「国連も西部方面隊も我々をどこまで虚仮にすれば気がすむのだ――!」
帝国軍参謀本部に務める大伴忠範中佐は、苛立っていた。
否、大伴中佐だけではない。いま帝国軍参謀本部の将官・佐官たちは、様々な思惑を胸中に秘めながら、軍務に励んでいた。光州作戦における国連軍司令部陥落の責を彩峰中将が問われることになったそばから、今度は国連太平洋方面第11軍が、日本帝国国防省が主導して行うはずだった『薫風作戦』に、口出しをしてきたのだから平静ではいられない。
国連太平洋方面第11軍の要求は、第1戦術戦闘攻撃部隊の作戦参加。
戦力が増えた、とは喜べない。
「国連の連中は間引きになんか興味はねえ。奴らは鉄原ハイヴのG元素の在処を探りたいだけだ。前線国家のことを利用する、汚ねえ国連のやり口だ」
喫煙室に大伴中佐の同僚、土田大輔中佐の悔しそうな声が響いた。
それに大伴中佐も同調して頷いた。“戦後”はまだ続いている、というのが彼の持論である。先の大戦の敗戦から、日本帝国はアメリカ合衆国の顔色を窺い、国連という戦後秩序に唯々諾々と従ってきた。どこかでこの隷従の鎖を引きちぎらなければ、日本帝国はどこまでも国際社会の僕でしかない。
「それに西部方面隊もなんなのだ、あれは!」
大伴中佐は国連に迎合する内閣もさることながら、同じ軍組織内――西部方面司令部も快く思っていなかった。どこで知ったか国会議員や国防省高級文官の弱みを握り、帝国情報省と通じ、米国製戦術機をはじめとする海外製戦術機を揃え、帝国軍参謀本部を半ば無視して沖縄・九州の防衛政策を推し進めていく。大伴中佐からすれば、到底許せる存在ではない。
そして西部方面司令官は、また横紙破りをしでかした。
「7月初頭、九州地方における大規模戦闘演習“鎮西98”を実施したい」
と、西部方面司令官は四方に要請したのである。
勿論、大伴中佐もむやみやたらに反対するつもりはない。西部方面隊は対馬海峡を挟んでBETA群と対峙しているのだから。
だが、帝国軍参謀本部にて西部方面司令官の演習“鎮西98”について吟味する前に、国連太平洋方面第11軍・内閣・国防省事務次官以下文官が速やかに賛成の意を表したのが気に食わなかった。
◇◆◇
「参加兵力の変更により、甲20号目標鉄原ハイヴを対象とする漸減作戦『薫風作戦』の作戦内容もまた変更された」
第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊の衛士たちや、作戦準備に携わる幹部たちが集合した会議室では、第3科の園田勢治少佐が作戦概要の説明を始めていた。
日本帝国・大韓民国・国連三軍から成る共同作戦司令部が、指揮通信能力に優れた最上型重巡洋艦『三隈』に設置されることや、戦艦『大和』・『武蔵』をはじめとした帝国海軍水上艦艇が漸減作戦の主力として展開することは変わりがない。
「第一次攻撃は国連宇宙総軍と日本帝国航空宇宙軍の軌道爆撃から始まる。この軌道爆撃の目標エリアは鉄原ハイヴ南東に点在するゲート群周辺から地表構造物にかけての一帯だ。重金属雲の発生と光線級の捕捉を狙い、AL弾は地表構造物周辺、補給コンテナを搭載した多目的再突入殻は、ゲート群周辺から海岸線までのエリアに落着させる」
動かぬ敵の策源地を叩くハイヴ攻略戦ならばともかく、BETAの個体数を漸減することが目的の間引き作戦では、軌道爆撃は費用対効果が低い。が、第1大隊第1中隊によるシミュレーションの結果、ゲートに接近するほどに補給が困難となり、有力なる敵BETA群の誘引を諦めるしかないという状況が頻発した。そのため共同作戦司令部は軌道爆撃で補給コンテナをばら撒くほかない、という結論に達したのである。
「重金属雲の発生とともに熱量分布、レーザークラウド分布から光線級の所在を割り出し、第二次攻撃を実施する。第二次攻撃は戦艦『大和』・『武蔵』をはじめとした帝国海軍水上艦艇によるAL弾・榴散弾による艦砲射撃だ。無人航空機も繰り出し、海岸線付近の光線級を釣り出して徹底的に叩く」
この段階で優先されるのは第1に光線級の殲滅。
第2に臨海部の有力なBETA群の殲滅である。
「続いて第7戦術機甲攻撃中隊のA-6Jが水中航行形態で銅湖海水浴場周辺を偵察、続けて強襲上陸を仕掛け、橋頭堡を確保する。その後、帝国海軍戦術機輸送艦『大隅』から我が第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊が、韓国海軍戦術機輸送艦『済州』から韓国陸軍第51戦術機甲大隊が渡洋する」
第7戦術機甲攻撃中隊のA-6J攻撃機の参戦は、第92戦術機甲連隊の幹部からすれば心強い。絶大な火力もさることながら、A-6Jは海中から各種センサーを用いて海岸線の様子を偵察し、洋上の水上艦艇に有力な敵BETA群の所在を報せ、火力誘導を効率よく行える。これで渡洋攻撃を仕掛ける第11中隊が奇襲攻撃を受ける可能性は、これで大幅に減ったといっていい。
「上陸した戦術機部隊は、洋上の連合艦隊と協同し、橋頭堡周辺に接近する敵BETA群を殲滅する。もしも敵の増援がなかった場合、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊は、銅湖海水浴場から最も近い門SE14に向けて移動を開始。敵BETA群を引きずり出し、艦砲射撃の有効射程まで誘引する」
むしろ臨海部にBETA群がひしめき合っていたり、最低でも旅団規模のBETA群が早々に橋頭堡に雪崩れこんできてくれたりした方が、わざわざ囮となる戦術機部隊をハイヴ外縁部まで進出させる必要がないので、共同作戦司令部側からすれば楽である。
「少なくとも師団規模の個体数の殲滅。これが“成功”の目安だ。軌道爆撃にかかるコスト、貴重な弾量が費やされることを考えれば、連隊規模のBETA群殲滅では割に合わない。現在、鉄原ハイヴのフェイズは3。収容可能個体数は20万程度だろう。光州作戦からわずか3、4か月しか経っていないとはいえ、15万以上のBETA群が存在するとみている。数千程度を間引いた程度では、まったくもって意味がなく、すぐにBETAは溢れ出る。誇張ではなく、日本帝国の命運は、この作戦の成否にかかっている。以上。何か質問は」
園田勢治少佐が説明を終えると同時に、鵜沢心菜中尉が挙手をした。
「国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊の作戦参加はないのでしょうか?」
「現時点でわかっていることを話す」
園田勢治少佐は、書画カメラで1枚の画像を映した。
映し出されたのは、国連軍の所属であることを示す、青い塗装が施された94式戦術歩行戦闘機不知火である。
「国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊――A-01は、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊が門SE14に対する誘引戦術を採る際のみ、国連太平洋艦隊の戦術機母艦『イーグル』から発艦し、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊に追随――鉄原ハイヴ周辺で特殊任務にあたる。以上だ」
「特殊任務……ですか」
「これ以上は私にもわからない。SE14に向かう際、A-01は君たちに追従することになるが、A-01の援護は期待するな。逆に共同作戦司令部からの命令で、SE14に対する誘引を放棄し、A-01を援護しなければならないことはあるだろう」
「あ゛っ゛!? なんやねんそれ゛ぇ!」
喧嘩っ早い菅井麗奈中尉が声を荒げる。
抑えろ、と小清水仁中尉が彼女をなだめたが、気持ちは痛いほどわかる。SE14からBETA群を誘引しなければならないのに、A-01が特殊任務のために鉄原ハイヴ周辺に留まってしまえば、SE14から湧き出したBETA群は分割されてしまうだろう。
慌てた副官の立沢健太郎中佐が口を出した。
「菅井くん、気持ちは痛いほどわかる。私も、作戦計画を担う園田勢治少佐も、この国連軍の動向には不信感を抱いている。しかしながら、こればかりはね……」
「まあ少佐を責めてもしゃーないわ! ……でも自分がウチらの援護が必要になったら、殺したるわ。国連の秘密部隊やさかい、射殺しても表沙汰にはならへんやろ」
と、菅井麗奈中尉が捨て台詞を吐いた瞬間――会議室の一角で殺気が噴出した。
「菅井、考え方が違うぞ」
櫻麻衣大尉は、昏い瞳で菅井麗奈中尉を見た。
「A-01がそこに踏みとどまり、助けを求めるなら助ければいい。24機の戦術機がいればクソ虫どもも速やかに地表に這い上がってくる。そのすべてを殺せばいいだろう。補給コンテナもばら撒かれるわけだしな。菅井、私は味方撃ちを許さんッ」
「サ、サクラ姐さん、冗談ですって。な、スーさん」
小清水仁中尉はやばい、と思った。櫻大尉はこういうところがある。戦術機に搭乗するとスイッチが入るのはいつものことだが、日常でも急に“スイッチが入る”タイミングがあるのだ。
それを菅井麗奈中尉もよく知っている。
引かなければ、半殺しにされる。
「はい、櫻大尉。申し訳ございません。過ぎた口でした」
「それでいい」
櫻麻衣大尉は彼女の謝罪を受け容れた。
とともに、視覚と聴覚が狂いはじめる。
「HQ、こちらゼノサイダリーダー! AL弾の再突入を確認したが、すべて迎撃されなかったぞ! 重金属雲が発生していない! 繰り返す、AL弾は迎撃されていない! このままではA-04は全滅するぞ!」
「こちらジョーカー1、突っこんで敵陣を掻き乱す! とにかく新属種のパチモン野郎を抜いて、重光線級をぶち殺すしかねえ!」
「待てジョーカー1ッ、12時方向から敵群多数ッ! 迎え撃て!」
突撃級の死骸や要撃級の群れを飛び越し、現れる新手。瞬く間に乱戦となる。
「ウチは……ベテラン衛士や゛ッ! 自分らクソ虫に負けへん゛っ゛わ」
F-14Nの頭部ユニットを破壊されてもなお、菅井麗奈中尉は指先のセンサーを使って戦おうとしたが、次の瞬間には戦塵を引き裂いた斬撃に右主腕も左主腕も落とされ、狙い澄ました刺突で管制ユニットを貫かれていた。
「菅井――」
敵機が長剣を菅井中尉機から引き抜く寸前に、菅井中尉機は爆発を起こした。指向性のある爆炎と衝撃波が敵を吹き飛ばし、その四肢をバラバラにした。自決用爆弾による自爆――。
「こちらイツマデ2、こっちの米軍機は全滅した! SW110から湧き出した要塞級が……!」
「こちらゼノサイダリーダー! イツマデ各、戻ってこい!」
「ゼノサ……リーダー、こ……HQ。A-04…………まであと……」
「HQ! こちらゼノサイダリーダーだ! もう1回だ! 軌道爆撃でも弾道弾でもなんでもいいッ! ゲートSW115周辺を爆撃しろ! 繰り返すッ、SW115を爆撃しろ!」
「A-04は現周回を以……入する」
「HQ、HQ! ゲートSW115周辺を爆撃しろ! このまま降下しても全滅するだけだ――くそっ、聞こえていないのか!」
「櫻少佐ッ、こい゛」
視線を遣るとゼノサイダ12――山口雄一少尉が突撃級の死骸の合間から現れた要撃級の一撃を受け、崩れ落ちるところであった。
重金属雲の中から現れた敵機が、その脇をすり抜け、大上段に刃を振り上げて迫る。すぐに両主腕で保持する74式長刀を翳してこの凶刃を受け止める。主脚ユニットが破損することを覚悟で、けばけばしい色彩の敵腰部装甲を蹴りつけて引き離し、引き胴の要領で斬撃を放って殺す。
さらにもう1機が突撃級の合間を縫って突出――斬りかかってくるのを半身になって躱し、下段からの斬り上げで敵の胸部を破壊する。
「櫻少佐!」
1機のシュペルエタンダールが、私の前に躍り出る。鈍色の機体は、血肉で汚れている。満身創痍。腰部装甲は弾け、左主腕も失われている。副腕と右主腕の突撃砲3門で敵陣めがけて制圧射撃。彼らは素早く黄緑の盾を構え、36mm機関砲弾を防ぐ――が、足が止まった。さらに2機、3機とシュペルエタンダールが現れ、弾幕を張る。
「行ってッ、櫻少佐! もう時間がない!」
「わかった井伊ッ――サイウン各、迫で支援!」
「こちらサイウン了解!」
「ゼノサイダ各――あいつらの頭上を飛び越して、光線級を全滅させるッ!」
「了ッ」
サイウン中隊のフィアットG.91Y攻撃機が120mm迫撃砲による砲撃を開始する――が、予想通り光線級の迎撃はない。やつらは本命が来るのを、わかっているのだ。だから、私たちも迎撃されることはないはず!
最大出力で跳躍し、敵の戦陣を飛び越える。そして眼下の重光線級に――。
「ゼノサイダリーダー、こちらHQ。A-04が再突入する」
が、その直後、私は空が輝くのを見た。
私たちを無視して、無数の大出力レーザーが空へ照射される。
その数は10、20ではきかない。レーダーを信用するなら、300以上の重光線級が、空を見上げていた。
レーザークラウドが紫と橙に光り、それですべてが終わった。
するりと勝利が指の間をすり抜けていき、東敬一大佐が「これで私からは以上だ。質問は? 解散」と告げた。