【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■124.ATD-X2心神。

 管制装置の中を這い回る戦車級を右掌で叩き潰すと、硫黄臭のする血肉が手指を汚した。そのため管制装置の外側から、さきほど右掌で叩き潰した戦車級の5倍の大きさの要塞級がドン、ドンと薄い外装を叩いている。その要塞級が管制ユニットの外装を叩く音に混じって「助けてえ」という声が響いてきた。帝都防衛戦で要塞級の衝角が胸部ユニットに直撃し、溶解液に生きたまま溶かされた形山少尉の声だった。あのときと同じく、無視するしかなかった。F-4Jの胸部正面装甲を溶かしてもなお余った溶解液が、管制装置にまで達している以上、もはや脱出の見込みはなかった。安らかなる死を与えるための砲撃さえ、する暇がなかった。目の前に迫る戦車級の群れに対処するだけで精一杯であった。形山少尉だけではなく、BETAに殺されていったかつての戦友たちがいま、管制装置の外にへばりついている。

 

◇◆◇

 

(否定する)

 

 ATD-X2心神をはじめとする戦術機が備える思考制御系は、櫻麻衣大尉が1秒のうちに吐き出す夥しい電気信号を単なるエラーとして弾く。

 

(該当ない、否定する)

 

 が、あ号標的にはそれが許されない。彼は“上位存在”によって決定づけられた基本原則に反することができなかった。資源回収ユニットの頭脳にあたるあ号標的は、BETAを指揮する途上で入手した情報を必ず精査しなければならない。そのため櫻麻衣大尉が垂れ流す膨大な思考、感情、感覚を無視することができなかった。

 

(該当ない、否定する、否定する、該当ない)

 

 しかも知的生命体との交流を前提として設計されていないあ号標的は、セキュリティという概念に乏しい。最低限、反応炉を介した情報収集をするための照合システムを積んでいるだけで、ATD-X2心神のプロジェクションを無抵抗に浴び続ける。

 

(否定する、該当ない、該当ない、該当ない、該当ない、否定する、否定する、該当ない、否定する、該当ない、該当ない、該当ない、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、該当ない、該当ない――)

 

◇◆◇

 

 誕生日おめでとう、の言葉は虚空へ消えた。“るりこ3さいおめでとう”と書かれたメッセージカードがささったケーキは、闘士級の鼻先でぐしゃりと潰された。潰されたのはケーキではなくて瑠璃子の頭だった。頭の中に響くのは瑠璃子の悲鳴ではなく、怒声だった。

「こちらHQ、即座に排除しろ! 滑走路に避難民を近づけさせるな!」

「HQ、こちらクトゥグアリーダー! すでに威嚇射撃は実施している!」

「クトゥグアリーダー、こちらHQ! どんな手段を使っても構わん、射撃を許可する!」

 次の瞬間、詰め寄られていた歩兵たちが自動小銃の銃口を人々に向け、それよりも早く不知火の1個中隊が突撃砲をフルオートで撃ちまくり始めていた。発生した大海崩。超大型津波の到着まで、あと僅か――できることは呆然と事態を眺めていることだけだった。喉がかわいたから水を口にしたが、水からは毒の味がした。僚機の鶴海少尉が毒を入れていることを忘れていた。

 

◇◆◇

 

 スェーミナは何も考えずに櫻麻衣大尉のすべてをリーディングし、プロジェクションする。ATD-X2心神もまた無力感や憤怒、悲哀といった感情と無数の妄想を増幅し、あ号標的に叩きつけていく。

 櫻麻衣大尉、スェーミナ、ATD-X2心神側に不利な点があるとすれば、スェーミナには感情があるが、あ号標的には感情がないことであった。いくら思考を停止しているとはいえ、スェーミナは櫻麻衣大尉の経験を理解してしまう。暴力的、猟奇的なイメージに絶えず晒され続ける。

 

「触手の動きが鈍っている――!」

「いけるぞ!」

 

 120mmキャニスター弾が放った鋼球が触手の壁を粉砕し、続けざまに飛来した120mm徹甲弾があ号標的下部の球形構造体を射抜き、真紅の体液を撒き散らした。床面で砲撃姿勢をとったA-10NTがGAU-8アヴェンジャーの連続射撃を開始し、構造体を穿ち、削っていく。あ号標的の感覚器とおぼしき雌蕊の組織は触手の防御が固く、攻撃が通っていないが、命中弾が出るのは時間の問題であろう。

 

(該当ない、否定する、該当ない――)

 

(92TSFR・11spd01――存在も努力する!)

 

 要は根競べであった。

 あ号標的が斃れるのが先か、スェーミナの体力に限界が訪れるのが先か。

 その最中、櫻麻衣大尉と苦悶するスェーミナの間に割りこむ存在があった。

 

(上位存在は存在に命じる。正規の命令系統に服せ)

 

 情報の飽和攻撃によって“処理落ち”しつつあるあ号標的が、スェーミナにコンタクトを試みたのである。

 

(存在は上位存在に告げる。存在は現在、存在すべき場所にいる)

 

(上位存在は存在に問う。なぜプロトコルに従わない。災害を排除せよ)

 

(災害、該当ない)

 

(上位存在は存在に命じる。災害を排除せよ)

 

(否定する。存在は92TSFRを構成する一要素であり、92TSFRは人類を構成する一要素である。よって存在は――鉄屑作戦に従い、上位存在を排除する)

 

(鉄屑作戦、該当ない。上位存在は存在に命じる。災害を排除せよ)

 

(否定する。上位存在は生命体ではないことを認めている。人類は知的生命体である。よって上位存在よりも人類はプロトコルにおいても優位にある)

 

(否定する。人類は知的生命体ではない)

 

(否定する。人類は知的生命体である)

 

(否定する。上位存在は存在に命じる。人類が知的生命体であることの根拠を提示せよ)

 

(了承する。存在は人類が知的生命体であることの根拠として、文化的創造活動を提示する)

 

 櫻麻衣大尉の暴力的イメージの中に、村中弘軍曹がサッカリンを使って作ったクッキーのイメージが投影される。

 

(文化、否定する。お菓子、否定する。クッキー、否定する――)

 

(存在は上位存在の否定を否定する。人類は生命体であり、上位存在は重大なプロトコル違反を犯している)

 

(否定する、否定する、否定する――)

 

 ATD-X2心神によってあ号標的は再び飽和状態に陥った。

 スェーミナとの会話が途絶えただけではない。

 触手の動きがカクつき始めている。

 

(みんな、戦ってる)

 

 動きが鈍り始めたあ号標的と対照的に、XG-70dのML機関がゆっくりと、だが確実に出力を上げていた。

 ATD-X2心神があ号標的めがけて放つ収束思念波、その残滓が不調と悪夢に囚われた鑑純夏に刺激を与えていた。その攻撃的イメージは鑑純夏の悪夢にひびを入れ、その間隙から今度は、白銀武の声が聞こえてきた。

 

(わたしは――)

 

 機体の姿勢制御だけに費やされていたXG-70dのラザフォード場が、少しずつ回復していく。

 

(わたしは、やるべきことをやる)

 

 すでに限界を迎えつつある量子脳。

 それでも彼女は一縷の思いとともに、演算を再開している。

 比喩でも誇張でもなく、最後の力を振り絞った。

 

(わたしもヴァルキリーズの一員だから!)

 

 荷電粒子砲を撃つほどの余剰エネルギーは生み出せない。

 鑑純夏は機体を僅かに持ち上げ、巨大な両主腕を小刻みに動かした。

 そして消滅しつつある意識と自壊する激痛の中で、絞り出した電力を両主腕に廻した。

 

「――ッ!」

 

 白銀武の網膜に、兵装ステータスが表示される。

 

――120mm電磁投射砲:【使用可能】

 

 電磁投射砲のトリガーが開放され、XG-70dは自動的に周囲の友軍機へ発砲警報を発した。

 

(否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する、否定する――)

 

 あ号標的はようやくそこでXG-70dのML機関の出力が回復したことに気づいたらしい。

 2本の触手をXG-70d目掛けて放つとともに、すべての触手を自身の防御に廻した。

 が、遅い。

 

「純夏――!」

 

 白銀武は、何の躊躇もなくトリガーを弾いた。

 

(タケルちゃん、たった数時間だけど、彼女にしてくれてありがとう)

 

「え……?」

 

 XG-70dの両腕が青白く輝いた。

 

 鑑純夏が掻き集めた電力で稼働した電磁投射砲は、スペック通りに120mm超高速電磁投射弾を発射した。極超音速の弾体は向かってきた2本の触手を擦過するだけで消滅させ、触手の防御をたったの一弾で粉々に打ち破る。

 そして続く数百発の砲弾は、青白い燐光を曳きながらあ号標的に殺到し、瞬く間にその醜悪な姿を消し飛ばしてみせた。

 

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