前提として日本帝国航空宇宙軍は、国連宇宙総軍、そして人類は、決して無能ではない。
その大部分をBETAに奪われたユーラシア大陸においても、人類側は有効な監視・警戒体制を敷いていた。偵察衛星によるBETA群の観測は勿論のこと、衛星軌道から音響センサーをばら撒くことでオリジナルハイヴから周縁にあたるハイヴへのBETA群の地中移動も観測できるように備えていた。50年代から宇宙開発を進めてきた人類の叡智をもってすれば、この程度のことは容易い。
であるから6月の時点で、甲1号目標から甲16号重慶ハイヴへBETA群の東進が始まっていることを、国連宇宙総軍は察知していた。
国連安全保障理事会の下に設けられた国連統合参謀会議は、この事態を重くみた。
距離からいって重慶ハイヴの脅威に直接晒されている人類側の対ユーラシア戦線の拠点は、台湾やフィリピン。また重慶ハイヴに最も近いハイヴは甲17号目標マンダレーハイヴであり、重慶ハイヴからマンダレーハイヴへBETA群が雪崩れこめば、人工のクラ海峡を絶対防衛線とするタイ・マレーシア・シンガポールが危機に晒される。
故に同会議は国連太平洋方面第11軍(防衛担任:極東)と、国連太平洋方面第12軍(防衛担任:東南アジア)とともに“最悪の事態”を想定して動き始めた。
彼らが考えた最悪のシナリオとは、台湾が早期陥落し、BETA群がフィリピン・ルソン島に強襲上陸する――あるいはクラ海峡からシンガポールまでが陥落、インドネシアのスマトラ島やジャワ島にまでBETA群が進出し、オーストラリアが脅かされるというものだった。
つまり台湾、クラ海峡のいずれかが陥落することで人類側の大戦略を担う対ユーラシア防衛線が決壊、無際限に戦場が東南アジア・オセアニア地域に拡大する、という想定である。
もちろんBETA群が北上した後に甲20号目標鉄原ハイヴに流入、そこから日本帝国を脅かす、という可能性も考えられなくはない。実際、甲1号目標を発したBETA群の一部は、甲19号目標のブラゴエスチェンスクハイヴに入った、とみられる観測データもあった。
国連統合参謀会議や太平洋方面総軍の高官は自然、選択を迫られる。
BETA群の大規模侵攻はどの戦線にて生起するか、そして戦線のどの箇所にリソースを割くか、だ。特に打ち上げや軌道変更など、綿密なスケジュール調整が必要となる宇宙戦力は、緊急時の“小回り”が利き難い。
アジア諸国の軍需工場や人類国家にとって必須の資源供給源となっている東南アジアを守る台湾・クラ海峡か、あるいは国連軍の一大拠点となっている日本列島か――。
彼らはあまり悩むことなく決心した。
重慶ハイヴに比較的近い台湾・クラ海峡に対する防衛体制を強化する。日本帝国を軽視したわけでも、冷遇したわけでもなく、先述の観測結果を鑑みれば台湾・クラ海峡側こそ、彼我一大攻防戦が生起する可能性が高い、とみたのである。
拒否権こそないものの、安全保障理事会常任理事国である日本帝国首脳陣さえ、これを支持した。
かくして国連宇宙総軍は台湾・クラ海峡の警戒体制を強化し、監視情報を大東亜連合に提供。また太平洋方面総軍は、日本帝国沖縄県に駐留する米陸軍第18戦術機甲部隊、同国青森県に駐屯する米陸軍第35戦術機甲部隊を、東南アジア諸国へ派遣することを決定した。
これもやはり日米両国の合意の上。
日本政府としても東南アジア方面が脅かされたり、それによってオセアニアとの連携が切断されたりする可能性を座視できない。南方は資源の供給源であり、武器弾薬の工廠である。大規模戦闘演習“鎮西98”から帝国海軍連合艦隊を引き抜いて派遣することさえ考えていた。
次なる戦場は、東南アジア。そんな人類全体の動向を無視している空間が、日本帝国の片隅にある。
――九州だ。
この時期の日本帝国本土防衛軍西部方面隊の動きは、常軌を逸していたといっていい。
“鎮西98”の一環という口実で対馬警備隊や重装備を対馬島・壱岐島から撤収させ、海岸線一帯や無人となった市街地に防御陣地を築き始めた。玄界灘や壱岐海峡には対BETA用の94式水際地雷が敷設され、同海域は機雷原と化した。九州北部・中部には戦術機甲部隊や機械化部隊のための補給拠点が次々と開かれ、部隊間データリンクを助けるための通信基地が立ち上げられていく。
端的にいえば、演習の度を超えている。明日にでもBETA群が対馬海峡を越えてくることを想定しているのではないかという水準の陣地構築を前に、九州地方に駐留する在日米軍関係者や国連太平洋方面第11軍関係者は困惑し、「日本帝国国防省は朝鮮半島や中国大陸におけるBETA群の個体数情報を隠しており、九州地方に対する大規模侵攻が近いと確信しているのではないか」と思うほどであった。
第92戦術機甲連隊・第12中隊の服部忠史大尉は、戦争の臭いを嗅ぎとっていた。“鎮西98”の意図するところを、彼は悟っていた。これは大規模演習ではない。本土決戦は近い。動揺することは何もない。この約25年間、世界中で起きてきた事象が日本帝国でも生起しようとしているだけだ。
補給拠点に選ばれた佐賀競馬場の駐車場に立錐する殲撃八型は、穏やかな小夜を迎えている。彼が指揮する第12中隊の戦術機はみな大陸戦線の“敗残兵”といえた。広大な戦場に棄てられた機体を回収して再生した鋼鉄の武者どもは、この異郷の地で復讐戦に臨もうとしている。
日本帝国の標準塗装となる鈍色に塗られた殲撃八型。その外観は鎧を纏った撃震、といったところか。頭部に装甲を被り、胸部・腰部には爆発装甲が備えられている。死地にて最後までBETAと殺し合うための改修。
大腿に描かれているのは第92戦術機甲連隊・第12中隊のエンブレムである“
――不吉な部隊章ですね。
と、数日前に共同演習を行った斯衛軍大宰府警備隊の田上忠道少尉にそう言われたのを、服部忠史大尉は覚えている。“黄”――譜代の武家出身らしく彼は以津真天のいわれをよく知っていた。
白い塗料で描かれているのは、蛇の胴体を有する怪鳥。疫病の流行る都や、死屍累々の戦場に姿を現していつまで、あるいはいつまでも、と鳴く妖怪である。死、それも無数の死を連想させる怪物であるが故に、田上忠道少尉は不吉を評したのであろう。
しかしながら、服部忠史大尉は「いえ、田上さん」と笑った。
これほど武人に相応しいエンブレムはない、と彼は思っていた。
第92戦術機甲連隊において、殲撃八型はワークホースだ。
2個中隊の定数24機と予備機が配備されている。70年代から大量配備されただけのことはあり、部品の在庫は潤沢で、F-4EJとの互換性も高い。そしてF-8EクルセーダーやF-4UKデファイアント、120mm迫撃砲とその給弾機構・弾薬庫を背負うフィアットG.91Y攻撃機が配備されている第92戦術機甲連隊としては、殲撃八型は汎用性が比較的高い戦術機として重宝されていた。
一方、この春に第92戦術機甲連隊・第12中隊に配属となった新人の牟田美紀少尉は、殲撃八型に不満を抱いている。口には出さないが、なぜ中国製戦術機に乗らなければならないんだ、という心情だ。せっかく厳しい試験をパスしてきたのに不知火や陽炎――撃震ですらないとは。
「こんな中古……」
牟田美紀少尉が見上げる自機は、酷く不格好だ。副腕が支える肩部装甲には凹みがあるし、主脚ユニットには細かい砲弾片が突き刺さっており、同じく中国製のラウンドバックラーは表面が抉れていた。
これに己の生命を預けて大丈夫なのか、というのが彼女の偽らざる心情であった。