死闘の続くオリジナルハイヴから遠く離れた日本帝国航空宇宙軍種子島基地では、飲用水や食料品をはじめとして新品の気密兜、気密兜の交換用フィルター、衛士強化装備の替え、天幕――衛士たちが生き残るために必要な物品が収められたコンテナを、再突入駆逐艦用のカーゴに搭載する作業が行われていた。
――作戦は絶対に成功する。
そう確信しているからこその作業。
種子島基地のスタッフたちは吉報を信じて、それに従事していた。
不毛の地であるオリジナルハイヴに物資を投下し、救助が来るまで衛士たちを生きながらえさせるなど非現実的に思えるかもしれない。が、実際のところ人類は30年以上前に月面でBETAと戦争をしている。それに比べれば、種子島基地とオリジナルハイヴの間に補給線を設けることは遥かに容易いことだった。
第92戦術機甲連隊長兼八代基地司令の東敬一大佐や、連隊本部のスタッフたちも自分たちが待つことしかできない歯がゆさに焦れながらも、種子島基地から八代基地に戻り、自身らの業務を進めていた。
外国製戦術機の運用ノウハウが蓄積されている八代基地はいま、鉄原ハイヴに対する陽動作戦に参加する国連軍や大東亜連合軍のために基地を開放している。また桜花作戦後には、鉄原ハイヴ攻略作戦の準備と発動が待っていることだろう。
(……彼らが失敗するビジョンが見えない)
いつもどおりの“待つ立場”。
しかしながら、東敬一大佐はそんな気持ちであった。
オリジナルハイヴを陥としたあとも、戦争は続く。
故に手は抜けないし、余計なことを考える暇はなかった。
「……」
帝国軍参謀本部もまた“待つ立場”の者が大勢いた。
甲21号目標作戦と横浜基地防衛戦で少なくない損害を被った日本帝国軍は、鉄原ハイヴに対する陽動作戦に陸軍部隊を参加させることができていない。一方で帝国海軍連合艦隊と帝国海兵隊は同作戦に参戦していたが、双方ともに今回は国連軍の指揮下に組み込まれている。帝国軍参謀本部は完全に手持ち無沙汰になっていた。
「また西部方面隊の横紙破りだ」
喫煙室で大伴忠範中佐は苛立たしげにそう言った。
「鉄屑作戦、軌道決戦軍――好き勝手やりおって」
聞いてやる土田大輔中佐は、苦笑を浮かべていた。同僚は昨日からこの調子なのである。しかも吐き出される愚痴は通り一遍だ。
対する大伴忠範中佐はフィルターぎりぎりまで火が迫るタバコを、灰皿に押しつけた。
「米国製、欧州製、中華製戦術機の優位性を喧伝するつもりだ。せめて不知火弐型が間に合えば! オリジナルハイヴを陥としたとなれば、第92連隊と運用機体の評判はうなぎのぼりになるだろう。彼奴もより増長することになる……!」
無意識か。
やはり大伴忠範中佐もまた作戦失敗の可能性をみじんも疑っていない。
土田大輔中佐はそれを指摘してやるべきか、それとも放っておくべきか、少しだけ悩んだ。
◇◆◇
深度2700m前後で国連軍機、米軍機と離れ、迅速に血路を切り拓いたA-04と第92戦術機甲連隊は、追い縋るBETA増援を突き放してオリジナルハイヴ最奥部――あ号標的ブロックにまで迫ろうとしていた。複数の横坑と縦坑が入り乱れるハイヴ坑内だが、このあ号標的ブロックに繋がる横坑・広間については、一本道になっていて側道はない。
つまり通過したあとの後背の広間、あるいは横坑を塞ぐことができれば、BETAの追撃を妨害することが可能だった。現状、敵の追撃は影も形もなかったが、A-04は複数のS-11弾頭弾と100発以上のミサイルで広間をひとつ崩落させた。
(これで背中を衝かれる恐れはない)
残る障害は前方――
この主広間を突破すれば、あ号標的ブロックにつながる横坑に辿り着くことができる。
が、第92戦術機甲連隊の衛士たちは思わず息を呑んだ。主広間の壁面が、動いている。目を凝らせば壁面にびっしりとBETAが蠢いていた。しかもそれは戦車級や兵士級といった小型種だけではない――むしろ突撃級や要撃級といった大型種が大部分を占めていた。
おそらく20万はくだらないであろう。
作戦通りにXG-70dは陣頭に立ち、臨界運転を開始する。それとともに、BETAから成る“壁”がどっと崩れた。XG-70dのML機関に釣られたBETAたちが、異形の波濤となって一気に襲いかかる。
最先頭の突撃級が、突如として捻じ曲がった。
まるで雑巾のように絞られた突撃級は、1秒後には砕けた外殻の合間から血肉を噴き出し、消滅していった。続くBETAも同様である。不可視の重力偏差領域に飛びこんだBETAは瞬く間に引きちぎられ、あるいは粉々となり、崩壊していく。
そして次の瞬間、XG-70dが纏うラザフォード場が主広間全域へ投射された。防御不能、物質である限り完全に破壊される重力偏差攻撃は、寄せるBETAの波を容易く砕き、そのまま押し返してみせた。
「よし、プリズナー1。すぐに隔壁開放作業にかかれ」
「ゼノサイダリーダー。プリズナー1、了解」
BETAが全滅した深緑の主広間、その床面にF-15SEX眩愛2機が降り立った。肩部のウェポンラックには、凄乃皇四型が運んできた工兵装備。これは主広間とあ号標的ブロックを結ぶ横坑の第1・第2隔壁を開放するための代物だった。ちなみに閉鎖については考えられていない。両隔壁を開放し、XG-70dがあ号標的ブロックにさえ進入してしまえばその時点で勝利は確定する(と考えられた)からである。
作業を開始する第23中隊と、占拠した主広間にて警戒線を張る連隊各機。
XG-70dは空間座標固定を実施し、隔壁の開放を待つ。待ちながら荷電粒子砲のチャージもまた実施している。横坑が開放され次第、XG-70dは速やかにあ行標的ブロックに進入し、あ号標的の手前5000mの位置から砲撃を行い、あ号標的を完全に破壊する――そういうプランであった。
開放作業は順調そのもので、緩慢な速度だが確実に隔壁は開き始めている。
「92TSFR・11spd01――健康状態に支障はありませんか」
そんな中、スェーミナは前席の櫻麻衣大尉を気遣った。
「問題ない」
平静そのものの声色で、櫻麻衣大尉は言った。
実際はそうでもない。衛士強化装備の感覚欺瞞と薬剤注射を以てしても寛解しきれぬ幻覚と幻聴が彼女を襲っていた。それでも彼女は強靭な精神力でどれが真でどれが偽かを見極め、妄想を跳ね除けている。
「スェーミナこそプロジェクションの連続で疲れてはいないか」
「問題ありません」
「そうか」
「存在も92TSFRの構成要素ですから」
「成程」
櫻麻衣大尉はスェーミナに対する嫌悪感を殺しながら、戦況マップを睨んだ。
時を同じくして白銀武少尉もまた、XG-70dの中枢ともいえる鑑純夏を気遣っていた。XG-70d凄乃皇四型という鎧は万全だったが、鑑純夏はそうではない。横浜基地の反応炉を止めた関係で彼女のメンテナンスは万全とは言い難く、先程の主広間に対するラザフォード場の攻撃直後から、明らかに不調になっていた。荷電粒子砲の発射に必要なエネルギーの充填にも時間がかかっている。
しかし隔壁さえ開いてしまえば、あとはあ号標的――超大型反応炉に荷電粒子砲を叩きこむだけだ。航空士としてXG-70dに乗り込んでいる社霞や鑑純夏を気遣う白銀武少尉も、第92戦術機甲連隊の衛士たちも、今後の作戦の見通しについてはどこか楽観的な雰囲気が漂い始めていた。
「――!」
それを覆すように、第1隔壁が開放されてXG-70dが横坑に進入できるようになった頃、一同は主広間に迫る震源を捉えていた。
「数日前――横浜戦でみられた地中侵攻と同様の音紋!」
「
「ゼノサイダリーダー、こちらA-04。オレたちも――」
「A-04は横坑に進入し、第2隔壁が開放され次第、あ号標的を攻撃せよ」
「でも……!」
櫻麻衣大尉は溜息をついた。
「荷電粒子砲は再発射までに時間がかかるのだろう? 気を悪くしてほしくはないが、佐渡島を見る限りでは、その新兵器の信頼性にも疑問符がつく。ならばさっさとケリをつけてもらった方がいい――ここは我々が食い止める」
「わかりました。ここは任せます……!」
A-04が横坑に進入するのと、主広間の一角が崩れるのは同時だった。
「デケェ!」
現れたのは超重光線級の2倍はあろうかという全高の怪物だった。
巨大な口を備えた芋虫、とでも言おうか。
その大口が開くや否や、突撃級、要撃級は勿論のこと、要塞級までが吐き出されてくる。
「あれが連中の切り札だろう」
が、第92戦術機甲連隊の衛士たちは怯まない。
殿の彼らには勝算があった。
「ゼノサイダリーダー。こちらパッパ1。吹き飛ばしましょうか」
「ああ、こちらも切り札を温存しておく理由はない。鉄屑各、横坑にまで後退し、対衝撃姿勢を取れ」