、感謝申し上げます」

 

 日本帝国本土防衛軍西部方面隊・葬儀事務中隊と入れ違いに八代基地にやって来たのは、八代市長の博田奉義であった。出迎えた東敬一大佐と第22中隊の衛士たちだが、わざわざ博田奉義市長はテレビくまもとの取材班を引き連れており、東敬一大佐と固い握手を交わした瞬間を撮影させていた。

 

(人気取りかよ――)

 

 と、その場に居合わせた雨田優太少尉は苛ついたが、さすがに口に出すほど子どもではない。2年前からの退避勧告によって八代市民の市外・県外避難が進んでいるため、次の市長選は不在者投票が重要になる。メディアを使ったアピールの機会があれば、逃したくないというところなのだろう。

 実際のところ、顔面にスマイルを張りつけている東敬一大佐もうんざりであった。明日は何某という熊本県議がやって来る予定になっている。第4師団、第8師団か、健軍基地にでも全員行ってくれ、というのが正直な感想だった。

 

「八代市民をはじめ九州一円の臣民が、自身の郷里へ早期に戻ってこられるように軍民ともに力を合わせましょう」

 

 と、博田奉義市長はテレビカメラの前でそう演説したが、本土防衛軍第92戦術機甲連隊の面々は、半ばしらけていた。朝鮮半島から撤退したということは、すなわち人類の戦線が後退したということであり、九州地方が戦場になる可能性はかえって増しているというのに。

 それに日本帝国本土防衛軍西部方面隊の将兵としては、光州作戦が「成功」と喧伝されると、それはそれで困るのだ。なんとか説き伏せて鹿児島県や宮崎県に避難させた市民や、西部方面司令官と結託した関係各所が主導し、北海道・東北地方へ避難させた人々が戻ってくれば、元の木阿弥である。

 牽制のためか、東敬一大佐もカメラの前で「人類と帝国を取り巻く情勢は、厳しいままです。むしろ東亜を侵食するBETAと帝国軍の一大決戦の日は近づいたといえます。人類勝利のため、いまはただ精励恪勤――錬成に努めるのみです」とコメントしたが、これがテレビ局側で使われるかはわからなかった。

 

 さて、朝鮮半島に出征しなかった予備機を除いた所属機のほとんどがメーカー修理に出され、しばらくは来客の応対や取材に駆り出されることとなった第22中隊の衛士とは対照的に、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊の衛士たちは、興奮と動揺の渦中にいた。

 F-14Nノラキャットが配備されたのは、この第11中隊である。

 

「わんわん中隊にノラキャットですか」

 

 F-14Nが廻されることを知り、格納庫の隅に集合した第11中隊のA小隊長・C小隊長・中隊長で行われたミーティング――第11中隊C小隊長の鵜沢心菜中尉は、困ったような曖昧な笑みを浮かべた。F-4J撃震からF-14Nノラキャットへの機種転換。本来ならば諸手を挙げて喜ぶべき第1世代戦術機から、第2世代戦術機への乗り替わり。しかしながら、この戦況では――。

 

「言いたいことはわかります」

 と、中隊長の櫻麻衣大尉はうなずいた。

 銀縁の眼鏡をかけた彼女は、怜悧な印象を周囲に与える。

 そして彼女は平静に、言葉を続けた。

「わんわん中隊にキャットというのは、大問題です」

 

「え」、と聞き返した鵜沢心菜中尉の横で、寡黙な野武士といった空気感を纏う日高大和中尉はうんと頷いた。

 続くのは3秒の沈黙。この沈黙で鵜沢心菜中尉は、改めて悟る。ツッコミ役の不在。

 

「あー、えーっとですね。私が言いたいのはそれもあるんですが、ウチの中隊がF-4J撃震からF-14Nノラキャットに乗り替わりとなったのは、何か作戦を任されるからではないでしょうか?」

「なるほど、さすが機略では左に出る者がいない鵜沢中尉です。つまり西部方面隊最強を誇るわんわん中隊にいよいよ出番が廻ってくる、というわけですか」

 

 右人差し指で伊達眼鏡の位置を直す中隊長の櫻麻衣大尉に対して、鵜沢心菜中尉は心の中で「右に出る者がいない、です」と訂正した。しかしながら、彼女は同時に、重大な作戦を任されるかもしれないにもかかわらず、恐怖も不安もみせることなく平然としている――あるいは何も考えていない――櫻麻衣大尉と日高大和中尉に畏敬を抱いた。

 ちなみに西部方面隊において最強であるかはともかく、第11中隊は第92戦術機甲連隊の中でも戦術機操縦適性が高く、また実機総操縦時間が長い熟練者が集められているため、連隊最精鋭中隊と目されているのは事実であり、その自負は鵜沢心菜中尉にもある。しかしながら、自身の腕に絶対の自信があるわけではなし。

「もしかしたら済州島の応援や、対馬島といった最前線の警備に廻されるかもしれませんよ」

 と、激戦地に廻される可能性を示した鵜沢心菜中尉だが、櫻麻衣大尉は「いまの第11中隊はF-14Nの配備で鬼に金棒状態。犬に猫が合わさり最強にみえると誰もが賞賛するでしょう」と動じる様子がない。

 日高大和中尉もまた、うんと頷いた。

 このふたりに相対する鵜沢心菜中尉は、混乱し始めた。もしかして、私が心配しすぎているだけ? と思ってしまうほどだった。

 そんな彼女の心境を知ってか知らずか、櫻麻衣大尉は「とにかく」と話をまとめにかかった。

「いまは部隊名と機体名の齟齬や、まだ与えられていない任務について、あれこれ議論しても仕方がありません。シミュレーターを使用した機種転換訓練の準備にとりかかりましょう」

 

(いつもそうだけど、最終的に話をちゃんと着地させるんだよね、櫻さん……)

 

 鵜沢心菜中尉は溜息を押し殺した。

 はっきり言って、わんわん中隊の衛士は、一般常識というものを訓練兵の総仕上げである総合戦闘技術評価演習に置いてきたような輩ばかりである。そんな中隊でも彼女がやっていけているのは、櫻麻衣大尉をはじめとする衛士たちが抜けていても人が好い者ばかりであることと、彼らが尊敬に値する操縦技能を有しているからだった。北部方面隊第7師団から放逐された櫻麻衣大尉以下、経歴に傷がある者も少なくないが、多少の問題はあっても戦術機を操らせれば滅法強いのである。

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