――日本帝国本土防衛軍、赫々たる戦果!
――東亜反攻! 敵一個軍団撃滅!
――無敵の92連隊! キルレシオ50000:0!
薫風作戦の3日後、東敬一大佐は朝刊の一面を見てうんざりした。
虚実入り混じる記事。
本土防衛軍が薫風作戦で一定の戦果を挙げたのも事実、西部方面隊第92戦術機甲連隊が12機揃って洋上の帝国海軍戦術機輸送艦『大隅』まで戻ったのも事実。
しかしながら“赫々たる”、“敵一個軍団撃滅”とはどうだろう。
(参謀本部の連中は、今頃歯噛みして悔しがっているだろうな)
というのが彼の偽らざる心情であった。
おそらく実際に間引けた個体数は2個師団強、約3万が上限であろう。
国連太平洋方面第11軍・第1戦術戦闘攻撃部隊の秘密任務とやらがなければ、大和型戦艦やロケット砲艦の艦砲射撃によってより多くのBETA群を間引くことができたかもしれなかった。
もちろん実際のところはわからない。
しかしながら帝国軍参謀本部の人間は、逃した魚は大きい、と思っているだろう。否、逃したBETAは多い、といったところか。
「喜ぶべき、なんだろうな」
一応、漸減作戦としての“成功ライン”は超えている。
そして第92戦術機甲連隊第1大隊第1中隊はみな揃って帰還した。
F-14Nノラキャットは分解の上でメーカー修理送りとなったため、第11中隊の稼働機はゼロになったが、これは致し方なかろう。ただノースロック・グラナン社が全面協力を申し出てくれたため、米海軍横須賀補給センター佐世保支処にあるノースロック・グラナン社の整備工場にて最優先で部品交換・分解修理が行われることになっており、6月末には部隊に戻せる算段がついていた。
「グラナン社からすればF-8Eといい、F-14Nといい、第92連隊はいい広告塔だ」
と第92戦術機甲連隊本部第4科・戦術機担当幹部の久野平太大尉はこぼしたそうだが、そのとおりだと東敬一大佐は思った。
ノースロック・グラナン社に留まらず、米国の戦術機関連企業の多くはアメリカ合衆国の戦略転換によって苦境に立たされようとしており、より積極的にアフリカ諸国や南米諸国、南太平洋一円といった市場に打って出ざるをえなくなっている。
同時に競合他社に勝つためには“実績”が必要になる。
1個中隊分とはいえ日本帝国にF-14の輸出が認められたのも、ノースロック・グラナン社のロビー活動によるところが大きかったのだと思う。「ダウングレードの輸出型であってもF-14は第一線で活躍できる」という宣伝を日本帝国本土防衛軍にさせる、という目的があったとしてもおかしくはない。
(また軍の一部からは睨まれるだろうが――)
東敬一大佐は溜息をつきながら、次なる西部方面司令官の指示をこなすために動き始めていた。
――大規模戦闘演習“鎮西98”。
この“鎮西98”は、日本帝国本土防衛軍・日本帝国斯衛軍・在日米軍・国連太平洋方面第11軍の四軍によって実施される予定の戦略規模の演習である。
仮想敵は九州地方北部および西部に着上陸を試みる軍団規模のBETA群。
四軍は水上艦艇による洋上漸減作戦から始まり、戦術機甲部隊による機動打撃、砲兵部隊の迅速な展開・撤収、市街戦の研究、内陸部の野戦築城、物資の集積や分配、中国地方からの速やかな武器弾薬の移送など、正面戦闘のみならずBETA群殲滅・九州防衛に必要な軍事行動すべてを訓練することになっている。
実のところ西部方面隊の諸隊ではすでにその一部が始まっていた。
第92戦術機甲連隊でも整備補給隊の整備兵による自衛戦闘訓練が実施されている。浸透した小型種BETAが基地を襲撃した、という想定で行われたこの訓練には、整備兵がみな衛士強化装備に近い外見の73式歩兵強化装備を着用し、
「きつかー」というのは村中弘軍曹の感想だったが、他の隊員たちも同様である。
戦闘職種ではない彼らは気密兜や歩兵強化装備の着用自体にもあまり慣れていない。重金属雲が発生し、第二次世界大戦とは比にならない汚染が広がるBETA大戦の戦場では、気密兜は必須である。これがなければ重金属中毒を起こし、重篤な後遺症が残る可能性がつきまとう。
この自衛戦闘訓練の対象となった戦術電子整備担当の笠原まどか大尉は
「(闘士級、兵士級のみならず戦車級や要撃級も基地に現れる可能性があるので整備兵の戦闘訓練は)無駄」
と一言で切って捨てたが、そんな彼女には無慈悲にも64式小銃に加えて中国製の69式40mm対戦車ロケットランチャーが割り当てられた。今年に入ってから八代基地には来歴が怪しい武器弾薬が次々と運び込まれており、この69式40mm対戦車ロケットランチャーもまた同様の対戦車火器であった。
「やっぱこういう役回り――ラビット2、出る」
勿論、軽歩兵でしかない警備部隊や戦闘職種ではない整備兵で基地を守りきれるとは、誰も考えていない。
そこで自衛戦闘訓練には、戦術歩行攻撃機デファイアントから成る第33中隊A小隊が駆り出されていた。
ガントリーから解放され、両主脚で地を踏むとともにハンガーからの緊急発進。格納庫から姿を現した異形の怪物は、武装した整備兵が所持するビーコンで味方の位置を確認しながら進出経路を確定する。
巨大な砲塔を背負った――というよりも“被っている”F-4UKデファイアント攻撃機は、危うい姿勢制御によって実現している主脚走行で営門前まで前進すると、旧市街地を突っ切ってくる架空の突撃級に対して、砲塔に備えられた2門の120mm滑腔砲を指向した。
「バッタ、こちらラビット1。射界データを送信している。入ってくるなよ」
「ラビット1、バッタだ。これが実戦なら俺ら整備隊はもう死んでるから気にするな」
ラビット2――F-4UKデファイアント攻撃機を操る衛士のひとり、平林雅弘少尉は乾いた笑い声を上げた。
(違いない……)
まあそのときはこのデファイアント攻撃機も最期のときであろう。
が、この多砲身砲塔を背負った欠陥機が英国で実戦を経験しないままに廃用となったことを思えば、戦火の中で崩れ落ちることはむしろ本望だろうか。
「ラビット2、こちらナメクジ91だ。こっちにコケるのだけはやめてくれよ」
「ナメクジ91、ラビット2。コケねえよ!」
援護のためにラビット2に追随する60式装甲車から下車した今田佳輔上等兵は「別に冗談じゃねえよ」とぼやいた。脇にそびえているのは多砲身砲塔を“被っている”というよりも、多砲身砲塔から腰部ユニット以下が“生えている”ような異様なフォルムの戦術機。ちょっと風が吹けばひっくり返るのではないか、と不安になるほどだ。
「頭部に比べて下半身が貧弱すぎる」
「事実上の戦車だが、歩行ができるので戦術歩行攻撃機に分類された」
「重心がハンマーめいているので巨大な頭部を活かした近接格闘が得意」
と、開発国で言われただけのことはあるな、と彼は思った。
実際、F-4UKデファイアント攻撃機は航空兵器と陸戦兵器双方の要素を併せもつ戦術機の中にあって、陸戦兵器に近い機体である。
デファイアントが開発されたのは、第1世代戦術機の普及が進む70年代の英国であった。
当時、英国軍の衛士は戦車兵から転科した者が多く、その“戦車乗りの感覚”から戦術機の火力に対する不満の声が多く上がっていた。主腕・副腕で保持する突撃砲では、高速で押し寄せる無数の戦車級・要撃級を殺し尽せないことがあり、堅牢な突撃級と要塞級を正面から撃破することもできない。
「装甲はともかく、敵を撃破できない砲ではどうしようもない」というのが彼らの言であり、それに対する戦術機開発チームの回答は「多砲身砲塔を積む」であった。主腕・副腕併せても4門しか突撃砲が装備できないから1機あたりの射撃量に限界が生じているし、強度問題がつきまとう主腕・副腕部だからこそ、反動を低減した貧弱な砲しか積めない。この問題を解決するには砲塔を導入するしかない、という思考だった。
結果、120mm滑腔砲2門、36mm機関砲8門を擁する代わりに、機体バランスが壊滅的な欠陥機が産声を上げた、というわけである。
しかしながら今田佳輔上等兵のように地べたを這いずり回る存在からすれば、120mm滑腔砲2門と複数門の機関砲を擁するデファイアント攻撃機ほど心強い存在もなかった。