BETAの頭上を純白の弾体が往く。
虚空で炸裂する弾頭――広大な主広間に閃光が奔り、巨大な火球が生じた。放たれる熱線が戦車級、要撃級の群れを焼き払い、指向性をもった爆風が炭化した死骸を圧し潰す。爆風に煽られた突撃級が吹き飛ばされ、要撃級を轢き潰しながら主広間の壁に叩きつけられる。千切れ飛んだ要撃級の前腕が、戦車級の群れを潰し、転倒した要塞級が大型種たちの行く手を遮った。
続く2発目は、大口を開ける未確認種の口腔内に飛びこんだ。口腔で生じた爆風は未だ多くのBETAが残る内部組織にまで荒れ狂い、圧倒的な暴虐を以て無数のBETAを破壊する。
「阻止線を張れ!」
炭化したBETAの骸と火の粉が舞う最後の戦場に、銀剣を携えた第11中隊・第12中隊・第13中隊が横坑から躍り出た。S-11弾頭が発射される前に横坑に迫っていた突撃級と要撃級から成る前衛集団を、武御雷二一型とF-3Iテンペスト、J-20黒髪直が切り崩しにかかる。
鎧袖一触。25機の戦術機は一航過で多くの要撃級を撫で斬りにすると、背面ガンマウントで突撃級の背面を叩く。
「了解!」
第23中隊のF-15SEX眩愛が横坑の入り口で膝射姿勢をとった。長距離砲撃戦の構え。狙うは天井に張りついて前進する戦車級たち。同じく第21中隊、第22中隊のF-2星青スーパー改、F/A-14ボムキャットが支援砲撃を開始する。
放たれる火線が残存個体の前進を阻む下で、主広間の床面に着地した第31中隊・第32中隊・第33中隊は大隊戦闘陣形を採った。前衛がJAS-39CBアララトグリペン、後衛がラファールMAD。要所要所にA-10NTナイトホークが就き、BETAの反撃を許さない。
「望月作戦のときよりも遥かに楽だって、これ!」
「光線級に警戒しろよ、いないけど!」
殿部隊の時間稼ぎといえば悲壮な響きがするが、実際のところ第92戦術機甲連隊機は主広間のBETA群を圧倒していた。F-2星青スーパー改の放ったS-11弾頭の攻撃で敵を阻止する、というよりも残敵掃討のような形になりつつある。新たな増援が現れたとしても、必要な時間はいくらでも捻出できるだろう。
「15分あれば十分だ」
と櫻麻衣大尉は口にした。
あ号標的などといっても単なる巨大な反応炉であろう。
XG-70dがあ号標的ブロックに進入し、荷電粒子砲を放てばそれで終わる。
「櫻大尉、これが陽動だったらどうする」
主広間の形勢を見て、氏家義教大尉がそう聞いた。
大量のBETAを輸送してきたこの怪物が一体きり、という保証はない。最悪の場合、BETA側はあ号標的ブロックへ増援を直接送り込んでくるかもしれない――そうなればXG-70dとて単独では手こずるだろう。
「……」
櫻麻衣大尉は数秒考えた上で、結論を下した。
「氏家大尉、
「了解した」
「プリズナーは横坑の入口で迫るBETAを撃退。残る
「俺たち懲罰中隊が人類最後の希望を守ることになるとはね!」
そんな軽口を背に、第23中隊を除いた戦術機たちが奔る。
横坑を一瞬で駆け抜け、あ号標的ブロックに進入する。
そこは青白い光に照らされた円弧状の大広間。
「A-04ッ!」
第92戦術機甲連隊の衛士たちが目にしたのは、大広間の中心部から伸びる触手に刺し貫かれたXG-70d凄乃皇四型の姿であった。
「おまえは、生命体じゃないのか!?」
「肯定する。上位存在は生命体ではない」
同時にオープンチャンネルに、会話が飛びこんできた。
「じゃあお前はなんなんだよ……生命体って」
「生命体とは珪素を基質とし、自己形成、自己増殖する散逸構造」
「……お前が生命体じゃないのはわかった」
「……」
「だけど、オレたちは生命体なんだよ」
響いてくる無感情の声と白銀武少尉の言葉に、第92戦術機甲連隊の衛士たちは硬直した。彼らは一瞬で理解した。……いま白銀武少尉は、BETAとコミュニケーションをとっている。
様子を見るぞ、櫻麻衣大尉は無言のまま主腕部を掲げて衛士たちを制すると、続けてハンドサインを出した。
「お前の言い方を借りれば、炭素を基質とし、自己形成、自己増殖する散逸構造なんだ!」
「否定する。炭素を基質とした生命体は、宇宙には存在しえない。炭素は容易に変化する。生命体にまで進化することはありえない」
「地球ではそういう生命体が生まれたんだよ!」
「否定する。人類は異星起源の被創造物と推定。最大根拠、上位存在の目的遂行は生命体が存在しない惑星に限定。上位存在は基本原則に違反不能、よって上位存在が活動可能なこの地球に生命体は存在しない」
(何言ってんだこいつ……)
衛士たちはすでにBETA側の言い分を聞き流していた。
BETA側との会話が成立することに驚きつつも、その主張はあまりにも異質すぎた。白銀武少尉とBETAの会話は明らかに平行線を辿っており、しかも性質が悪いことにBETA側に譲歩という雰囲気はない。
「ふざけるな……。人々を実験台にして、多くの命を奪って! それでもわからねえのかよッ!」
「否定する。人類が生命体であるという証拠は存在しない。したがって、命を奪うという表現は不適切。……上位存在は“オレ”に問う」
「……!」
「人類が生命体という根拠の提示を求む――」
同時に櫻麻衣大尉機が主腕部をさっと下ろした。
次の瞬間、XG-70dの後背から数機の影が飛び出した。第13中隊のF-3Iテンペストだ。反応炉が放つ光を浴びながら、銀の剣でXG-70dに突き刺さった触手を断つ。それを援護するように各中隊は複数の触手を有する根源――大広間の中央にそびえる円柱、あ号標的に向けて砲撃戦を開始した。
「XG-70d、聞こえるか!?」
「ゼノサイダリーダー!?」
「状況を教えろ、荷電粒子砲は撃てるか?」
「……ダメですッ! 触手にやられてエネルギーを持っていかれました! 最充填に2、30分はかかります!」
「じゃあ俺たちで片づけた方が早ええ――」
先程までの静寂は、触手と砲撃の応酬に吹き飛ばされている。支援突撃砲の長距離狙撃が触手で構築された壁に阻まれ、120mm弾もまた触手の迎撃を受けて弾道を逸らされた。光線級じみた正確無比の対応力、そして攻撃力もまた別のBETAに劣らない。
「この触手、要塞級よりも器用だ!」
「ここまできてドッグファイトですか!?」
迫る触手を戦術機たちは短噴射の連続で躱し、射撃で撃ち落とす。その合間を2機のJAS-39CBアララトグリペンが翔ける。狙いは近接戦闘で一気にケリをつけることだ。突撃砲は投げ棄て、両主腕のスーパーカーボンブレードを展開させている。
が、あとわずかというところで、四方八方から襲いかかる触手に絡めとられていた。
「機体制御が――なんで跳躍ユニットが」
数秒後、JAS-39CBは爆散していた。連隊機のステータスを抜け目なくモニターしていた櫻麻衣大尉は、その直前にJAS-39CBの跳躍ユニットが暴走状態に陥ったことに気づいていた。
(欧米製戦術機は自決用爆弾を搭載しない代わりに、跳躍装置を暴走させて自爆を可能としている――いや、今回の場合は自爆させられた、というわけか)
その櫻麻衣大尉機にも、十数本の触手が迫っている。
Tu-119と同様に彼女の機体は全方位にスェーミナの存在をプロジェクションしている。
が、それにもかかわらずあ号標的は、櫻麻衣大尉機に触手を差し向けていた。
(こちらが異質なことに気づいている)
櫻麻衣が駆る戦術機は、事実上の非武装機だ。
故に触手の動きを見切ったとしても迎撃のしようがなく、回避機動だけでは躱しきれるものでもなかった。要はもってあと数十秒といったところか。
幻覚と妄想の中で櫻麻衣大尉は、残る冷徹な思考を総動員して点と点を線で結んだ。
「スェーミナ。何も考えずに私の感覚をリーディングしてプロジェクションしろ」
「92TSFR・11spd01、了解した。しかしなぜ」
次の瞬間、僅かな衝撃が走る。
触手が、接触したのだ。あ号標的は櫻麻衣大尉機に興味を示すかのように、胸部ユニットに触れていた。その直後、1秒未満の間で胸部装甲を浸透した触手は、管制ユニットに至ろうとしていた。
「あいつに私が生きている証拠を突きつけるためだ」
「了解した」
管制ユニットが抉じ開けられる嫌な音が響いたのと、櫻麻衣大尉機の両掌が胸部ユニットの触手を掴んだのはまったくの同時。そして櫻麻衣大尉機――ATD-X2は全身から櫻麻衣大尉の思考と感覚をあ号標的目掛けて放った。
◇◆◇
ATD-Xは本来ならば実戦投入は勿論、実地試験の予定さえなかった概念実証機であり、武御雷を素体として複数機が製造されている。
単なるテスト機であり、そういう意味では戦術歩行“戦闘機”ですらない。
ATD-Xは次世代戦術機の開発に着手する前に、第3世代戦術機を凌駕するにふさわしい第4世代戦術機に実装予定の先進軍事科学技術やオルタネイティヴ第3計画・第4計画の副産物を試験するための代物だった。
ATD-X・2号機――通称ATD-X2、略してX2――は、オルタネイティヴ第3計画で確立されたリーディング技術で対人戦闘における優位性を確保する観測装置と、敵性勢力がESP発現体を投入してくることを念頭に、敵リーディングに対するジャミングが可能な大出力プロジェクション装置を実用化すべく製造された機体だった。
結果、X2は武装を棄てる代わりに、相手のリーディングを妨害するどころか、リーディングを試みたESP発現体をダウンさせるまでのプロジェクション能力を備えるに至った。
そのX2がスェーミナを介し、櫻麻衣大尉の思考や感覚を読み取り、最大出力でプロジェクションを行えばどうなるか――結果は櫻麻衣大尉も、スェーミナも、誰も予想できなかった。
……要は賭けであった。
櫻麻衣大尉とスェーミナ、そして人類にとって幸運だったのは、あ号標的が“BETA”のシグナルを放つ“災害”に興味をもち、情報収集をせんと感覚制御系や装置からリーディングを実施しようとしたことだった。
よって、櫻麻衣大尉の心を宿したX2はその“愛称”のごとく、心象を以てあ号標的を斬り刻み始めた。