「数年前、我々はBETAが襲来するとうそぶく政府と軍の指導の下、この熊本を去りました。しかしどうでしょう。未だBETAは現れません! いつになったら私たちは郷里に帰ることができるのでしょうか!?」
――有明海の機雷原化に断固反対!
――本土防衛軍は市街戦準備を放棄せよ!
――帝国臣民の財産を接収する諸法律に反対!
本州からやってきた泡沫野党の支持者たちが繰り広げている抗議活動を無視して、複数の日本通運のトラックが次々と八代基地の民間運送業者用ゲートに向かう。運転手たちは慣れたものだ。本土防衛軍に対する反対運動は、泡沫野党候補者の選挙戦に向けた実績作りにすぎない。実力を以て本土防衛軍諸部隊や、業務を委託された民間運送会社を妨害することはないのだ。
日本通運トラックの積荷は、殲撃八型のために調達された爆発反応装甲をはじめ、補給コンテナやその他諸々の武器弾薬だった。64式小銃を携えた警備兵たちが車輌を検めるとともに、運転手の運転免許証と来訪者用登録番号を確認する。それだけに留まらず、詰所の警備兵は内線電話で、警備担当の関完太郎中尉に確認をとった。
「ご苦労様です!」
それでようやく、日本通運のトラックは敷地内に進んでいく。
「いよいよ本土決戦、かな」
トラックが走り去るのを確認すると、今田佳輔上等兵は詰所のパイプ椅子に座って溜息をついた。相方の工藤卓也上等兵も「うん」と頷いた。平時から運送会社のトラックはやってくるが、1週間前からはまるで異様だった。戦術機の武器弾薬は勿論、インスタント食品やミネラルウォーター、医薬品、警備兵用と思われる個人装具など、籠城戦でもやるのかという勢いで物資が届いていた。
そして西部方面司令部が設置されている健軍基地、第92戦術機甲連隊が配されている八代基地をとりまく環境、情勢も騒がしくなっている。
「巌谷中佐、ご無沙汰しております」
「こちらこそ突然、押しかけてしまい――」
「いえいえ、そんなことは」
八代基地を訪ねてきたのは、顔面に大陸で負った古傷の残る男――帝国技術廠に務め、国内戦術機開発に多大な貢献をしてきた巌谷榮二中佐であり、東敬一大佐は階級が上にもかかわらず、大変恐縮していた。
「かつてF-4JでF-15Cを破った腕前と、そして82式戦術歩行戦闘機瑞鶴等、本邦の兵器開発に携わっている巌谷中佐には、こちらから教えを乞いたいところです。もしよろしければ、このあと部隊も見ていっていただきたい。いや、もちろん、お時間があれば、ですが」
「ありがとうございます。しかし、私がF-15Cを破ったのはもう10年以上前の話です。過去の栄光です」
「謙遜されることはありませんよ。大陸帰りの衛士たちはいまでも巌谷中佐の武勇をいろいろと――あ、お茶も出さずに申し訳ございません」
湯呑を載せたお盆を左腕だけで器用に運んできたのは、満田華伍長であった。
「失礼します」
彼女はお盆を卓に乗せると、スムーズに湯呑を両者の前に置いた。
巌谷中佐はお茶を運んできた彼女を一瞥すると、「満田少尉?」と口を開いた。
「巌谷中佐、お久しぶりです。大陸ではありがとうございました。いまは伍長であります」
「そうか。やはり右腕は――」
「継げませんでしたが、支障はありません。戦争は衛士だけでやるものではありません。私がお茶を運ぶ仕事も部隊に貢献する立派な戦争です」
「……」
「失礼いたしました」
満田華伍長は左手で敬礼すると、連隊長室を退出した。
「満田伍長をご存じでしたか」
「ええ」
「西部方面司令官閣下のご意向もあってか、92連隊は大陸帰りの衛士や下士官、兵が集められておりまして。おそらく巌谷中佐がご存じの衛士も多いかと思います」
「櫻麻衣大尉も確か所属しておりましたな」
巌谷中佐は口の端をほころばせた。平時は奇天烈な言動が目立つ衛士だったが、衛士強化装備を纏うと雰囲気一変、単騎で戦線を支えることができるような練達者。故に周囲がついていけないこともあった。
東敬一大佐の評価も、巌谷中佐のそれと同様である。だからこそ第92戦術機甲連隊で最精鋭となる第1大隊第1中隊を任せている。櫻麻衣大尉についていける実力主義の衛士だけを集めた第1大隊第1中隊ならば、彼女が孤立するようなこともあるまい、という意図である。
「巌谷中佐は櫻麻衣大尉もご存じでしたか」
「ええ――それから先日は、その櫻にしてやられました」
東敬一大佐は一瞬、何のことだろうと思いを巡らしたが、すぐに思い当たった。
「82式瑞鶴との模擬戦の件ですな」
「そのとおりです。実は模擬戦のあとから――西部方面司令部は何を考えているのか、と中央ではいろいろと話題になっているのですよ」
「と、申しますと」
「単刀直入に申し上げると、西部方面司令官閣下は国産戦術機に対してよからぬ思いを抱いていらっしゃるのではないか、と」
東敬一大佐は、巌谷中佐が何を言っているのか理解できなかった。
「とんでもない。あー、まず82式瑞鶴最新ブロックとの異機種間模擬戦は斯衛軍側の要請で行われたものですし、櫻麻衣大尉ら選抜衛士は全力を尽くしたまでです。そこに何の政治的意図もございません」
「しかし中央の連中はそう思っていないのです。遠慮なく言わせていただくと、外国産戦術機を西部方面隊に揃えるために、以前から西部方面司令官閣下が一部の国会議員や国防省・大蔵省の官僚たちを操っているのは公然の事実」
「……」
「そして今回の模擬戦。海外製戦術機を以て82式瑞鶴最新ブロックを完膚なきまでに叩きのめしたというのは、海外製戦術機の優位性を表すものにほかならない。奇しくもF-14は1982年初頭頃に配備が始まった、82式瑞鶴のいわば“同期”。わざわざ第92戦術機甲連隊がF-14を出してきた意図はここにあるのでは、と」
「……」
「そしてF-14で瑞鶴を斃し、光州作戦でも旧式の米国製戦術機を以て赫々たる戦果を挙げた第92戦術機甲連隊は、海外製戦術機の看板役なのではないかと考えられているのです」
成程、と東敬一大佐は思った。よくもまあ国防省勤めの将官・佐官という奴らは、“点”と“点”を都合よくつなぎ合わせるものだ。こっちだって海外製戦術機を好き好んで運用しているわけではない。むしろ94式不知火を喉から手が出るほど欲しているというのに。
「巌谷中佐――前線部隊にそんなことを考える余裕などないですよ」
怒りとともに、彼は言う。
「それを確かめるために九州に来たのであれば、健軍基地に行った方がいい」
「すげなく断られてしまいましてね。そこで疑惑の周縁を伺おうか、と」
「それで巌谷中佐はここ八代基地に来て、私を怒らせて本音を引き出そうという算段かね」
「……」
「ならば本音を言わせてもらおう」
東敬一大佐は、眼鏡を外すと巌谷中佐の瞳を見た。
「西部方面司令官閣下により、第92戦術機甲連隊に海外製戦術機が優先的に供給されているのは事実。しかし、92連隊が最前線にてBETAを討つ理由、日々錬成にあたる理由は海外製戦術機の宣伝、ましてや国産戦術機を貶めるためにあらず!」
「……」
「そのような誹謗を捻りだせるのはおおかた大伴中佐あたりの欧米嫌いであろう。こんなことを君に言っても仕方がないが――光州作戦にて戦死した藤井美知少尉、桃田武司少尉はF-8Eの宣伝のために死んだのではない。大陸の人類同胞と、帝国臣民を守るために死んだのだ!」
「……」
「正直に言えば、私にも西部方面司令官閣下が何を考えているかはわからない。だが閣下の要望事項は九州防衛、帝国防衛、人類防衛――ポストを転々とするだけの将官とは違う。ましてや閣下は一戦術機ごとき、国産が、米国製が、欧州製が、ソ連製が、中華製が、と云々する方ではない」
巌谷中佐は厳しい表情で東敬一大佐の言葉を聞いていたが、最後には頭を下げていた。
「非礼をお詫びいたします」
「いや……こちらこそ巌谷中佐には申し訳ないと思う。君に怒りをぶつけても仕方がないのに……」
「加えて、あとひとつだけ質問を」
「ああ――」
「東大佐の考える最良の戦術機とは、なんでしょうか?」
東敬一大佐は即答した。
「必要なときに、必要なところにある戦術機でしょう」
◇◆◇
同時刻、帝国情報省外務二課の人間が健軍基地を後にしていた。
西部方面司令部は呑まざるをえない。『薫風作戦』投入部隊の変更。
誘引任務は第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊単独ではなくなった。
「『薫風作戦』は東亜における人類団結・人類反撃の象徴とならねばならない、か」
黒革の座席に身を沈めたまま、西部方面司令官は無表情で虚空を見つめている。
誘引任務を担うのは、まず日本帝国本土防衛軍第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊。
続いて日本帝国海軍鹿屋基地の第7戦術機甲攻撃中隊。
大東亜連合に身を寄せる韓国陸軍第30戦術機甲旅団第51戦術機甲大隊(実数1個中隊)。
そして国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊より1個中隊。
以上、約50機の戦術機によって誘引が行われることとなった。
成程、一見すれば光州作戦で破綻した協力関係を、もう一度築き直そうという恰好にみえる。
一見すれば、だ。
「オルタネイティヴ第4計画の実働部隊を紛れこませるにはちょうどいい建前と陣容――忌々しいがまあこれで私もやりたいことができるようになる」