甲20号目標鉄原ハイヴ・BETA漸減作戦『薫風作戦』。
これは甲20号目標鉄原ハイヴが収容しているBETA個体数を漸減することで、BETAの東進を防ぎ、本土決戦の回避を目的とするいわゆる“間引き作戦”である。
時期は約3か月後の5月中旬。
作戦計画を立案・主導するのは日本帝国国防省。BETAをユーラシア大陸に封じ込めるという人類側の大戦略を思えば、国連や米国は賛成すれども、反対はしない。また明言こそされないが、これは光州作戦に伴って生じた日本帝国に対する国連の不信感を払拭するための作戦でもある。
前線作戦司令部は指揮通信能力に優れた最上型重巡洋艦『三隈』に設置される。
参加兵力は戦艦『大和』・『武蔵』をはじめとした帝国海軍水上艦艇が主となる。“撒き餌”となる日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊第11中隊は、帝国海軍戦術機輸送艦『大隅』によって作戦海域まで進出することが予定されていた。
作戦はまず重金属雲の生成と、東海岸の光線級個体数とその所在を割り出すことを目的とした水上艦艇によるAL弾の投射から始まる。概ね光線級を捕捉した時点で、水上艦艇はこれを撃破するために榴散弾による艦砲射撃に切り替え、同時に無人航空機によって東海岸を偵察する。
第92戦術機甲連隊第11中隊の仕事はここからで、洋上から東海岸に進出。その後、鉄原ハイヴのBETA群を地下から地表に引きずり出すことだ。問題は鉄原ハイヴの位置である。鉄原ハイヴは海岸線から60km以上西方に存在しているため、地表構造物直上は勿論、周囲数kmに広がったドリフトと点在するゲートにも艦砲射撃は届かない。つまりハイヴから湧き出したBETAを、第11中隊は艦砲射撃の射程圏内まで誘引する必要がある。
故に“撒き餌”、なのだ。
模擬戦の2日後、第11中隊の衛士たちは、東敬一大佐と副官の立沢健太郎中佐、連隊本部の幹部から作戦の存在を伝えられ、その概要を初めて知った。
(やっぱり、F-14Nが廻されたのはこういう事情だったんだ)
と、鵜沢心菜中尉は合点がいき、他の衛士たちの表情をちらと盗み見る。
「……?」
「えっ」
銀縁の伊達メガネをかけ、常日頃から怜悧な雰囲気を醸し出している(つもり)の櫻麻衣大尉の頭上に「?」マークを幻視した鵜沢心菜中尉は、思わず二度見してしまった。他の衛士たちが、自身・自隊が担う役割の重大さを自覚したり、敵地に身を晒す任務と知り覚悟を固めたりしている中で、これである。
心配になったのか第3科の園田勢治少佐は「櫻大尉、大丈夫か」と問うた。
対する櫻麻衣大尉はきっぱりと言い放った。
「困難な任務であることは理解しましたが、特に私がすることは変わりません。BETAを殺す、ただそれだけです」
おお、と櫻麻衣大尉のことをよくわかっていない副官の立沢健太郎中佐が声を上げたが、事を見守る鵜沢心菜中尉の不安は払拭されていない。「(理解が)困難な任務であることは理解しましたが、特に私がすることは変わりません。(作戦はあまりわかりませんが)BETAを殺す、ただそれだけです」と言っているようにしか聞こえないのである。
「敵地における漸減作戦は、困難極まる過酷な任務である」
最後に東敬一大佐が話し始めた。
「しかしながら、第1大隊第1中隊の諸君ならば、必ず作戦を成功に導いてくれると信じている。なおこの作戦の誘引部隊についてだが、現時点では第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊のみとなっているものの、今後変更される可能性もある。この漸減作戦は本土防衛軍による一作戦ではなく、国連太平洋第11軍司令部および帝国軍参謀本部の戦略を左右する重要作戦であり、きわめて政治的な側面も有するためだ。作戦に変更があれば、速やかに報せる。いまは作戦成功に向けた諸君の奮励努力を期待する。以上」
(ということは、ウチだけが出張るわけじゃないってことか)
その日の夜、鵜沢心菜中尉は食堂で食事を摂りながら、いろいろと思いを巡らせていた。連隊長の言葉を考えると、第11中隊のみが駆り出されるわけではなさそうだ、と少し安堵している。それはそうだ。こんなふざけた1個中隊だけに、漸減作戦の成否を決める誘引役を任せるはずがない。
(しかし、まずくなったなあ)
先程から鵜沢心菜中尉は、箸で鮭の塩焼きをほぐし続けている。
きょうの献立は白ご飯、鮭の塩焼き、合成卵焼き、合成味噌汁。
味噌も豆腐も合成のうま味という概念を捨て去った味噌汁に、卵というよりは油の塊と言いたくなるような合成卵焼きは言うに及ばず、天然食材のはずの鮭の塩焼きも調理や味付けの過程で合成なにがしを使っているのか、変な風味がする。これをおかずに天然の白ご飯を食べるのであれば、お茶をかけたご飯をひたすら食べていたほうがマシだと思う。
人類の劣勢が食事のまずさに現れているようで――というかそのとおりなのだが、彼女は少し憂鬱であった。
「鵜沢中尉」
と、鮭の塩焼きをほぐしていると、鵜沢心菜中尉は声をかけられた。
「ここ、大丈夫?」
「あっ、井伊さん」
第32中隊B小隊の小隊長を務めている井伊万里中尉は、静かに鵜沢心菜中尉の横に座った。中隊こそ違えども同じ小隊長の身であり歳も近く、そして衛士の中では“常識人”に近いふたりはそこそこ仲がいい。いつも1歳年下の鵜沢心菜中尉がなにかしら愚痴り、それを井伊万里中尉が聞いてやる恰好だ。
「……にしても最近、ご飯おいしくないですよね」
「基地食堂をシダックスに委託、ってなったときこそ喜んだけどね。まあこれは情勢が悪いよ。社員の星さんもいろいろ本社に言ってくれてるみたいだけど」
「あんまり大きい声じゃいえないですけど、当たり外れが大きいですよ」
鵜沢心菜中尉の愚痴に、井伊万里中尉は半笑い。
が、その彼女のトレーにも合成卵焼きが生残している。
好き嫌いなど大人げないとは思いつつも、その禍々しい黄色い塊を無意識のうちに直視しないようにしながら、井伊万里中尉は話題を変えた。
「ところでワン・ワン中隊、斯衛軍の瑞鶴隊に勝ったって聞いたけど」
「えっ、まあ」
「さすが第7師団最強衛士率いるワン・ワン中隊」
「いやいや、偶然ですよ。偶然、偶然。偶然、作戦がハマっただけで――それより“第7師団最強衛士”ってもしかして櫻大尉のことですか」
「うん」
「第7師団から異動してきたことは知っていましたが……」
そういえば櫻大尉のことあんまり知らないな、と鵜沢心菜中尉は思った。
それを感じたか、井伊万里中尉は小さく溜息をついた。
「あの人も私と同じ大陸帰り」
「初めて知りました」
「というか、重慶帰り。満州で少し戦った私なんて櫻大尉に比べたらぺーぺーだよ」
「重慶攻防戦の生き残り、ですか――」
それを聞いた鵜沢心菜中尉は畏敬というよりも、疑問を覚えた。
“あんなの”が、重慶帰りなのかと。
その疑問さえも、井伊万里中尉は見透かしたように言葉を続ける。
「櫻大尉が第7師団を追い出された理由、知ってる?」
「いえ……」
「隊舎の灯油ストーブにガソリン入れて大炎上を引き起こしたらしいよ」
「は?」
「あるいは毎朝、パンをひとつずつ多くとったとか」
「ええ……ほんとだったら懲戒もんですよ」
「これは私の想像だけど」
と前置きして井伊万里中尉は、言った。
「四六時中、戦術機の操縦とBETAのことしか考えてないんじゃないかな。だからあんなに注意散漫なんだよ」
「まさか」
「だから想像だって。でも重慶攻防戦といえば、多くの避難民が残る市街地での戦闘の連続で、最後には整備兵や衛士を戦術機の掌に載せて退却したような戦場。だから帰還した人間がまともな神経しているはずがないのよ」