――嵐が、迫っている。
西部方面司令官からBETA群による渡洋侵攻の可能性を聞かされた第92戦術機甲連隊の連隊長、東敬一大佐は半信半疑であった。
朝鮮半島を占領したBETA群による西日本侵攻は早くとも1999年1月、これが日本帝国国防省の公式見解。加えて鉄原ハイヴに対する間引き作戦が実施されたことにより、大規模侵攻を迎えるその日はさらに延びたはずだった。
ところが西部方面司令官は、1998年7月に中国大陸および朝鮮半島から溢れ出したBETA群による大規模侵攻が始まる、というのである。
日本帝国本土侵攻の可能性について、東敬一大佐は争うつもりはない。月面から始まった寸土を巡る戦闘は、この世界では普遍的事象。日本帝国だけが例外でいられるはずがない。
……が、時期についてはどうだろうか。
東敬一大佐は根拠を示してほしいと求めたが、西部方面司令官は「Need to knowだ」とだけ言って取り合わなかった。第92戦術機甲連隊の隊員たちを預かる彼は内心ムッとしたが、来ないならば来ないで問題はなく、来寇のときは帝国軍人としての存在意義を果たすのみ、と思い直した。
1998年7月5日――第92戦術機甲連隊の面々は“備え”に天手古舞となっていた。
小雨の中、手隙の隊員たちは、みな排水溝の掃除や屋上にある物竿場の撤収に取り掛かっていた。それが終わると食料品等をトラックに積み込んでいく。幹部たちは演習中止・災害派遣が命じられた際のシフトの確認に追われながら、交通状態を監視するためにほうぼうに偵察隊を出していた。
八代基地に残留している衛士たちも「俺たちにも出番が回ってくるかもしれないぞ」と心の準備だけはしていた。
意外ではあるが、大地震等の災害発生時に戦術機部隊に出動命令が出ることは珍しくない。機動力は言うまでもないし、センサーと情報通信機器の塊である戦術機ならば、被害状況等を即座に報せることが可能だからだ。
「台風下での跳躍――」
佐賀競馬場に待機している第12中隊の新人衛士、牟田美紀少尉は不安な面持ちだった。航空兵器と地上兵器、双方の要素を併せ持つ戦術機は、強烈な風雨に弱い。跳躍して強風に煽られて墜落、などとなったら目も当てられない。
だが同中隊・中堅どころの衛士である針みほ少尉は「大丈夫ですよ」と笑った。
「繊細な第2世代・第3世代よりも、F-4シリーズの方がこういう状況にはタフでいいんです」
「はあ」
そんな会話をしている間にも、運命の瞬間は刻々と迫ってきていた。
1998年7月5日時点、東アジア・東南アジア一帯の人類にとっての最大の敵は、BETAではなく環境破壊によって生み出された超大型台風であった。
その影響範囲は凄まじい。発生直後から南はフィリピン・ルソン島、北は日本帝国・九州島にまで影響をもたらし、中国沿岸部や朝鮮半島南部さえも分厚い雨雲で覆い隠してしまうほどであった。
前述の通り、東南アジアに関心を寄せる国連統合参謀会議・太平洋方面総軍の関係者は、これでは監視もクソもない、と苛立った。早く北上しろ、と誰もが思ったが、この超大型台風は人類軍将兵の願いをせせら笑うように、自転車以下の緩慢な速度でゆっくりと九州島へ向かっていた。
7月6日、日本帝国本土防衛軍西部方面隊の西部方面司令官は、“鎮西98”の中止を決定するとともに、熊本県知事からの要請に基づいて西部方面隊に災害派遣を命令(災害派遣は武官の方面司令官でも命令できる)。
しかしながら西部方面隊の諸隊は、西部方面司令官の命令の下に“北”へ向かった。
そして、戦端は開かれる。
対馬海峡と無人の対馬島・壱岐島周辺海域に敷設された有線式のセンサーが異様な振動をキャッチ。このデータは即座に京都・東京と熊本に送信された。驚愕する前者とは対照的に、後者――健軍基地以下西部方面隊諸隊を統べる男は、獰猛に声を張り上げた。
「日本帝国本土防衛軍・西部方面隊は、きょうという日のためにある。改めて私はこの要望事項を掲げる。九州防衛、帝国防衛、人類防衛。諸君の活躍に期待する」
戦闘はまず海底で始まった。
壱岐島の東方を通過して佐賀県・唐津湾に侵入しようとした突撃級・要撃級から成る前衛集団は、沈底式爆雷によって次々と圧壊の憂き目に遭っていく。衝撃波によって横転した突撃級に激突する、後続の突撃級。それを迂回する要撃級が触雷し、一瞬でバラバラになる。罠の類を察知できない彼らは、一方的に海底にその身を埋めていく。
が、爆雷も彼らを殺し尽くすには至らない。
転がり、積み重なっていくBETAの死骸が爆雷を炸裂させ、あるいはセンサーの邪魔をする。
前衛集団・中衛集団は、死骸の上を走り、唐津湾・浜崎海岸に姿を現した。
次の瞬間、彼らは天地挟撃によって粉砕されていく。
対戦車地雷と榴弾の洗礼――。海水と土砂と血肉でできた柱が次々と噴き上がり、それを目の当たりにした第4戦車連隊第1・2中隊の戦車兵たちは「この風で俺たちに落ちてこないことを祈るぜ」と呟きながら攻撃を開始した。
稲田というよりも荒廃と増水により、沼地になりつつある田に突っ込んだ74式戦車の105mmライフル砲が、火を噴いた。狙いは突撃級の脚。生ける障害物を海岸線に築く。分厚い地雷原と擱座した突撃級に阻まれた戦車級や要撃級は、そのまま砲兵火力の餌食になっていく。
水際に築かれた強力な陣地にぶち当たるとBETA側は成す術がない。地雷の存在もそうだが、そもそもBETAは海中から砂浜に揚がった段階で、水圧に慣らした構造を再び地表での行動に適した構造に戻すまで動けなくなるためだ。
故に単に海底を歩いてきた渡洋侵攻は、さしたる脅威ではない。
真の脅威は、幾つもの人類軍防衛線を崩壊に導いてきた――地中侵攻だ。
瀑布のような大雨と暗闇の中、無数の赤い光点は増水する筑後川を跳躍して飛び越すと、要撃級の群れに躍りかかった。曳光弾がほとばしり、要撃級が次々と粉砕されていく。弾幕をかいくぐった数体の要撃級が旋回しながら突っこんできたが、突撃前衛機は危なげなく74式長刀でこれを斬り伏せた。
機動性・反応性と引き換えに機体バランスが悪くなっている第2・第3世代機に比べれば、第1世代にあたる殲撃八型は横風の影響を受け難い。さすがに滞空は厳しいが、短噴射による短跳躍ならば問題はなかった。
「う゛っ――イツマデ4、FOX2ッ――!」
筑後川を飛び越した牟田美紀少尉機もまた、放置されたビニールハウスを派手に地蹴散らかし、着地後にバランスを崩しながらも36mm機関砲を乱射し、こちらを捉えて旋回する要撃級を2、3匹撃破していた。
「その調子です」と声をかけながら中堅の針みほ少尉は、牟田美紀少尉機に向かおうとする戦車級の群れを36mm機関砲弾と120mmキャニスター弾で一掃した。一掃しながら、心の中で舌打ちをする。
(集弾率がひどい。同じ数を始末するにも、2倍の弾薬が必要になってる)
「イツマデ4。味方撃ちに注意しろ、弾道がよれる」
「イツマデ1、了解……!」
「よし、イツマデ1より各小隊。A・B小隊はそのまま向かってくる敵を阻止。C小隊は光線級を捜索せよ」
と、冷静な口調で命令を下しながら、第12中隊を指揮する服部忠史大尉は苛立っていた。
(BETAに戦術も戦略もない、とぬかしているバカはどこのどいつだ!)
BETAの地中侵攻先は、この福岡県南部・大刀洗町。
水際防御のために築かれた海岸線の水際陣地はもちろん、帝国斯衛軍大宰府基地よりも南方である。最前線の背中を脅かすだけではなく、交通の要衝がすぐ傍にある。大刀洗町とその周辺市町村を押さえられてしまうと、筑後平野を走る幹線道路と鉄道が使えなくなり、“縦”の連絡が遮断される。それどころか福岡県南部と大分県の交通もまた潰されてしまう。
こんなおいしいところに地中侵攻が偶然行われる?
それだけではない。大陸戦線だって同様だ。彼らの地中侵攻は、後方の補給基地や司令部を直撃するように行われることさえあった。
(だがきょうばかりは連中も見誤ったな)
交通の要衝である、ということは四方八方から増援が投じられる、ということ。
“鎮西98”を実施する都合で整えられた移動通信基地のおかげで、服部忠史大尉は戦況図を確認することができた。大刀洗町から湧き出したBETA群に対しては、まず帝国斯衛軍大宰府警備隊が対応し、北上しようとしていた集団の頭を抑えている。そこに小郡基地に配されていた予備部隊の西方方面司令部直属・西部方面戦車連隊が戦闘加入、敵を押し戻しつつあった。
となればこちらも南方から突っ込み、大宰府警備隊・西部方面戦車連隊にかかる圧力を和らげてやるべきであろう。
「よし、次に来る要撃級100の群れを撃破したら、我々はこのまま北上――敵群を包囲殲滅する!」