【完結】鉄屑戦記   作:河畑濤士

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■20. ワンワン・ジェノサイダーズ(前)

「ゼノサイダ各、A小隊、B小隊は送信した指定区域を重点警戒。C小隊は補給急げ!」

「了」

 

 旧襄陽ICを出発した第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊は、鉄原ハイヴの外縁部に位置する門SE14まであと一息のところまで迫っていた。

 彼らの目の前には人は勿論のこと、小動物の姿さえ消え失せた鈍色の廃墟――旧春川市街が広がっている。旧春川市街の外れにあるゴルフ場には多数の補給コンテナが落着していたため、櫻麻衣大尉は小隊ごとに補給を命じていた。

 すでに海岸線から内陸にかなり進出しているため、大和級戦艦を以てしても艦砲射撃による援護はできない。第11中隊は孤立無援でSE14ゲートへの接近を試みる形になる――否、正確には第11中隊だけではない。

 

「ゼノサイダ1、ゼノサイダ2や」

「どうした、菅井中尉」

「やっぱり納得いかへんわ」

「A-01の件か」

 

 櫻麻衣大尉は網膜に投影されている戦況図に意識を遣る。

 国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊は、旧春川市街の南方に位置する旧春川IC周辺にまで進出してきていた。彼らはここまで一戦もしていない。それは当然で、第11中隊が露払いしたルートを追随したからである。

 とはいえ、第11中隊も“血路”を拓いたといえば、少し大げさな表現になる。

 

「だがこちらもあまり苦労はしていないだろう」

「そらそうやけど」

 

 事前のシミュレーションと異にして、第11中隊は有力なBETA群と遭遇することがなかった。せいぜい100体の戦車級を幹線道路上で掃討したり、丘陵を踏破してきた要撃級の群れを殲滅したりした程度だ。連隊規模のBETA群を敵中突破、といった状況を櫻麻衣大尉や菅井麗奈中尉は想定していただけに、肩透かしを食らったような気持ちになっていた。

 一方でこの段になってもなお、第11中隊の衛士たちはA-01の進出先・目的地を知らされずにいる。

 櫻麻衣大尉とてNeed to knowの原則を知らぬわけではない。

 だが命令によってはA-01の援護をしなければならないのだから、A-01の任務を輪郭だけでも掴んでおかなければ、いざというときに効率的には動けないどころか、足を引っ張る可能性もある。

 彼女は駄目元で、オープンチャンネルで呼びかけた。

 

「アイリス1、こちらゼノサイダ1。応答せよ。繰り返すアイリス1、こちらゼノサイダ1」

「ゼノサイダ1、こちらアイリス1。何か?」

「この後、我々“ワンワン・ジェノサイダーズ”は、SE14ゲートに対して誘引任務にあたる。が、HQからの指示に応じて、貴隊を援護に回る可能性もある。そこで貴隊の“鉄原ハイヴ周辺での特殊任務”とは何か知りたい」

「ゼノサイダ1、それは言えない」

 

 やはりか、と櫻麻衣大尉は思ったが、言葉を続ける。

 

「アイリス1。秘密主義が平時、必要であることは理解している。だが貴隊の進出ルートも知らない状況で、貴隊を援護するのは困難だ」

「貴隊に下されるであろう援護命令は至極単純なものになるはずだ。問題はない」

「成程。了解した。オーバー」

 

 聞いていた菅井麗奈中尉は「なにけつかんねんっ」と声を荒げたが、櫻麻衣大尉にはどうすることもできない。A-01の衛士に説明する腹積もりが一切ないのだから、これ以上質問しても時間の無駄だろう。半ばうんざりしていると、補給中のC小隊を率いる鵜沢心菜中尉の声がした。

 

「ゼノサイダ1、弾薬、推進剤ともに補給完了いたしました」

「よし、ゼノサイダ各。ここから一気に門SE14を目指す」

「了」

 

 戦車級が潜んでいると厄介なので、第11中隊は廃墟となっている旧春川市街を迂回して北上、鉄原郡に隣接する華川郡に入るとまっすぐ門SE14に向かった。電子の瞳を通して網膜に飛び込んでくる山々はBETAによって禿山となり、禿山になるどころか崩れはじめていた。

 

「HQ、こちらゼノサイダ1! SE14ゲートまで約10kmの距離まで進出、少なくとも旅団規模のBETA群と遭遇――誘引開始の許可を求めるッ!」

 

 わずか十数分で第11中隊は、SE14ゲートから湧き出したと思しきBETA群との遭遇戦に突入した。

 

「各ッ、旧史内市街で迎撃する!」

「了」

 

 山間部を走る幹線道路跡という幹線道路跡から突撃級と要撃級から成る前衛集団が湧き出すのを見て、櫻麻衣大尉は回避機動さえ取り難い旧幹線道路から退き、立ち回りがしやすい平坦な荒野と化した旧史内市街を迎撃ポイントに選んだ。

 

「ブラボー、敵の頭を抑えろ!」

 

 突撃級の高速突撃を躱しながらB小隊はCIWS-2Aを抜刀し、すれ違いざまに突撃級を擱座させていく。主脚を斬り裂かれてもがく個体に、彼らはとどめをささない。出現するかもしれない光線級に対する盾にするとともに、突っこんでくる後続のBETA群に対する障害物にするためだ。

 瞬く間に発生する渋滞。

 突撃級を迂回して前に出ようとする要撃級は、櫻麻衣大尉直卒のA小隊機が仕留めていく。

 

「ゼノサイダ1、こちらゼノサイダ9。要撃級50がチャンアン山を踏破して南走中」

「確認した。チャーリーは長距離砲撃戦で撃破せよ」

「了」

 

 禿山の斜面を駆け下りる要撃級に、36mm機関砲弾のシャワーが降り注ぐ。垂れ流される夥しい体液。血肉でぬかるんだ地面を蹴り、麓まで辿り着いた十数体の要撃級も、F-14Nに触れることもできないまま惨殺されていく。

 続けて鵜沢心菜中尉は、2階から上が崩落した団地群に火力を指向した。建物を乗り越え、あるいは脇を縫って突っこんでくる戦車級たちが一掃されていく。弾ける赤い肉塊。流れ弾が次々と団地に突き刺さり、わずかに残った外壁が崩れ落ちた。それを踏みつけながら現れた十数体の要撃級が、同様にミンチとなった。

 

「ゼノサイダ11、12はそのまま敵を阻止して。ゼノサイダ10はチャンアン山の稜線から顔を出した新手を撃って」

 

 鵜沢心菜中尉は、旧史内市街の北側から西側に至るまでが赤いマーカーで埋め尽くされているのに気づきつつ、冷静にC小隊の火力を割り振った。

 10分もしないうちに敵の圧力が急激に増している。

 櫻麻衣大尉は半死半生の突撃級どもの向こう側に、要塞級を見るとともに中隊に命令を出そうとした。

 

「よし、各! 56号線を伝うように東進し、北漢江まで敵を惹きつけながら――」

「ゼノサイダ1、こちらHQ。命令を更新する」

「なに――」

「ゼノサイダ各機は現在地に留まり、門SE14から現れるBETA群を殲滅せよ」

「HQ、どういうことだ?」

 

 と言いつつ、櫻麻衣大尉は戦況図を見てA-01のマーカーを探した。

 A-01の青いマーカーは、この旧史内市街を大きく南に迂回していた。

 その先には、鉄原ハイヴの外縁部最南端に位置する門S22――。

 

「HQ、こちらゼノサイダ1。A-01をゲートに送りこむために、我々を囮としたいそちらの事情はわかったが、何分この現在地に留まればいい?」

「A-01が任務を達成するまでだ」

「HQ、戦術機甲部隊は機動部隊だ。足を止めての囮役は不可能だ。東進しての敵BETA群誘引の実施を具申する。少なくとも北漢江まで転進したい」

「ゼノサイダ1、これは国連太平洋方面第11軍をはじめとする共同作戦司令部の決定だ。これ以上は抗命と見做す」

 

 その司令部が設置されている巡洋艦『三隈』では、第92戦術機甲連隊本部から派遣されていた作戦担当幹部の園田勢治少佐が顔色を失っていた。

 

「どういうことですか、これは」

 

 日本帝国本土防衛軍の将官や高級参謀は、みな一様にバツの悪そうな顔。

 国連太平洋方面第11軍の関係者さえ後ろめたさがあるのか、園田勢治少佐から顔を逸らした。

 平然としているのは、艦隊司令長官の脇に立っている紫がかった長髪の女性のみだ。

 もとより答えを期待していない園田勢治少佐は、あくまで冷静に言った。

 

「第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊長の意見具申のとおり、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊を北漢江まで東進させ、敵BETA群を誘い出したい。それでもA-01からBETA群を引き剝がすという任務は達成できます」

「……」

 

 なおも黙りこくる高級参謀たち。

 数秒の沈黙の後、白衣を羽織った女性は一言、「却下よ」とだけ言った。

 園田勢治少佐は小首を傾げたが、とりあえずこの場の支配者が彼女であることを把握して語りかける。

 

「BETA群は現在、第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊は、師団規模のBETA群と対峙しています。門SE14に張りついていれば早晩全滅は必至」

「あたしはそうは思わない。というよりも西部方面司令官、だったかしら。彼は“第1大隊第1中隊は、死地でも敵を全滅させて帰ってくる”――とね。じゃあ門SE14の近くに張りついてもらって、より確実な囮となってもらった方がいい」

「……第1大隊第1中隊が決死の陽動を行うだけの価値が、A-01の特殊任務にはあるというのですか」

 

「ええ」と女史が確信をもって言うので、園田勢治少佐は口をつぐんだ。

 彼とて理解している。軍事作戦は将兵の生命を優先していれば、成立しないときがある。

 A-01がどんな任務を担っているかは、園田勢治少佐のレベルではわからない。

 が、将官や高級参謀たちが一応納得しているということは、一定の合理性があるということだ。

 

「重ねてお聞きしたい」

「……」

「それは予定されていた間引きを放棄してもなお、帝国のためになることなのですか」

「帝国のため、じゃないわ」

 

 女史は、きっぱりと園田勢治少佐に告げた。

 

「人類のため、よ」

 

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